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弦売りの男  作者: 野暮天
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第七話 三日目

犬神人の調査で事件の大まかな形がわかった。

どうやら浅原、という男が三条という人物の指示で動いているらしい。


そしてその背後には亀山院もいるとのこと。


私は伏見院の妹宮にあたりその命が狙われているとのことだった。

我がことながら現実感はなかったがそれを教えられた日から犬神人の警備が厳しくなった。


「おい今日は一人か」

男は私に声をかけると柿染めの衣の袖を引く。


「ようやくわかってきたじゃないか」

私はいつもの小袖ではなく犬神人が身にまとう赤い衣に白い頭巾をして寂光院で彼を待っていた。


今日は世話をしてくれる尼が忙しく一人で無聊を慰めるつもりであったが。


私がかの格式高い寂光院に入れたのも納得がいく。

ただ寂光院にも伝がある犬神人の人脈は気になったが。


「とりあえず清水坂に向かうぞ」

清水坂は清水寺を参詣する途中の道だがそこには多くの河原ものがいた。

少し異様な光景に私は声を潜める。


「俺たちの仲間だと思えばいいさ」

道には乞食や浮浪者がたむろしている。時おり同じ犬神人と出会うが彼らは興味などないようでどこか遠くを眺めていた。


噂には聞いていたがこれが清水坂か。多くの非人が集まっていると有名だったが自分で足を踏み入れたことはなかった。たしか清水坂は清水寺の支配が及ぶ地域だとされているが。


「あの祇園の方ではなくてこちらでいいのですか」

「ああこっちの方が俺の仲間がいる」

彼は急な坂道をすたすたとのぼり私に声をかける。


「幸王丸、今日はよろしく頼むぜ」

そこには十人あまりの犬神人が集まっていた。

その中心にいるのが幸王丸なのだろう。


「よろしくな小僧」

「小僧?」

どうやら性別を間違われているらしい。


「あの私は小僧では」

「そう気にすんな。声変わりもまだだろうがそれにしても小さいガキだな」

幸王丸はがははと笑った。豪快な男らしい。


「あいつにはお前が御曹司だということにしている」

小声で成王丸は付け足す。一番大事なことを伝えていないのはどうなのだろう。


「話していると色々まどろっこしくてな。それに幸王丸はあのなりだが好色で有名でな」

お前のみの安全のためにもこのままで通してくれと成王丸が珍しく頭を下げる。


「あなたも犬神人のなかにいると謙虚になるのね」

「まああいつが俺たちの頭みたいなものだからな」

ため息混じりにそう答える。


「とりあえずそこのガキはなんと呼べばいいんだ」

「ガキのままでいいよ」


「にしても俺たちにはない品ってものがこいつにはあるんだな」

顔をじっと見つめられ思わず顔を背けてしまった。


「このガキが女だったらすぐに自分のものにするんだがな」

「生憎男なんでな」


すかさず成王丸が言い返す。

「成王丸もつまらない仕事引き受けてくるな」


「つまらないとは失礼な」


私の反論に幸王丸は豪快に笑い飛ばす。


「ははっガキが一丁前の口聞きやがって」

頭をぐりぐりとげんこつで挟まれる。意外と痛い。


だが彼なりの愛情表現なのだろう。

「成王丸とは長い付き合いだがこいつが人に頼み事をするのは生まれてこの方初めてじゃねえか」


幸王丸は成王丸の肩をつかむ。

「弟分の願いとなっては聞かないわけにはいかないからな」

「悪いな」


「いいってことよ」

幸王丸は彼の背中をドンっと叩いた。成王丸は痛そうにしながらも顔は笑っていた。

皮肉屋のあの男でもこのような表情をするのか。それが意外だった。


「まあそこの御曹司は大船に乗ったつもりでドンっと構えてればいいからな」


十人あまりの犬神人たちも私に笑いかける。

いい仲間だな、と思った。


「それでこいつを狙っているのは」

「浅原という男だ」

浅原は私をつけていた男だ。

「それでその後ろにはさらに三条がついている」


「浅原っていうのが武家で、三条は大覚寺統系の公卿だな」

「そして一番後ろには亀山殿が待ち構えているって話だよな」


おそらく亀山殿は直接指揮を執っているわけではないだろう。

主に指示をしているのは三条で浅原を使って持妙院系統の血族を一掃しようとしているのだろう。


「それにしてもこれだけ大きな相手をつれてこられるとは腕がなるな」

幸王丸はぱきぽきと関節を鳴らす。


「俺たちの仕事は御曹司の身を守ることと浅原を捕まえることだ」

わかったな、と十人あまりの犬神人たちと目をあわせる。彼らは各々うなずくと話は続く。


「浅原はどこにいるかわかっているのか」

「大体祇園の西の宿を拠点に京を歩き回っている」


「このあさ……っ御曹司が使っていた宿の女将が言うには一月あまり付近をたむろしていたが最近やつの噂すら聞かなくなったようだ」


慌てて成王丸の足を踏む。

間違えて私の本名浅黄を言いそうになったようだ。それをを辛うじて防いだ。


意外と口が軽いので成王丸の株が自然と下がる。

「恨めしい顔で見つめるなよ御曹司」


男は困ったような顔をした。

それが頭の悪い子犬が悪さをしたみたいで少しかわいいと感じてしまった。


「作戦はこうだ。浅原がいそうなところで噂をたてる。常磐井殿のご落胤が清水寺にてかくまわれていると」

「それでおかしいと思ったやつが噂を突き止めに清水までやってくるという算段だ」


幸王丸と成王丸が交互に説明する。意外と単純な作戦だ。

「それまで私は……」

「別の場所にかくまってもらう」


つまりは寂光院で尼に紛れていればいいということか。

「男一人に対してこっちは十人もいる。すぐに敵は捕まるさ」

幸王丸は胸を張って誇らしげだった。


「それではよろしくお願い致します」

「いいってことよ」

犬神人たちはみな気のいい男たちだった。


かくして私はしばらく寂光院に匿われることになる。

居場所がしれないか不安だったが彼らの作戦で浅原は捕まるだろう。


そうすればまたいつもの生活が戻る。

女将の宿の手伝いをしながら巫女としての仕事も全うする。


慎ましいけれどささやかな幸せのある生活を送れば亡き母もきっと喜んでくれるだろう。

そう信じながら彼らのもとを去り寂光院に戻っていった。



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保元・平治の乱をテーマにした
『常磐と共に』
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