第一話 ー転移ー
はじめまして、蛸丸と申します。作品の閲覧ありがとうございます。
下に主要キャラクターの簡単な紹介をさせて頂きます。初投稿で拙い文章ですが、お楽しみいただければ幸いです。何卒よろしくお願いいたします。
テツ 依頼屋を営む20歳くらいの青年。165cm、63kg
基本黒い作務衣を着ている。
フラム 新人冒険者の少女。16か17歳。163cm、50kg
夕焼けが広大な焼け野原を赤く彩り、そこに男女が2人佇んでいた。男は夕日を眺めておりその背はどこか悲しげであった。女はそんな男の背後から、彼を慈しむかのように只々見つめていた。彼女の手には真紅の短剣が握られている。
女が男に訊ねた。
「何でそこまで出来るの? 苦しくはないの? 何の為に……」
女の問いに男は振り返らず、変わらず夕日を見つめながら答えた。
「……苦しくないわけじゃない。ただこれが俺の道だと決めたから」
※ ※ ※
日が沈みかけ、辺りが暗くなり始める頃。
齢にして16、7位、革鎧を身に纏い左腰に片手剣を携えた少女が、額の汗を拭って息を切らしながら、街から少々離れたある店へ訪ねてきた。
店の名は「依頼屋テツ」。掃除等の雑務や、捜索、果ては護衛も行う、いわゆる便利屋の様な所である。
「はぁ、はぁ……。ま、間に合ったぁ……」
「閉店時間だ」
少々小柄な20歳位の青年、テツは少し困ったように言った。
彼は目元まで伸ばした黒髪を持ち、その隙間から優しさと鋭さを兼ね備えた特徴的な黒い目を覗かせている。そしてその肉体は服の上からでは一見細身に見えるが、肩幅の広さ、袖の間からたまに覗かせる前腕が、彼の肉体が極限まで鍛え上げられている事を物語っていた。
「そんな固い事言わないでよ~、ちゃんとお金は出すからさ!」
そんな彼に明るく返すのは、赤みがかった茶髪をうなじ辺りまで伸ばし、はっきりとした大きな赤目の少女、フラム。背丈はテツと同じくらいで、小動物の様な愛くるしさを見せる整ったその顔立ちとは裏腹に、程よく鍛えられて引き締まった体つきをしている。
「二割増しだ」
「えぇ~!! 勘弁してよ~お願い!」
「冗談だ、君には世話になったからな。さ、用件を言ってくれ」
テツは紙とペンを用意し机に向かう。
「頭上がりませんですぜ兄貴!! それじゃあ今日は……」
※ ※ ※
「……終わったぞ」
「ありがと~!! 部屋が見違えるほど綺麗になったよ~、さっすが頼りになるぅ~!」
今回は部屋の掃除を依頼されたテツであった。だが、ものの5分程で終わってしまいあまりのやりがいのなさに彼は面食らってしまった。
「次はもっと早めに来てくれよ?」
「はーい! またお願いね~!」
そう言いながら彼女は自室へと入っていった。
(今日はこれを含め二件……。ま、こんなもんだな。)
テツは報酬を袋に入れ、今までの出来事を思い出しながら帰路に就く。
※ ※ ※
事の発端は半年前にさかのぼる。青年テツは何の変哲もない、日本のとある山で食料調達を行っていた。何も特別なことではなく彼にとってはよくあることである。
その日彼は、まず人が立ち入らないような奥地の方まで入っていった。何度か奥まで進んだ事があるので道のりは理解していたはずだったが、その帰り道、慣れたはずの道で迷ってしまう。
(いったいどうしたもんか全く道が分からない、コンパスも狂ってやがる)
辺りが闇に染まり始める。念の為野宿の為の道具は一通り持って来ていたので、安全な場所を探そうと歩き始めた。
(野宿……天気も悪くないし野生動物がほとんど出ないだけマシかね。早速場所を……?)
辺りを見回していると彼は、その場に似つかわしくない妙なものがあることに気付く。そこにあるのは何かの紋章が刻まれた奇妙な物体であった。「それ」は手の平大の大きさの球体で、目の高さ位に浮いている。
(何だ……もしかして七つ集めればどんな願いも一つだけ叶うあれか?)
テツは好奇心から「それ」に触れようと近づいた。
すると「それ」は、眩い光を放ち彼を包み込む、一瞬のことであった。
(眩しっ!?)
※ ※ ※
(一体何だったんだ……って何処だここは!?)
