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弦売りの男  作者: 野暮天
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第三話 祇園

「さてお前には俺の仕事に付き合ってもらうか」

犬神人は私の腕を引き祇園の境内に入っていく。


「まずその格好だと目立つ」

そうして同じような小降りな柿染めの衣と白い布を手渡してくる。


「悪いが同じ犬神人の格好をしてもらう」

「ええっ」


思わず不満の声を口に出していた。

「でも私は犬神人では」

「敵に狙われているんだろう。木を隠すのには森の中だ」


「確かにそうですが」

理屈はわかるが着替えるのは気が進まない。それが伝わり犬神人はふんと鼻をならす。


「なに不服か。だったらこの話降りてもらっても構わない」

「そういう意味では」

用心棒として雇ったのにこちらのほうが動いているのは気のせいか。

いや気のせいだけではないのはとっくにわかりきっている。


「なんのために俺を雇ったのかって話だ」

「同じことを私も考えてました」


双方ともそれぞれの考えがありなかなか話が進まない。

「あのそれってどうしても着替えないといけませんか」

「ああもちろんだ」


犬神人が衣服を差し出してくるのでそれを渋々受けとる。

「着替えますけど絶対にのぞかないでくださいね」

「お前の貧相な体に興味はない」


失礼な言葉を平然と言い放つ無神経さに私はムッとした。

「絶対にのぞかないでくださいよ」

「そう何度も言われると逆にのぞいてほしいのかと思うぞ」


犬神人は興味がなさそうに返事をする。

「俺はガキには手をださない。安心しろ」

「これのどこが安心できますか」


犬神人は穢れを扱うことを生業としている。彼らに混じって境内を歩き回るのは果たして安全と言えようか。


「まあ法衣でもよかったんだが稚児趣味のやつらに目をつけられたら厄介だろ」


一応気を使っているつもりらしい。男は境内のすみに私を隠すように反対側を向いていた。

仕方なく人目につかないように急いで小袖を脱ぎ新しい柿染めの衣に袖を通す。


「これで口許を隠すんだ」

白い布を渡されこれで言われたように顔をおおう。


「これでお前も祇園社の一員だな」

男はニッと笑う。


「じゃあ今日も仕事に出ますか」

犬神人は私の手をとり一人の僧侶がいる場所へとつれていく。


「成王丸、本日の仕事だが」

僧侶は犬神人を一瞥すると視線をこちらに向けてきた。


「珍しいなお前が仲間をつれているのは」

「そうか」

「いつも一匹狼を気取っているお前が弟分をつれてきているとはどういった了見だ」

「単なる気まぐれだよ」


不審そうに見られると身がすくむ。早くこの場をごまかさなければ。

もじもじしているのが逆に災いしたのか僧侶はじっとこちらをみつめる。


「なんだか挙動が怪しいようだが」

「小便でもしたくなったんだろ」

私は草履で犬神人の足を踏む。


「いてぇ」

「なんだ」


「いや俺がガキ連れてるのなんてそう珍しいことじゃないだろ。それで今日の仕事はなんだ」

「これから検非違使の放免が説明してくれる」

「ってことは片付けか」


犬神人は一人うなずき僧侶が先を案内する。


しばらく歩くとこれまた派手な出で立ちの男が現れる。

あごひげを伸ばし綾羅綿繍の衣を身にまとい七曲がりの自然木の鉾を持っていた。


「よっ成王丸」

姿形からは残忍そうな性質が見てとれた。あまり近づきたくない人種だ。

「それとこのチビはなんだ」


「ああそいつは夜叉丸やしゃまるという」

さっきとはちがって犬神人は相手を警戒しているようだった。


「こいつは仕事がはじめてだからあまり刺激が強いのはよしてくれよ」

「それもお前の仕事ぶりによるが」


どうやら二人の間で暗黙の了解があるようだ。

「今日来たのはここらを荒らす盗人がこの祇園社に逃げ込んだというのを聞いてだな」

「それで」

「勝手とはわかっていたがそやつの首を跳ねさせてもらった」


まるで蚊を潰した程度の感覚で報告する。ぞっとする光景だった。

「ここにその死体がある」


成人の男性とおぼしき人物の体が横たえられていた。一見するとただ寝そべっているだけにも見えるがよくよく見ると首がない。それに湿っぽい臭いがして耐えきれず目を手で覆った。


「どうしてこんなことを」

「ああ聞こえなかったか。こいつが泥棒を働いたからだよ」


「だとしても捕縛するなり方法は他にもあったはずでは」

体がぶるぶると震える。まるで風邪でも引いたかのような寒気が走る。


「おい夜叉丸とかいったか。なんだ口答えするのか」

「悪い。こいつは今日これが初めてなんだ」

「そんなもの知ってる」


犬神人が私を守るように間にたってくれる。

「こいつの処理は俺がする」

「ああ頼んだぞ」


放免は愉快そうに笑った。喜悦した姿は恐ろしく耳を塞ぎたくなった。

「お前はその隅で休んでいろ」

「なんだ新入りに仕事を見せなくていいのか」


「今日は勘弁してくれ」

つまらなそうに放免は視線を向けてくる。

だが私にはそれをどうすることもできなかった。

ただガタガタと身を震わせて待っていることしか。


それから半刻が経った頃だろうか。あらかた死体の処理が終わり道も綺麗に清められていた。


私も辛うじて顔をあげることができた。

あの盗人の死体。人を殺してなんとも思わない放免。それを淡々と片付ける犬神人。


私が今まで生きてきた世界とは全く違うものがそこにはあった。

「あの」

声をかけようとしたがあまりの気分の悪さに草むらに吐いてしまった。


「もう終わったぞ」

私のようすに気がついたのか犬神人は声をかけてくれる。


なんだろうと思うと放免と犬神人は何食わぬ顔で世間話に花を咲かせていた。

「そういやお前は今年も賀茂祭に出るのか」

「ああ清め役としてな」

「あの牡丹の造花をつけるんだろう」


どうやら放免は賀茂祭に出て派手に着飾るつもりらしい。すでに外見がかなり突飛なもので人目を引くから着飾ったらさぞ目立つだろう。

「成王丸は祇園祭にも出るんだろう」

「毎年恒例だからな」


祇園の祭りにも犬神人は出るようだ。

先ほどとは変わった空気に私はどうしていいか戸惑っていた。

「おう新入り気分はどうだ」


「最悪です」

なんとか出てきた言葉はそっけないものだった。何より先ほどの光景のおぞましさに気分が沈んでいた。


「まあこれも何かの経験だ」

放免は豪快に笑うと肩を叩いた。


「お前も犬神人としてこれからは仕事してもらうからな」

そう言うと放免は去っていった。


「私、これからうまくやっていける自信がありません」

「悪かったな」

犬神人はすまなそうに頭を下げた。


「まさかお前がここまで耐性がないとは知らずに」

「これがあなたたちの仕事ですから」

なんとか自分を納得させようとする。


「契約はここでおしまいにするか」

「いえ」

ここで終わらせたらなんの意味もなくなる。それに亡くなった母は何かあったら犬神人を頼れといった。それは母がすべてを知った上で残した言葉だったとしたら。


「続けさせてください」

私はじっと犬神人の目を見つめてその一言を放った。

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保元・平治の乱をテーマにした
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