君の答えを
彼女はとある人の護衛をしていた。
彼女はとても腕がたち、周りの人の信頼も大きかった。
彼女は素敵な笑顔をたたえながらも、邪魔ものは殺した。
とある人は彼女に守られていた。
とある人は貴族の跡取り息子で、周りの人に好かれる青年だった。
とある人は優しく笑いながらも、彼女が人を殺しては泣いた。
彼女の名前はリアン。とある人の名前はガット。
「リアン、好きだよ」
「そうですか。ありがとうございます」
ガットは大きな机に頬杖をつきながら、幸せそうに言う。リアンは大きな机のそばに立ちながら、棒読みで答えた。
「リアン、私は君が好きだ」
「ええ、聞きました」
「君は私のことが好きかい?」
「…………」
リアンは答えず、にこりと笑った。すっと机の上を指差す。
「お仕事、早く終わらせて下さいね。無駄口叩いてないで」
「終わったら散歩に付き合ってくれるかな」
「終われば」
ガットが書類とのにらめっこを再開する。リアンはそばに立ち続ける。
「……終わるかな」
「散歩に行くのなら、終わらせて下さい」
「君がそう言うのなら、終わらせよう」
「…………」
リアンが微笑をたたえたまま、立ち続ける。ガットは書類とにらめっこを続ける。
しばらく時間がたって、ガットが大きな息をついた。リアンがガットを見た。
「終わったよ」
「お疲れ様です」
「さあ、行こう」
「散歩ですか?」
「ああ、そうだよ。付き合ってくれるんだろう?」
「もう夜ですが?」
「関係ない。行こう」
「貴方がそこまで言うのならば」
ガットが椅子から立ち上がった。
リアンは腰に吊った長剣に少し触れて、確かめた。
「危険ですよ」
「何が危険なんだい」
「夜は、危険です。それでも行くのですか」
「ああ、行くよ。君が守ってくれるんだろう?」
「はい」
「なら安心して散歩ができる。――リアン」
ガットは自分より少し小さなリアンを見つめる。リアンは自分より少し大きなガットを見返す。
「リアン、命あずけるよ」
「……わかりました」
大貴族の跡取りとなれば、いろいろ危険があった。
ガットの弟は兄を殺して跡取りの座を奪おうと虎視眈眈。ガットの従兄は彼を殺してこの家を潰そうと策を練る。他の貴族は、少しでもライバルを消そうと彼を狙う。
「リアン、好きだよ」
「ありがとうございます」
何度も言われ慣れた言葉にリアンがほほ笑む。ガットはリアンに微笑み返し、そのままのやさしい表情で窓の外を見上げた。
良く晴れた夜の空に、星が瞬く。その輝きは部屋の中からでも見ることができた。
「リアン、君は私のことをどう思う?」
「優しいお方だと思っていますよ」
「好きとは言ってくれないのかい」
「…………」
リアンは黙って、いつもの微笑をたたえた。
「好き、と言ってほしいな」
ガットが少し悲しそうに笑うと、リアンはそっと口を開いた。
「スキ」
肩をすくめたガットが歩きだす。
その後ろをリアンが続く。
「そんな棒読みで言われても、嬉しくない」
「言え、とおっしゃったので言ったまでです」
「言ってほしい、と言ったんだ。無理やりに言わせたかったわけじゃない」
「そうでしたか。申し訳ありません」
「君の言葉が聞きたいんだ。私のことが好きなのか、そうでないのか」
「ガット様はとても素敵だと思っていますよ」
「それは答えじゃないだろう」
いつもの押し問答を続けながら、庭に出た。
ガットは空を見上げ、息をはいた。白い息がすぐに消える。
「寒いな」
「コートを持ってきましょうか」
「いいや、いらない」
「風邪をひきますよ」
「ひいたら、君が看病してくれるかい」
「私の役目は護衛で、看病をするのはメイドの役目です」
リアンは寒がるそぶりを見せずに言う。ガットは少し寒がって、いったん部屋に戻った。メイドにコートを持ってこさせ、それを羽織ってから再び外に出た。
「リアン、寒くないかい」
「はい」
「それならいい。風邪をひくなよ」
「もちろんです」
広い庭を二人で歩く。手入れの行き届いた庭で、夜の今は噴水は動いていなかった。
ガットがのんびり歩く。リアンはそれに合わせる。ガットの一歩後ろにリアンが付き、常に周りを警戒して歩く。
「リアン」
「はい」
「本当に、好きだ」
「ありがとうございます」
「いつもそればかりだ」
「素直な気持ちなのですが」
「――いつも私が気持ちを言って、君は気持ちを言わない」
ガットが今日で何度目になるかもわからない話題を持ち上げてくる。リアンは今まで何度も返した返事をする。
「そうですか?」
「そうだよ」
ガットは空を見上げる。三日月に、たくさんの星。
「ここなら誰も聞いていない」
ガットは振り返ってリアンを見た。
「君は私のことをどう思っている?」
リアンは、左右に首を振った。
「ガット様」
「ガットでいい」
リアンは、左右に首を振った。
「ガット様、あまり何度もそう言うことは言わない方がよろしいですよ」
「そう言うこと、というのは?」
「私のことが好きだなど、言わない方がよろしいですよ」
「本当の気持ちだ」