気が付いた時、先程まで暗くなりかけていた空には日が昇り、雲一つない快晴となっていた。そして彼の目の前に広がっていたのは建物の大半がレンガや石で造られ、人々で賑わう古い欧風の街並みであった。
行き交う人々を見てみると皆、一昔前の西洋風の服装をしている。軽装にマントを羽織る者、きらびやかなドレスを着こなす者、鎧や剣等で武装している者も見られた。
次に彼は人々の会話に耳を傾けてみる。聞いた事のない言語であるにも関わらず、話の内容が概ね理解出来た。そして所々に記されている文字もまた見たことのないものであるが、自然と解読していた。
さらに彼を驚かせたのが、小柄で異様に耳が尖っている者、角が生えた大柄な者、獣の耳が生えた毛深い者、翼の生えた者などが、普通の人間に紛れ生活を営んでいた事であった。
(何だここは。こいつら、仮装にしちゃ出来過ぎだ。……あいつは浮いている?)
ここが今まで暮らしていた世界ではない事は薄々感づいていた。だが彼はあまり動揺することは無く、寧ろ好奇心の方が勝っていた。
(考えても仕方ない。面白そうだしちょいと歩いてみる、かな)
会話の理解、文字の解読は出来ているので、情報収集の為に動こうとしたその時、背後から一人の少女が声を掛けてきた。
※ ※ ※
「ねえ! そこのおっきな荷物の人!!」
「ん、何か用かい、お嬢さん?」
急に声を掛けられ少々驚きつつもテツは冷静に返す。
「あ……やっぱり、違うよね……ごめんなさい、人違いでした……」
「そ、そうか」
落ち込んだ様子の少女にテツは言葉を詰まらせる。だが、せっかく話しかけてくれたこのチャンスを逃すまいと彼は会話を続けようと試みる。
「あー、俺は旅をしている者でね、ここに来るのは初めてで右も左も分からないんだ。こうして出会えたのも何かの縁だろう、もし良ければ街の案内でもして貰えるととてもありがたいが……」
「えっ、あ、ああ! そうなんですね! 分かりました! 私で良ければご案内します!」
先程とは一転して元気に少女は答え、続けて自己紹介を始める。
「私、フラムといいます! あなたのお名前は?」
「テツだ、よろしく頼む」
「よろしくお願いしますテツさん! では早速ご案内します!」
テツは彼女に街の案内をしてもらった。酒場、武具屋、道具屋など、見れば見るほどここは異世界だと実感せざるを得なかった。
しばらく歩いていると街の広場に出てきた。かなり大きめの広場で、中央には噴水がありそれを囲むようにベンチが設置されている。
「ちょっと歩き疲れちゃったから休憩しましょうか!」
フラムはそう言うとベンチに腰を掛ける、続けてテツも彼女の隣に座った。
「あの、テツさんは何故この街に来たのですか?」
「たまたまだ。フラフラしてたら偶然辿り着いた感じかな。後、そんなにかしこまらなくていい、呼び捨てで構わない」
「あ……あ、うん、分かった。初対面の人にはついこうなっちゃって……」
フラムは照れくさそうに言った。次はテツが質問をする番であった。
「なあ、君は見たところ物騒な物を持っているが何をやっているんだ?」
「あたし? フッフッフ、よくぞ聞いてくれました! あたしは冒険者、今ギルドで期待されてる新人冒険者の一人なのです!! ……何てね!」
フラムは少しおどけつつも胸を張って誇らしげに答える。しかしテツは初めて聞く単語に首を傾げて困惑していた。
「……何だそりゃ?」
「やだな~、冒険者よ冒険者!! 色んな所を探索したり、魔物や悪者退治をしてみんなを助けたりする、皆の憧れの職業第1位の!!」
「……」
「えっともしかして……冒険者とギルドを、知らない!?」
つい大きな声で返してしまったフラムに一瞬周囲の視線が集まる。
「声デカい……そうだな、知らん」
「あっ、ごめんごめん、つい驚いちゃって。でも知らない人がいるなんて思いもしなくてさ。なら、テツは今までどこで何をしていたの?」
フラムは今度は先程よりも声を小さくして再び質問をした。テツは微笑を浮かべながら答える。
「俺はこの国からずーっと離れた島国に住んでいてな、そこには冒険者も“ぎるど”も無い。そこで依頼屋ってのをやってた。人からの依頼を聞いてそれに応える。掃除とか草むしり、人や探し物の捜索、用心棒もやったことがあるか。とにかく困ったことがあって相談してくれればそれを手伝う仕事だ。せっかくだからどうだ、一つ頼んでみるかい?」
「へぇ~個人ギルドみたいな感じなんだね! ……それは何でも頼んで良いの?」
「ああ、原則何でも大丈夫だ」
「なるほどね~。あ!それじゃあ……」
※ ※ ※
「おいマジかよ」
「何でも大丈夫なんでしょ?」
