エクスカリバーくわえた黒猫1
◇
その晩、そいつは現れた。
悠然と窓枠にたたずむ姿は、さながら百獣の王のよう。
体長の数倍ある刀剣をくわえ、畏敬の念を覚えるほどだった。
ただ者ではない――僕はすぐに直感した。
とはいえ、見た目は愛くるしい子猫。
おどろきの声一つ上げずに、口をポカンと開けて見つめた。
子猫がくわえた刀剣をドサリとベッドの上へ落とす。
そして、自身もそこへ降り立った。
真っ黒な毛なみに、黄色にそめ上げられた瞳。
不吉の象徴としてあつかわれがちな黒猫だ。
生まれてまもないのか、足どりはぎこちない。
たった数歩進むうちに、三回もつまづいた。
「坂上健吾、お前に話があるにゃご」
「あなたは?」
我ながら冷静に受け答えする。
話し始める予感があった。
話し始めないほうがおかしいと思った。
「ニャゴは天上よりつかわれし神のエージェントにゃご。わかりやすく言うなら、神の眷属にゃご」
「……エージェントのほうが断然わかりやすいです」
その内容は言葉通りに信じる。
もし疑うのなら、まず猫がしゃべっていることから疑わないといけない。
見た目にしても変な語尾にしても、かわいさアピールが少しうっとうしい。
ただ、声色は落ち着いている。
神のエージェントにたがわぬ風格があった。
「神のエージェントが何の御用でしょうか?」
「単刀直入に言うにゃご。これからニャゴと一緒に裏の世界へ行き、そこを支配する冥王を、この聖剣エクスカリバーで討ちはたしてもらいたいにゃご」
エクスカリバーと呼ばれた刀剣に目を落とす。
鞘から柄頭にいたるまで、布の巻かれたグリップ以外は金色に輝いている。
確かにこれは、かの有名な聖剣エクスカリバーだ。
エクスカリバーのことなんて何一つ知らない僕に、そう思わせるだけの説得力があった。
◇
「質問があれば、何でも受け付けるにゃご」
「それなら、まず裏の世界の場所から」
「表の世界と裏の世界は表裏一体にゃご。表の活動が活発になれば沈静化し、静まれば活発になるにゃご。近くにあるようで近くにない、裏の世界はそんなところにゃご。世界の行き来はニャゴが手を貸さなければ事実上不可能にゃご」
「それはつまり、帰って来れない旅になるということですか?」
僕は気どりながらたずねた。
何か、ノリノリで言ってしまう魔力があった。
「体は別に用意するから心配いらないにゃご。睡眠時の意識を向こうの体に送るだけにゃご。明日の朝には、こっちに戻っているから生活への支障もないにゃご。
ついでに言うと、向こうで死んでも全く問題ないにゃご。新しい体をすぐに用意するにゃご。あと、ニャゴもガイド役として同行するにゃご。このエクスカリバーをはじめ、物質的な支援もおしまないにゃご」
一気にたたみかけてきた。
いたれりつくせりで、緊張感のかけらもない。
とりあえず行ってみようかなあ、って勢いで口走りそうだった。
でも、まだ確かめることが山ほどある。
「次は冥王についてお願いします。倒さなければいけない理由もふくめて」
「元々、冥王は裏の世界の存在じゃないにゃご。強大な力を秘めた指輪を手に入れ、裏の世界を一手に掌握したにゃご。指輪の力は、表の世界にすら影響をおよぼす、危険な代物にゃご。だから、ニャゴは重い腰を上げて討伐に動いたにゃご」
「どうして、裏の世界の人間にたのまないんですか?」
「裏の世界の人間は指輪の力にあらがえないにゃご。もはや冥王のあやつり人形と言っても過言ではないにゃご。だから、冥王の支配下にない表の世界の人間を連れて行く必要があるにゃご」
「ちなみに、裏の世界はどんな感じの場所ですか?」
「では、裏の世界の世界観やシステムについて概略を説明するにゃご。人類と――」
この先は長い話だったので省略します。
著名なファンタジー小説がベースになっていて、レベルが存在するRPG的な世界だそうです。
なぜそんなことになっているのか聞いたら、「世界を作ったやつの好みにゃご」という返答でした。