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久遠の依頼屋さん  作者: 蛸丸
第一部 序幕
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第十八話 ー願望(2)ー

「乾杯!」


 4人の威勢の良い声が店内に響き、彼らは同時に酒を飲み始めた。クレールはエールを一気に飲み干し、フラムとリットはジョッキの四分の一ほどで飲むのを止めて料理に手を出した。テツはというと、量にして1、2口ほどしか飲んでおらず、少しだけ顔が紅潮しているのが確認できた。

 それに気付いたクレールがテツに突っ掛かる。


「お前、まさか酒弱いのか!?」

「……弱くない」

「嘘つけ! 顔真っ赤じゃねぇか!!」


 手を叩きながらクレールは大笑いを始めた。


「戦う時は異常に強いのに酒にはめっぽう弱いなんてなぁ!!」

「リット君、どう“反省”させれば良いんだ?」


 テツが真顔でリットに訊ね、リットは笑みを浮かべて答えようとする。


「そうですね、まずは」

「あーあーあー!! 分かったから!! 笑って悪かったから!!」


 クレールはテツに両手を合わせ平謝りに謝った。彼女の変貌ぶりが可笑しかったのかテツはフッと笑う。


「君は面白いな」

「うるせぇ! いい気になりやがって……クソッ、エールもう一杯!!」

「早いな!! 本当に暴れないでよ!?」


 クレールの呼び掛けに給仕は心配気味に答えつつも、ジョッキ一杯のエールを再びクレールの元に運ぶ。そして彼女はそれを勢い良く半分ほど飲み干した。


「そういえば、ネーベル達はどうしたんだ?」


 テツが3人に訊ねた。


「ひふははへ、ほひほほふひ」

「フラム、ちゃんと飲み込んで」


 肉を頬張ったまま話すフラムをリットは注意する。彼女はしばらく咀嚼し、口の中の肉を飲み込んで再度テツに話しかける。


「あれ、会ってなかったの? 皆もう森の方に帰っちゃったんだって、まだいれば良かったのにね~」

「俺も挨拶くらいはしておけば良かったな」

「ちなみにアリッサも付いていったらしいよ。エルおじさん、しょんぼりしてたなぁ」


 フラムはちょっぴり寂しそうな顔をしつつも、再び豪快に肉にかぶりついた。彼女はムシャムシャと小気味の良い音を立てながらとろけた表情で咀嚼している。


(まあ、あの気の強さなら心配いらないだろう)


