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二話


 さて、この世界では廃れてしまった魔法や科学の代わりを人々以外の者たちで補っているわけですが、そこには幾つかの規則がございます。そもそも、人々に関わることのなかった者たちですから、その規則は昔から何一つとして変わってはおりません。たった一つだけ……それは正体を暴かれないこと。


 えぇ、勿論、精霊であったり、妖精であったり、はたまた童話であったりと、単に枠組みのことを言っているのではありません。その者たちの生い立ち、つまりは存在そのものの物語のことを言うのです。規則が作られた経緯は色々ですが、掟破りは存在が泡となってこの世界から消えてしまうことを意味します。


 ですから、危ない橋を渡ろうとする者たちには厳罰がって……どうやら早くもユウヤの準備が整ったみたいですね。まるで登山家のような格好ですが、大きめのリュックの中には何が入っているのでしょうか。以前のように迷ったりしないと良いのですが、それこそ目移りだけには気を付けたいところです。


「イツ、ラン、日が暮れる前には帰って来るからな。」


 ユウヤは上がり調子でそう言い残すと、小屋を取り囲んでいた森の奥へ颯爽と消えていきました。伝書鳩がいつもやって来ていた北東の方角、すなわち山間部をユウヤは目指したのです。そんな後ろ姿を小屋の玄関から顔だけ覗かせて見送っていた、いえ、確かめていたイツとランは目を合わせます。


【そろそろ、大丈夫そうか?】


【え~と、多分?】


【……よし、ならば早々に跡をつけるとするかの。】


 あの、今ならまだ間に合……あぁ、もう手遅れですかね。突如として光り輝き始めたイツとランの造形は、徐々に人に近いものへと変化したのです。一部の精霊にはこのような芸当が出来たりするのですが、その使い道の殆どは享楽や悪戯のためと聞きますから。そして、彼女たちもその外聞の通りのようで。


 とは言いましても、容姿の全てが人に成りきれるわけではございません。イツであれば白い髪に角の生えた額が、ランであれば青い癖毛に刺青の入った顔が特徴として残るのです。ですから、それなりの注意が必要って、ちょっと!そんなに走って森を動かれたら、こちらも視点が追い付かないのですが。


「なに、要は誰にも我であるとバレなければ問題はない。それよりも、ユウヤを先に探した方が良い気がするがの?」


「あ、それもそうね。だって……ユウヤの向かった方角からする甘い匂いって、おそらくあれよ?つまりは、もしかしたらってね。」


 はて、この先に何かあるのですか?甘い匂いって、そんな匂いなんて少しも。お二人ともご存知なら勿体ぶらずに教えて下さっても……あの、一体どこに向かっているのですか?そちらはユウヤの向かった先とは異なっていますが、そんなに険しい山道を駆け上がるなんて果たしてどんな要件がおありなのかと。


「すぐに分かることよ。其方も早くユウヤのところへ行かぬと……あぁ、時既に遅しとはこのことよな。」


 今の間延びしたような叫び声は、ひょっとすると。この近辺は確かに断層等の地質変動が頻繁にありましたが、流石に崖から落ちたりなんてことは……ない、とも限りませんか。もしかしてイツとランはそれを見越して遠回りである山道を選んだのですかって……もう、お二人の姿が見えませんね。


 では、少し声のした東の方角を調べてみましょうか。ユウヤの走る速さを考えますと、丁度この辺りのはずなんですが。木々に隠れてあまり良い見晴らしとは……おや?どこからか笛の吹く音が聞こえてきますね。それも注意を示す甲高い音が聞こえ、聞こえ……んんん?あの格好をしている男性って、もしや。


 上からの視点ではやや見づらいので、そこの草陰からの視点に切り替えてみますか。ぼやけないようにピントを合わせますと……どうやら、この場所はゴミの集積場のようですね。尻餅をついているユウヤに笛を吹きながら一人の女性が駆け寄っていますが、一体ユウヤと彼女の間に何があったのでしょう。


