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弦売りの男  作者: 野暮天
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第三十二話 決意

大宮院と出会い数日がたった。


私は仮住まいをさせてもらっている女将の宿を旅立つ決心がついた。


おばあさまにも会えたことだし、成王丸との契約も今日で終わりにするつもりだ。


これですべてが片付いた。


今まであったことすべてが納得のいく結果になったとは言えない。

放免も浅原もいなくなった。

だが彼らを操っていた三条は無罪放免。

そして黒幕である亀山殿は今も私の手の届かない場所にいる。


だけど私は多くの人にお世話になった。

寂光院の尼や中宮様、西園寺実兼さま。

それだけじゃなく成王丸の仲間だって力を貸してくれた。


だから全てを清算するために私は旅に出ることに決めた。

そしてその前にするべきことがもう一つ。


待ち合わせの時間までもう少し。

私は祇園社の中にいる。


「おう御曹司、どうした今日はめかしこんで」

幸王丸が声をかけてきた。

「もうやめてくださいよ」

彼はおかしそうに笑う。

「悪い。話を聞いたらからかいたくなってな」

あれから浅原が死んでから何度か幸王丸と出会うことがあった。

最初のうちは気がついておらず成王丸の女だと勘違いしていたが話をしてすぐにあのときの御曹司だとばれてしまった。

「まさかお前があの小生意気な御曹司だったとは言われるまで気がつかなかったぜ」

「そうですか」

私は苦笑した。男はどこか愛嬌のある笑みを浮かべて私の頭を撫でる。

「でもこんなかわいいお嬢ちゃんとはな」

成王丸も惚れるわけだとひとりごちる。

「まあお前の待ち人はまだ仕事中みたいだけどな」

「終わるまで待たせていただきます」

彼の仕事を聞くと暗いものを想像してしまいそうになるがそれは私の口の挟めることではない。

人には色々な生き方があるのだ。

「あいつも色々と考えているみたいだし結論を出すのは早いんじゃないのか」

何とはなしに幸王丸が口を開く。

「まだなにも考えていません」

ただ身の回りを整頓して今後のことを決める。そういうことだ。

「でも、今日彼に言うことがあってここに来ました」

だから彼が来るまで待つつもりだった。

「お前も妙に強情なところがあるからな」

幸王丸は思案顔になってからぽつりと呟く。

「思い詰めて突飛な行動にでないといいが」

心配してくれているのか幸王丸の目は優しかった。

「本当ならお前を俺のものにするのも悪くないと思ったんだが」

「もう冗談はよしてくださいよ」

私がそういい返すと幸王丸は声をあげて笑った。

「そういうところも気に入ってるんだけどな」

「でもお前は決めたんだろ」

「はい」

この町を出ていくと決めた。それを悟ったのだろう。

「だから言い残したことがないようにと」

私は口を開く。

「言うのが遅くなりましたが今までありがとうございました」

「どうした急に改まって」

「あなたには清水でお世話になったから」

「それだけじゃないだろ」

「俺は成王丸の兄貴分だ。そしてお前はあいつの女だ」

幸王丸は続ける。

「だから俺たちはお前の仲間だ。わかったな」

真剣な面持ちで幸王丸は私を見つめる。

「仲間だから困ったことがあったら俺たちに相談するんだぞ」

「はい」

彼らの厚意は純粋にありがたかった。

「おっとお前の待ち人が来たようだぞ」

幸王丸がそういうや否や心配した顔つきの成王丸がやってきた。


「おい幸王丸、さっきはなんの話をしていたんだ」

「それはこいつとの秘密だよ」

幸王丸は秘密にしてくれるらしい。彼に思いを告げることを。

「じゃあな。あとは二人でお楽しみということかな」

「もうっそんな言い方やめてください」

「ははっ悪いな」

そういうと彼はその場を離れた。


「今日はあなたに話があってお呼び立てしました」

「ああ。それは聞いてる」

成王丸は不思議そうな顔をしている。これから何が起きるのかわからないといった様子だ。

「これから言うことを聞いてください」

そして私は今まで胸のうちに秘めていたことを口にすることにした。

「あなたとあったとき最初は失礼な守銭奴だと思っていました」

「おう」

それが初対面のときの第一印象だった。

成王丸は要領を得ないのか先程までと同じように浮かない顔をしている。

「ここは怒るところですよ」

フフっと笑うと男はこちらを眩しそうに見つめた。

「確かに怒るところだったな」

でもと彼は付け足す。

「今日は特別だ。今のお前を見ているとなんだか怒る気にもなれなくてな」

「変ですね」

彼は目を細めこちらを見やる。

成王丸は私の方に腕を伸ばしなにかを考えるようにしてから手を止めた。

「やっぱりさっきの続きを聞こうか」