「それでも、です」
ガットはリアンの手をとった。
「好きなことを好きと伝えて何が悪い」
リアンはガットを見、そして空を見上げた。
「星、きれいですね」
「リアン」
「なんでしょう」
「話をずらさないでほしい」
「ずらしていませんよ。――ガット様は、あの星よりも輝いています」
にこりと笑った、リアンはそっとガットの手をほどいた。空から視線を下ろし、ガットを見つめる。
「私は、星を輝かせる闇の役割です」
リアンは長剣にそっと触れる。
「星と闇は同じ場所にいることができても、触れ合えないんですよ」
「私と君は、触れ合うべきでないと言うのかい」
「……はい」
ガットは少し悲しそうにうつむいた。
結ばれぬ、この関係。結び目すらできない、この赤い糸。
「そんなことは、ない」
「私はガット様のそばにいます。それは、ガット様を守るためです」
ガットはリアンに背を向け、散歩を再開した。
「それでもいい。それでもいいから、君は私のことをどう思ってる? 私は、それだけでも知りたい」
「ガット様」
「何度でも言おう。私は君が好きだ。君はどうなんだ」
「答えれば、終わりにしていただけますか」
「――終わりとは?」
「私にそんなこと言わないでいただけますか」
「君の返答次第だよ」
リアンは困ったように小さくため息をついた。
「そのように意地悪なガット様は嫌いです」
ガットはくるりと振り返った。
「ということは、他の私は好きなんだね?」
「お好きに解釈してください」
満足そうにガットが笑う。困ったようにリアンが笑う。
と、リアンが周りを見渡した。
「リアン?」
「誰か、います。隠れています」
そして、リアンがガットのそばに立った。ガットはリアンのそばで動かずにいた。
「誰だ!」
ガットがそう声をあげると、茂みが揺れた。そこから姿を現すのは、黒い服を着た男二人。
「ガット様、その場から動かずにいてください」
「分かった」
リアンが長剣を抜く。ガットが声を出す。
「誰の手先だ」
「――ガット・ウィジュアル……死んでもらう」
「私の護衛は強い。貴様らになどに負けない」
ガットは表情を隠して、腕組みをする。
「誰の手先だ。アカスか、それともジャックか?」
「死ねば関係ない」
同時に男二人が襲いかかる。リアンが踏む込む。ガットは腕を組んだまま動かない。リアンが剣を振る。男の一人が倒れる。
リアンがさらに踏み込む。もう一人の男も倒れる。ガットはそれを見る。リアンが長剣をおさめる。ガットは目を閉じ、しばらくしてから開いた。
「大丈夫か」
「はい。ガット様こそ、お怪我はありませんか」
「君のおかげで、無事だ」
「散歩、終わりにいたしませんか?」
「そのほうがいいみたいだね」
そんな会話をし、ガットはようやく腕組みをといた。ため息をつき、震える自分の身を抱く。
「ふう、怖かった。余裕ぶるのもこれからはやめようか」
「余裕ぶるガット様も、素敵ですよ」
そして、屋敷の前まできて、嫌な音がした。
「ガット様!」
「大丈夫だ」
いつもの表情を消し、余裕を見せるガット。押さえられた腕からは、血が流れる。
「かすっただけだ。何ともない」
「しかし……!」
「リアン」
ガットはにこりと笑う。
「命、預けたよ」
リアンは声に出さずに、はい、と答えた。
「お守りいたします」
リアンはガットを伏せさせ、周りを見渡す。どこからか銃弾をうけたが、確かな場所が分からない。
「次に撃たれたら、どうする?」
「必ず守りますよ」
そっと影に移動する。夜の闇がもっと深くなる。
銃声がしたことで、屋敷の中も騒がしくなっていた。
「ガット様はそこで動かずにいてください」
「わかった」
リアンが周りを見渡していると、屋敷の扉の明かりがついた。
「どうした!」
屋敷からの声。リアンが答える。
「銃撃を受けました! ガット様が腕を怪我していますが、こちらに来るのは危険です!」
そして、リアンは微笑する。
「私がおとりになります。その間にガット様を――!」
ガットの悲鳴じみた声。リアンはいつもの微笑をたたえ、影から姿をあらわした。
今は、闇でなく星となって。
リアンは屋敷の前の石畳を走った。何発か撃たれたことで分かった、敵の位置を目指して。
「リアン――!」
赤い飛沫を残して、リアンは茂みへ消えた。
リアンが目を開けると、すぐ目の前にガットの顔があった。
「起きたかい」
「……はい。おはようございます」
リアンは一度目を閉じ、再び開いた。しかし、まだ眼の前にある、ガットの顔。
「ガット様……」
「何だい」
リアンは微笑んだ。
「お顔、どけてください。起き上がれません」
「嫌だと言ったら?」
リアンはさっと周りの様子をうかがった。そして、にこりと笑った。
「このまま起き上がりますよ」
と言いながらリアンがそっと体を起こす。
「私は、どかないよ」
と言いながらガットが手を伸ばす。
二人だけの病室。
窓から入った光が映し出す影は、ひとつ。
2年前に書いたものに少し手直しして載せました。
恋愛小説は難しいですね。でも好きです。