「ちょっと、ちょっと、そこの君!困るよ、そういうのは。ほら、みんなの作業の邪魔になっているだろう?折角の隊列が……あぁ、もう、どうしようか。」


「痛っ~!え、何だって?」


「だから、早くそこをどいて欲しいって、あぁぁ!!」


 彼女はユウヤを押し飛ばすと、下敷きになっていた切手たちを涙目で救い上げました。どうやらこの一帯では、種々の切手たちが列を組んで仕事をしていたみたいですね。勿論、切手たちに手足はございますよ?彼女の制服と帽子にどこかで見覚えがあると思ったのですが、どうやら郵便局の局員でしたか。


 期せずして切手たちに迷惑を掛けてしまったユウヤは、未だに状況を読み込めてはいないようですね。仕方ないと言えば仕方ないのですが、すぐに謝った方が賢明ではありませんか?まぁ、足を踏み外した様子のユウヤに求めるのは酷かもしれませんけど。しかし、何でまたゴミの集積所に局員がいたのでしょうか。


「君……なんてことをしてくれたんだ!もう、この切手たちは使い物にならないじゃないか!どうするんだい、さぁ、どうするんだい?」


「えぇぇ!?そ、そんなことを言われたって。」


「そうだな……今から君が彼らの代わりに手伝うんだ。鉄屑が全然足りなくてね、これでは修理するために必要な量を昼までに集められそうにない。」


「えっと、つまり、俺にあのゴミの山から鉄だけを集めろと?」


 彼女はユウヤの疑問を受け流すように笑うと、再び笛を吹いて切手たちの隊列を組み直し始めました。切手に手足があると言う常識外れな事実に加え、自動車から電化製品まで積まれたゴミの山ですから……ユウヤの頭の処理が追い付いているのかどうか。最初に申し上げた通り、魔法も科学もございますので。


 廃れたと言うのは程度の問題でして、かつての文明まではいかずとも、名残なんてものはそこかしこに存在しております。知識は余っているので資源が解決されればと言う話でしたが、もしかすると鉄屑集めもその類なのかもしれませんね。それにしても、大樹の陰に隠れてこんな場所があるなんて驚きです。


 ほら、あの崖から鉄骨が何本も突き出ているのが見えますか?あれは大きな建物が長く風化して、地層が積み上がった挙句に断層が起きたことによるものであることが伺えます。かつての科学の努力も枯渇してしまった資源には抗えなかったようで、放置されてもったいないと言いますか何と言いますか。


「あの、どれくらいの量が要るんですか?」


「おそらく自動車一台分か、あるいは小さな機械であれば五つで十分だ。」


 彼女の返答に容易な仕事量を見出したのか、ユウヤは錆びた電子レンジやオーブントースター等の電化製品をゴミの山から意気揚々と運び出しました。切手たちが持てる量はネジぐらいが平均でしたので、本当にあっという間のことです。彼女もまた、男手の大切さを認識したようで……あれ、そう言えば。


 集めた鉄屑を修理に使うと彼女は言っていましたが、それは何のためかは聞いておりませんね。集めたと言うことは、それらを何処かに運ぶ必要があると言うわけですから……しかし、見たところ、ここら辺には何もそれらしきものがありませんし。何だか嫌な予感がしてくるのは、やはり気の所為でしょうか。


「いやぁ~、実に助かったよ。これで支部まで運べば仕事は終わりさ。」


「えっと、支部ですか?そんなのどこにも……。」


「ここにはないよ、鉄屑を採りに来ただけだから。見えるだろう、あの上さ。」


 彼女が指で差した場所とは、鉄骨が壁から突き出ている崖の上でした。おそらくは、あの崖の上に郵便局の支部があるのでしょうが……どうやって登るのでしょうか、そもそも運べるのでしょうか。ユウヤの表情も固まっていますし、ようやく全ての思考が限界を超えてきたと言っても過言ではありませんね。


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