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24時間後に眠るように死ぬことができる薬が100万円で売っていたら

作者: 川澄

一話完結です。さくっと読める内容です。


用語:

ホレ薬とは、飲ませた相手に恋心を起こさせるといわれる薬のことである。(ピクシブ百科事典より)


一年も終わりに差し掛かったある日、国内大手のコンビニチェーン「ザ・セブンマート」は前代未聞の不祥事を抱えていた。

真夜中、セブン本社開発部時代の友人の時田から突然電話がかかって来た。いつも有能で冷静だった時田の口ぶりは慌てていた。

「新発売のあのドリンク薬な、例のキボウのホレ薬、今すぐ店の棚から全部降ろして集めておいてくれ。絶対にお客様に売ったり誰かに飲ませたりしないこと。全部だぞ。いいな?」

その頃、俺は一時期過労で長期休職していたこともあって、店舗勤務の方へ移されていた。

「わかったけど、何かあったのか?」

「実はあれを飲むと24時間後に眠るように死ぬ、ということがわかったんだ。 

 明日は昼の三時から役員が揃って本社の方で謝罪会見を開く。もちろんそれまで誰にも口外はするな。

 正直これから会社はどうなるかわからない。だから、お前も覚悟しておいてくれ。」

「えっ、ちょっと待てよ」

時田からの電話は、俺の言葉を遮り一方的に切れてしまった。


時田から回収を命じられた"ホレ薬"とは、ザ・セブンマートと製薬ベンチャーのキボウ薬品が共同開発した新製品で、コンビニで通常扱うアイテムでもかなりの高価格帯、一本100万円という強気すぎる値段設定にも関わらず、開発プロジェクトは社内でも大きな期待を集めていた。それもそのはず、薬のホレさせ効果は絶大で、当然発売前から世間の話題をさらっていた。

事情はよくはわからないが、時田は"飲むと24時間後に眠るように死ぬ"などと言っていた。そんな恐ろしい毒物が厚生労働省の厳しい審査規格を合格し、店の棚に並ぶ時になってから回収されるなどと言う事態があり得るとは。それも古巣のセブン開発部に限ってだ。かつては食品開発の仕事に熱中していた自分にとって、にわかには信じられなかった。

深夜の店内には客はおらず、この時間帯はアルバイトさんも帰ってしまったので俺だけだ。俺はすぐに棚から降ろしたホレ薬を適当な段ボール箱に詰めて、バックヤードの鍵の付いたロッカーへ無造作に放り込んだ。当店ではまだ一本も売れていなかったのは不幸中の幸いだ。

「発売中止になるのか。ホレ薬…もしも、もしも、この薬を利用できたら…」

容量のいい時田とは違い、出世コースから外れた自分には、こんな高価な薬を大人買いする財力も度胸もない。

そうだ。俺はアルバイトの(れん)さんに恋をしている。恋さんは、俺とは十七も年齢が離れた学生だ。メンヘラコンビニおじさんの俺は、告白したいなどと考えたこともなかった。

ああ、恋さん。俺は恋さんと動物園デートがしたいと何度頭を悩ませたことだろう。恋さんと焼き肉デートがしたい。恋さんと深夜のツタヤデートで映画のウンチクを言って尊敬されたい。恋さんの唇に触れたい。恋さんの子供が欲しい。恋さんの、恋さんの…。

俺はつい仕事の手を止めて、自分の欲望に夢中になって考えを巡らせた。深夜とはいえ、片づけるべき作業はいくらでもあった。

俺はこのまま普段通りに作業を続けるべきか迷った。

「合宿免許に来いよ!今すぐ来いよ!情強大学情強コミュニケーション学部だよ。戦艦の女の子のスマホゲームだよ!」

毎日聞いているはずの店内放送の無限ループが今夜は妙に寂しさを誘う。


今、俺の考えていることはこうだ。バックにあるホレ薬のボトルを一本拝借して別の容器に移す。ホレ薬のボトルには、適当に店の商品からホレ薬と色の似たドリンクを探し出し、ボトルの中身を入れ替えておけばバレないだろう。どうせ処分業者へ送られてそのまま廃棄されるだけのものだ。

もちろん俺はそうして入手した薬を恋さんに飲ませるつもりだ。彼女が出勤して来たらジュースと偽って「新発売のドリンクのサンプルが届いたので恋さんの素直な意見を聞かせてほしい」とでも言えばいい。薬を飲んだ恋さんは俺にホレる。そしておそらく、恋さんは死んでしまうだろう。俺と恋さんは二人で逃げる。誰にも邪魔されないような場所へ行き、死ぬまでの最後の一日を幸せに過ごす。恋さんが眠るように死ぬ瞬間に、きっと俺も死を選ぶだろう。

俺は、バインダーに挟まれた出勤カレンダーを確認した。恋さんは早朝七時からシフトに入っている。スタッフの勤務スケジュールぐらい頭には入っていたが念のためだ。

七時までの間に、俺は業務の片手間、遺書を書いて過ごすことにする。コンビニという場所は、便箋や筆ペンなどを入手するのに実に都合がいい。書いた遺書を置く場所は、売上金の金庫に入れようとしたが、少し手を止めて考え、切手を貼って外のポストへ投函する。宛先は自宅へ。

「希望通りに本社に残れなかったことを悔やんだり、恨んだりする気持ちは微塵もありません。会社への恩を仇で返すことになってしまい、大変申し訳ありませんでしたが、恋さんへの思いが強すぎて抑えきれませんでした」

赤裸々な犯行声明だった。迷いはなかった。


早朝。田舎のコンビニでも、朝は忙しい。

グレーのパーカー、薄い黄色のショートパンツの少女がやって来た。短めのポニーテールが揺れている。彼女が恋さんだ。

「おはようございますー」

恋さんは、少しだけ息が荒い。責任感が強くて真面目なので遅刻などしないように走って来たのだ。

「おはようございます。慌てなくても大丈夫ですよ。そうそう、新発売のドリンクを…」

ひとりで何度も練習した台詞を遮り、先に恋さんが何かを差し出した。

「店長。このジュース美味しかったので良かったらどうぞ」

俺は目を疑った。しかし、その飲料の色は見間違えようもなく、あの薬だった。俺は彼女からジュースをすぐ受け取り、飲まないでこう言った。

「100万円で買わせてもらうよ。それから、俺もあなたが好きです」




お読みいただきありがとうございました。

お題のみをいただいて即興で書きましたので、変なところあるかもしれません。

もっと小説うまくなりたいな、と思います。

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