 テツは果実酒に口を付けながらアリッサと会った時の事を思い出す。

 そしてテツの頬の赤みはどんどん増していった。



 ※ ※ ※



「なあ、君たちは何で冒険者をやってるんだ?」


 しばらくしてテツが3人に再び質問をした。その問いに一同は一瞬戸惑ったが、真っ先にフラムが口を開く。


「あたしはね、お兄ちゃんが冒険者だったの。しかもランクAの凄腕! とっても強くてカッコ良くて、あたしもそんな風になりたいと思って始めたの!!」


 自慢気に話すフラムに、テツはニヤっと笑いながら訊ねる。


「へぇ、その兄貴は今どこに?」

「分かんない、大きな戦いがあるからってどこかに行ったきりなの……」

「……すまない」


 店の喧騒とは裏腹に4人の間に沈黙が流れる。少ししてクレールの声が静寂を破った。


「おいおい葬式にすんなよ、俺はなぁ、酒の為だ。仕事の後の旨ぁ~い酒を飲む為にやってんだ文句あっかぁ!?」


 クレールもテツほどではないが頬が赤くなっており、呂律が少し回らなくなっている。暴れられては困るとリットが制止に入った。


「クレール、そろそろ止めな?」

「あ? まだこれからだろうが、ほらほら飲め飲め!!」

「ちょっと待っ」


 クレールはリット、ではなくテツの口に自分の飲んでいたエールを流し込む。酒はテツの喉を勢い良く通過し、アルコールがどんどんテツの体内に入ってくる。

 結局彼は酒を全て飲み干し、顔は真っ赤に染まって目も虚ろになっていた。

 テツは頭を抱えて小さく呻き声を上げる。


「う~……」

「テツさん大丈夫ですか!?」

「あれ、リットじゃねぇ。まあ良いか!」


 心配するリットをよそ目に、クレールは彼の残している果実酒に手を付ける。


「クレール」

「んあ?」

「後で覚えといてね」


 リットはクレールの方を向いてニコニコと素敵な笑顔で言い放った。彼の言葉にクレールの表情は引きつり、顔から赤みが徐々に引いていく。

 フラムはそんなやり取りを見ながらいつの間にか頼んでいた2つ目の骨付き肉を大きな口で、幸せそうな顔をしながらかぶりついていた。


「リット君、便所はどこだ?」


 震える声でテツが聞いた。彼の顔色は、先程の紅潮はどこへやらかなり青ざめており、一刻の猶予を争う状態である。


「こ、こっちです! 案内します!」

「すまな、い……」


 リットに連れられてトイレに向かうテツ。時間にして30分、彼は出てこなかった。

 このような事態に見舞われつつも宴はしばらく続き、その後は何も起こる事無く、そしてクレールも特に暴れる事は無くお開きとなった。



 ※ ※ ※



 帰路に付く4人。リットに背負われながらご機嫌な声でクレールは言う。


「うぃ~2件目行こぉ~よ~」


 彼女の顔は真っ赤でへべれけに酔い、目を閉じて屈託のない笑顔を見せていた。

 リットは彼女に笑いながら答える。


「そうだね、“2人”で行こうか」

「やったぁ~まだ飲めるぞぉ~」

「テツ、大丈夫?」

「……マシになった」


 フラムがテツの背をさすりながら優しく声を掛けた。顔を赤めて気持ち良さそうにしているクレールとは真逆に、テツの顔色は青くその表情は苦しげである。

 歩いている内に分かれ道に辿り着いた。そこからはリットとクレール、フラムとテツに分かれてそれぞれの帰路に付く。


「じゃあまたね」

「うん! 楽しかったよ! ちゃんと“反省”させておいてね?」


 フラムはリットに念を押す。彼は困ったように笑いながら返す。


「みっちり言い聞かせておくよ。テツさん、お大事にしてください」


 リットの気遣いにうつむきながら手振りでテツは礼を言った。



 ※ ※ ※



「ふう、よし、大丈夫大丈夫」


 リット達と分かれたテツとフラム。しばらくしてテツの容態は回復し、顔色も先程よりかは良くなっている。

 2人はフラムの住む宿舎に向かっていた。


「ありがとね、送ってもらって」

「お嬢さんが夜に1人でうろついてたら何があるか分からないからな、護衛がいた方が良いだろう?」

「さっきまで動けなかったのに?」

 

 フラムはからかうように言った。その言葉にテツは少し気まずそうにしている。


「……囮か盾にはなれるさ」

「ふふっ、テツは優しいね。まるでお兄ちゃんみたい」


 フラムは笑顔を作っているが、その表情には寂しさのようなものが滲み出ていた。そんな彼女にテツは1つ提案をする。


「捜索、任せてみるか?」

「ううん、だってもう6年だよ? きっと……」

「おっと、それ以上は止めときな」


 フラムの言葉をテツは優しい声で遮り、そのままの声色で慰める。


「言葉には“言霊ことだま”が宿る。簡単に言うと、言った通りの事が起きるって訳だ、それが吉事でも凶事でもね」

「でも……」

「そんな顔するな、美人が台無しだぞ?」

「!?」


 テツの一言に困惑と気恥ずかしさからフラムは酒を飲んでもいないのに顔を赤らめて動揺するが、そんなことはいざ知らず、テツは涼しい顔で続ける。


「金は取らない、時間は掛かるかもしれないが捜してみるさ」

「え、あ、う、うん、じゃ、じゃあお願い、します……」

「どうした、まだ酒が残ってるか?」


 フラムは遠回しに顔が赤くなっている事を指摘され、更にその赤みを増させる。


「え、だ、大丈夫!! ほら、普通に歩けるし!! フラフラしてないでしょ!?」

「ああ、だが」

「いいからいいから! はい! この話はおしまい!!」

「……」


 無理矢理に話を終わらされてテツは歯痒さを残したまま、2人は歩みを進めていった。


 そうこうしながら歩く間に2人は宿舎前に到着した。扉の前でフラムは振り返り、テツに礼を言う。


「テツ、ありがとね」

「ん? 何がだ?」


 テツはおどけたように返した。


「助けてくれたり、お願いも聞いてくれたり……とっても感謝してる。」

「それはお互い様だ、あの時君が声を掛けてくれなきゃ未だに街で迷ってたさ」


 微笑を浮かべるテツ。そんな彼にフラムも笑顔を返した。


「テツ」


 再びテツに声を掛けるフラム。


「何だ?」

「もう、どこにも行かない?」


 フラムはまた寂しそうな顔をしていた。テツは彼女に近づいて優しく頭を撫でる。


「しばらくはこの辺りを拠点にするさ。大丈夫、急にいなくなりゃしないよ」

「……絶対、だよ?」

「ああ」


 テツの言葉に少しだけフラムの表情が明るくなる。彼女は扉を開けて中に入ると、半分だけ顔を出した。


「ありがとう、じゃあ、お休みなさい」

「夜更かしすんじゃねぇぞ?」

「もう、分かってるよ!」


 満面の笑みを見せてフラムは扉を閉じた。


(絶対に、か……)


 テツは王都の方面へと歩き出す。彼のその表情は、笑顔、怒り、哀しみ、全てが混ざった様な形容しがたいものであった。

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