声は少しだけ震えていて彼が緊張しているのがわかる。

「では言わせておきますね」

「あなたは確かに失礼で食い意地が張っていてお金にうるさい男でした。だけどそれ以上に私はあなたにお世話になりました」

「それが契約だからな」

成王丸は戸惑ったような顔だった。

「いえお金以上に働いてもらいました。だから言わせてください」

私は息を大きく吸う。

「ありがとうございました」

彼の手を握り頭を深々と下げる。

「あなたがいなければ私はこうして話もすることができなかったでしょう。だからお礼がいいたいのです」

「お礼、か」

成王丸は複雑そうに笑う。

「あなたと出会ったのは母の言いつけから弦を買ったことが切っ掛けでした」

あのときの母が今起きたこと全てを予期していたとは考えられない。

だが彼女の言葉が作った縁だ。

「でもあなたとであったことはそれ以上の財産です」

だからと付け足す。

「だから聞いてください」

「私とあなたが出会ったのは偶然かもしれませんが私はこの偶然に感謝しています」

だって彼と出会わなかったら自分が誰かに恋い焦がれることもなかったから。

「感謝されるほどのことはしてないよ」

成王丸は居心地が悪そうにする。

「俺は契約通り、金のため働いたまでだ」

わざと突き放すような言い方をする姿が彼らしかった。

「あなたも強情ですね」

私が笑うと成王丸はむっとしたようだった。

「それはお前もだろ」

「そういわれればそうですね」

「なんでそこは素直なんだ」

少し不服そうな様子がなんだかかわいく映る。

「あなたのことが好きです」

不意にその言葉が口から出る。この人のことが愛しいと思ったのだ。

「どういう意味だ」

成王丸は目を見張る。何が起きたかわからないといった様子だった。

「もう一度言いますね」

「私はあなたのことが好きです。愛しいと思っています」

「おいお前正気か?」

彼は信じられないといった表情でこちらを見つめる。

「まさかお前が俺のことを……」

「自分の頬でもつねってみますか」

「バカ。大事なことをいったあとに冗談いうんじゃない」

「ふざけたつもりはなかったのですが」

成王丸は子供のような泣き笑いに近い顔をしていた。

「バカだな。俺もお前のことが好きだ。好きで好きでたまらない。お前がいなくなったらと思うと夜も眠れないよ。生まれてはじめて好きになった相手がこんな小生意気な年下だとは思わなかったがただ好きなんだよ」

彼は一度戻した手を私の頭にのせてくしゃりと頭を撫でる。

そして顔を私の方へ寄せる。

「だから俺の方からも言わせてくれ。お前のことが好きだよ」

そうして唇を重ねる。甘い口づけに胸がうずく。

ぽろりと涙が流れる。

これは私のものではない。彼の涙が私の頬を伝いまるで私が泣いているみたいだった。

「まさか俺がこんな風に泣くとはな」

彼は苦笑する。

「お前に渡したいものがあるんだ」

彼は懐から小さなかんざしを取り出す。

「今日はお前にこれをつけてほしくて。待たせて悪かったな」

成り王丸は何度か私の髪をすくときれいにかんざしをさしてくれる。

「お前によく似合っている」

「ありがとうございます」

彼の優しさに心が暖かくなる。

だが他にも言わねばならないことがある。

「実は私は京を去ることを決めました」

「やはりそうか」

予想はしていたのかあまり驚いた様子はなかった。

「で、いつ出発するんだ?」

「明日の朝にでも」

「みんなとはお別れしたか?」

「会える人たちには直接挨拶しましたが他の人々には文でもよこそうかと考えています」

そうかと成王丸はうなずいた。

「じゃあ俺で最後か」

「はい」

名残惜しそうに彼が私を見つめる。

「なんで今になって急に好きだなんていうんだよ」

こんなときにと成王丸は呟く。

「でもお前は出ていくんだろ」

俺をこの町に残して、と告げる。

「私は母に負けない立派な歩き巫女になって戻ってきますから」

それまでの間信じて待ってくれますか。

そう言いかけたところだった。

「やっぱり俺も付いていく」

「へっ?」

成王丸は腹をくくったといった風で私を強く抱き締める。

「だからお前に付いていくって決めたんだよ」

少し息苦しかったが彼の言葉は嬉しかった。

「用心棒が必要な時だってあるだろう」

それに俺にはいろんな方面に伝があるから安心だろと付け足す。

「俺にもお前が必要なんだよ。いらないなんて言わないでくれよな」

子供のように唇を尖らせる姿がおかしくて笑みがこぼれる。

「わかりました。一緒に頑張りましょう」


旅は始まる。今度は成王丸と二人で。

こんなに心強いことはないだろう。


この先旅で心がおれそうになることが出るかもしれない。

だけど二人ならきっと大丈夫だ。


これからも二人でずっと。


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