フラムに連れてこられたのは、冒険者用の宿舎にある彼女の部屋。宿舎は3階建てで、1階が倉庫や管理人の部屋になっており、2階から冒険者用の部屋となっていた。2階3階共に部屋は10部屋ずつ。彼女の部屋は2階手前の角部屋であった。多くても2人程であれば快適に過ごせる広さだが、内部ではそこらじゅうに衣服やら本やら書類等が散乱していた。
「じゃあ、部屋のお掃除お願いしま~す!!」
「……」
「ちゃんとお金は出すからさ! 後、しばらく泊めてあげる!!」
「!?」
テツは驚きで声も出なかった。
「年頃のお嬢さんがそう易々と男を、しかも初対面だ。部屋に上げるもんじゃない。仮に上げるとしても管理者とかの許可は……」
「でも当てもお金も無いんでしょ? あなたなら信頼出来るってあたしの感が言ってるの! 困った時はお互い様! 許可は……まあ何とかしてみるよ!!」
彼女の言う事も尤もであるが、自分よりも年下の少女にそこまで世話になる事にテツは気が引けておりフラムの提案は断るつもりでいた。しかしフラムは間髪入れず、機関銃のように言葉を続けた。
「はい、これ部屋の鍵ね! もし離れるときはちゃんと鍵掛けてよ? じゃ、あたしこれからクエスト行ってくるからお願いね! 遅くても日が落ちる頃には戻るから!!」
「ちょちょい待ち……」
彼女は口早に言うと一目散に仕事へ向かっていった。
(あー行っちまった。……困った時はお互い様、か)
色々と思うところがあるテツであったが、何故か少し優しい気持ちになっていた。そして彼も黙々と仕事に取り掛かった。
※ ※ ※
(ふう、ざっとこんなもんか)
1時間半程で掃除を終えたテツ。量は多かったが、幸いにも生ゴミ等の臭う物は落ちていなかった。ホコリも少なく、書類の整理、本や衣服の片づけ、偶々部屋にあった箒で床を掃く程度で済んだ。
(そろそろ日も落ちそうだが、あの娘……遅いな)
街灯の炎が目立ち始め、心配になったテツは自分の荷物を部屋に入れて鍵をしっかりと掛ける。そしてコンパスと懐中電灯を手に捜索を始めた。
(確か、“ぎるど”がどうこう言ってたな。そこに行けば何か分かるか?)
ひとまず彼は広場に向かい、人がいればギルドの場所を聞いてみることにした。
※ ※ ※
広場に着くと、男女の3人組が立ち話をしていた。男の一人は全身に鎧を身に纏い大剣を背負い、もう一人は動きやすそうな服に帽子とマントを付けていた。女の方は白いローブを羽織り、背丈ほどの木製の杖を持っていた。テツは彼らに聞いてみることにした。
「失礼、そこのお三方。冒険者“ぎるど”とかいう場所はどこにあるか教えてもらえないか?」
「ん? ああ、ギルドならすぐそこにあるぜ」
鎧の男はギルドのある方向を指さしながら言った。
「あれだな。分かった、恩に着る」
テツは礼を言うとギルドに向かい始めた。その直後、後ろから聞こえてきた会話を彼は聞き逃さなかった。
「そういえばフラムちゃん達、戻って来ないみたいね。ヤラれちゃったのかしら?」
「ありえそうだねぇ~それは。ちょっと小慣れてきたからって無茶なことをするからだねぇ~」
「全くだな。何回か雑魚を退治出来ただけで強いと思い込んでやがる。哀れな連中だな。身の丈に合わないクエストを受けちまった」
「再び失礼、先ほどフラムという名前が聞こえた。彼女がどこにいるのか知っているのなら教えてくれないか」
テツは駆け足で彼らに詰め寄って再び訊ねる。急に戻ってきたテツに驚きつつも彼らは答えた。
「な、何だあんたか。あいつらは街を出て西に進むとすぐにある森に行ったはずだ。最近野盗がそこを拠点に活動しているらしくてな、そいつらの討伐に向かったと聞いた。だが助けに行っても手遅れだろうな。野党共は5人と聞いてるが、奴らはかなりの手練れだ。今まで何人もやられてきたそうだ、今頃あいつらは」
「分かった、礼を言う」
そう言うとテツは全速力で走り森へと向かった。
「……あいつはバカか? 武器も防具もなしに一人で行ったぞ? しかも魔物もでるってのに!」
「明日の行方不明者、死亡者の報告が楽しみだねぇ」
「頼むから死体は分かりやすい所で見つかってよ? 探すのは私たち冒険者だしそんなにお金にならないんだから」
「しっかし妙な服装だったな。それに変な道具も……どこの人間だ?」
鎧の男は訝しんだが、マントの男は興味なさげに答える。
「さあ? 僕たちも知らない様なド田舎者じゃあないのぉ?」
「……それもそうだな」
彼らは笑いながらテツの後ろ姿を見ていた。
※ ※ ※
走り続けて15分程、件の森にテツは辿り着いた。日は沈みかけており、辺りが闇に包まれ始めていた。彼は懐中電灯を点け捜索を始める。
(無事でいてくれ。掃除代払ってないだろ?)
