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弦売りの男  作者: 野暮天
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第三十一話 帰省2

「それで感動の再会はこれで終わりでいいのか?」

成王丸は私に声を掛けた。

「ええいいの」

久しぶりに女将と話ができた。それだけで十分だ。

「それで久々に会って頼み事するのも悪いが」

「なに?」

「忍び込みに行くぞ」

「えぅ」

いつものように彼は説明もなく私の腕を引く。

「どうした驚いた顔して」

「それは驚きもしますよっ」

突然やって来たと思ったら今度は忍び込むだなんて。

「それでどこに向かうんですか」

「それは着いてからのお楽しみだ」

成王丸はニッと笑って先に進む。

「ちょっと速いですよっ」

「そこは頑張れ」

男の足と女の足とでは歩く速度が違う。

ましてや急いでいるときとなれば。


「頑張れで解決する問題ではないような気が」

「そこは根性だ」


厳しいのか場当たり的なのか。

どちらともとれるような返し方に私は苦笑した。


そうだ彼はそういう男だった。

私の事なんてお構いなしに自分で突っ走ってしまう男だった。


それが時に腹立たしくもあり、でも不思議と怒る気にはなれなかった。


足早に祇園の町を去るとそこは大きな屋敷だった。


「ここに忍び込んで大丈夫なんでしょうか」

「まあここで待っておけ」


そうして屋敷の離れに向かっていった。


「おいお前もついてこい」

「はいわかりましたよ」


口調がつい刺々しくなってしまうが成王丸は気にした風もない。


「じゃあ俺はここで待っているからお前だけ中に入れ」


突然思いもよらないことを口にする。


「あなたが来いって言ったのに私一人にするんですか?」

「ああ俺は男だからちょっと入りづらくてな」

「でもあなたが忍び込むって」

「だからここで待ってるからな」


ニッと笑う姿に毒気を抜かれ仕方なく私は離れを訪れる。


「お邪魔します」


部屋の主は不思議そうな顔をする。

当然だろう。見ず知らずの人間がやってきたのだから。


「あらどなたかしら?」

「私は伊勢と申します」


つい宮中で使っていた名前で名乗ってしまった。


「あなたの事は聞いているわ」


「成王丸からでしょうか」


「私は成王丸という方は存じ上げないのだけれどあなたの事はよく知っているわ」

「どういうことでしょうか」


「まず自己紹介がまだだったわね」


「二条、こちらに来なさい」


そばで控えていた女性がこちらにやってきた。


「はい大宮院さま」


どうやら年を召した女性が大宮院で彼女に使えているのが二条のようだ。


「大宮院さまこれはどういうことでしょうか」

「私の口から言うのもなんだから二条、話してあげて」

「承知いたしました」


「あなた伊勢、と申しましたね」

「はい」

「話は聞いているわ」

正式には私の名前は浅黄なのだが宮中ではこれで通していたのでいいだろう。

しかし私のことを知っているということはどういうことだろう。


「あの方から聡明な方だと聞いているわ」


あの方、とは誰の事だろう。


私が不思議そうな顔をすると彼女は小さく笑った。


「あなたもよく知っている方よ」


よく知っているというと中宮さまだろうか。

でも彼女は帝の屋敷にいるはずで広い交遊関係を築き上げていたのだろうか。

「こちらがあの方からいただいた文よ」

後深草院二条から文をいただきそれを開いていくとそこには私のよく知る人物の名があった。


「西園寺実兼さま」

「ええそうよ」


中宮さまかと思っていたがまさかその父君である西園寺実兼さまからの紹介であることに驚いた。

彼も私を気にかけてくれたということか。


「でもどうして西園寺実兼さまが文を?」


「あなた、何も知らないって顔しているわね」


二条は呆れたようすだった。


「あなたが宮中を去ってから大きな噂がたってね」


「それはこちらにいる大宮院さまの耳にまで入って」


大宮院と呼ばれた女性はこちらに向かって微笑んだ。


「まさか大宮院さまをご存じないということはありませんね」


まさかそのまさかだとも言えずに私は曖昧に微笑んだ。

その事で二条はため息をついた。


「こちらにいらっしゃる大宮院さまは常磐井殿(後深草院)と亀山法王の母君であらせられる方よ」


そしてと付け足す。


「あなたは大宮院さまの孫にあたるのです」


つまり母以外で生まれてはじめて出会う血縁だということだ。

あまりの衝撃に私は言葉を失った。


「こちらの方が私のお婆様なのですか」

「そうよ伊勢」


大宮院は優しく微笑んだ。


「あなたに会えて嬉しいわ」

「私もです大宮院さま」


彼女が手を差し出したので彼女の手に触れてみる。


シワがよっているが小さく暖かい手のひらだった。


(あたたかい)


人の温もりに触れて心まで暖かくなるようだった。


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保元・平治の乱をテーマにした
『常磐と共に』
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