彷徨うことおよそ10分、テツは森林の中にぼんやりとした灯りを見つけた。慎重に灯りに近づくとそこには小屋があった。灯りは中から発せられている物であった。
静かに小屋に近づき壁に耳を当ててみる。中からは複数の男性の喚き声や笑い声、何かを殴るような音も聞こえてきた。それにまじり、2人の少女のうめき声が聞こえた。
「さっきは手こずらせやがってオラッ!!」
「っ!! ……ぅう……」
「全く、俺たちを討伐だ? ガキどもが舐めてんじゃねぇぞ!」
「どうします? 殺しちまいます?」
「それでもいいが……整った顔立ち、体も申し分ない。売っぱらちまうのもありだな、きっと高値で売れるぜ」
「それは良い案だ。でもよ、その前に俺たちで……」
「名案だな! ほら、お前ら早く脱げよ、あいつと同じ目に合いたいか?」
(情報では相手は5人か)
扉を蹴破り小屋へ侵入するテツ。まず目に入ったのは、頭部から血を流し倒れている茶髪の少年。そして、小屋の中では身長が大小バラバラだが皆筋骨隆々の男たちが、こちらも倒れている2人の少女を囲んで暴行を加えている。1人は金髪を腰辺りまで伸ばした緑目の美しい顔立ちの少女。もう1人はフラムであった。皆辛うじて息はしていたが、見るに堪えない状態であった。
「だ、誰だおめぇ!? ……見たところ憲兵じゃなさそうだな」
音に気付いた野盗がテツに声を掛けた。テツは涼しげな表情で野盗達を見つめている。
「これはお前たちが?」
「そうとも! 駆け出しの冒険者が調子に乗りやがって、俺らを討伐するなんて馬鹿なことを言ってたんでちょいとばかし懲らしめてやったのさ!」
「へぇ……」
そう言うとテツは右半身を前に拳を構え始めた。その構えは少々異様で、前足は相手に対して内側に鋭角、後ろ足は約45度開いて踵を上げている。股下を肩幅程に広げ、胴体と腰部は殆ど正面を見せず、両脇を締めて左手は頬辺りを守る様に置き、右肘を脇腹にくっつけ、前腕から手首へと繋がるラインは一直線に相手に照準を合わせる。
それはまるでフェンシングの構えに似ており、その違いと言えば剣を持っていない事であろうか。
「何だぁ? お前やる気か?」
野盗は各々武器を取り出して臨戦状態に入る。だが彼らは、今まで見たこともないテツの構えに得体のしれない恐怖を感じていた。
そんな彼らの心境はいざ知らず、テツは目の前の障害を排除する方法を策謀していた。
(手前の者から徒手空拳での急所及び顔面への攻撃、目標は一人六秒以内)
「黙ってねえで何とか言えや!!」
「へへへ、ぶっ殺してやる。覚悟しやがれ!」
野盗の一人が放った言葉にテツはニヤリと嬉しそうに笑った。
「こっちの台詞だぜ? 小童ども」
※ ※ ※
時間にして1分弱。小屋内では、瀕死の野党を見下ろすテツの姿があった。彼の服は多少破けてはいたが、その肉体には傷一つなかった。
(所詮はこんなもんか……フラム!)
倒れているフラムをテツは抱きかかえる。
「おい、大丈夫か?」
「……テ、テツ。……何でここ、に……?」
「帰りが遅いんでね、報酬を貰いに捜しに来た」
「ごめ、なさい……、あたし……」
「もう喋るな、街まで送ってやる。心配するな」
「……あ、……がと……」
そう言うと彼女は気を失ってしまった。
(さて戻るか。あとの二人は……仕方ねぇな)
彼はフラムと金髪の少女を脇に抱えながら少年を背負い、口に懐中電灯を咥え急いで森を駆け抜ける。
一人の少女との出会いが、自らの運命を大きく動かしていくことを、テツはこの時想像していなかった……。