第二十九話 評定2
結果からいって私たちの意見は通らないことになった。
それは帝の父君である常磐井殿(後深草院)が私たちの主張を退けたからである。
そしてあろうことか事件の背後にいた亀山殿(亀山法皇)が幕府に自身は事件に関与していないとの証文を送ったのであった。
だから犯人である三条実盛も釈放されることになった。
まさか。
そんなことで簡単にすまされる話だろうか。
私たちは複雑な思いを抱いたまま六波羅を後にする。
「力になれなくて申し訳ありませんでした」
「いや、伊勢のせいではない」
私が頭を下げると西園寺実兼は小さく笑った。その表情にはいくぶんかの屈託が見られたがそれでも本人は笑顔で送りたいのだとわかった。
「しかし伊勢が常磐井殿のご落胤だとわかったからにはこのまま元の生活に戻すわけにもいくまい」
由緒のある場所で守ってもらう必要があるのではないかと指摘された。
確かに上の人たちからしたらそうなるのだろう。
私自身は宮中の生活には未練がないとはいえ黙って典侍や中宮様の元をさるのは憚られる。
となると。
「一度内裏にて挨拶をしてもよろしいでしょうか」
自分の出自を隠して参内していたがそれを明かすつもりもなくただ別れを告げたいと思ったのだ。
「それはよい心がけだ。私も久しぶりに娘の顔を拝みに行こうかと思っていたところだ」
「では俺は帰るとしようか」
犬神人である成王丸は私たちの会話を聞いていたのかいないのか私に向かって手を振る。
「悪いな。お前との契約もそろそろ終了だ」
「そんな」
確かに帝をお守りするために契約は続けていたがそれがもう終わりだとは思わなかった。
「まだあと少しだけ待ってもらえませんか」
「わかったよ。お前が言うのならば」
男は苦笑して私の頭をそっと撫でた。
それが心地よくて思わず目を閉じてしまう。
「お前って猫みたいだな」
成王丸はポツリと呟く。
その声音が優しくてできることなら彼ともっとそばにいたいと思ってしまう。
「あなたのほうこそ気まぐれで猫みたいだと思います」
つい憎まれ口を叩いてしまうと成王丸は再び笑った。
「俺が猫か、面白いことを言うんだな」
口許を布で隠しているから表情はよく分からない。私は彼の声から発せられる言葉で判断するしかないのだ。
なんだかそれがもどかしい。
これが中宮さまや典侍だったらどういうのだろう。
かつての寂光院の尼のように恋愛を勧めてくれるのだろうか。
それとも。
身分の差があるもの同士それは憚られることだとたしなめるのだろうか。
聞いてみたかったが自分の出自を偽っていたからそれも叶わないのだろう。
「では参るとするか」
そうして犬神人である成王丸とは別れを告げて久しぶりの内裏に参上する。
「久しぶりだな」
西園寺実兼は自分の娘である中宮さまに声をかけ典侍と二人で笑った。
「お久しぶりです。お父様」
内裏が襲撃してから数週間がたった。だから彼女の表情も落ち着いて見えた。
「あら伊勢、あなたも来てくれたのね」
「会えて光栄です」
「まあ嬉しいことをいってくれるのね」
ふふっと笑う姿はまるで少女のようで見ていて眩しい。
「それでお父様と伊勢が両方来るとはどういったご用件かしら」
「なに顔を見に来ただけさ」
そういう表情はすっかり父親の顔で西園寺実兼が娘を思いやっているのがわかる。
彼女がこの狭い鳥かごに閉じ込められていて退屈していてもこうしてたまに顔を出すことで中宮さまの心が休まるのだろう。
「それにしても伊勢、大変だったわね」
典侍は私をいたわるように声をかける。
それは今回の沙汰についてのことだろう。
「中宮さまには秘密にしてありますから」
小声でそう付け足してくれる。
できることなら典侍にも知られたくはなかったが彼女の目を欺くのは無理だったようだ。
「私には何でもお見通しですからね」
彼女は自信ありげに微笑んだ。
典侍の情報網を侮ってはいけない。
「伊勢、典侍と何の話をしているのかしら」
「それは秘密でございます」
「二人ばかりずるいわ」
中宮さまが子供のように言うので私たちは顔を見合わせて笑った。
こんなに笑ったのは久しぶりな気がする。
でも楽しい時間ばかりを過ごしているわけにもいかない。
「実はお二人にお話がございまして」
「なにかしら」
背筋を伸ばして改まった話をする。
「私は此度事情がありましてお暇をいただくことになりました」
「ということは宮中を出ると言うことかしら」
中宮さまは寂しそうに質問する。
「そうです。短い間でしたがお世話になりました」
「なんだか寂しくなるわね」
言葉通りしょんぼりとしている中宮さまの姿を見るのは胸が痛かった。
本当ならばずっとおそばに控えておきたかった。
だけど私が身分を偽っていた以上このままではいられなかった。
「戻る場所はあるの」
「はい以前お世話になっていたところに戻る予定です」
宿の女将とも一度話をしなければいけないと思っていたところだ。
こうして私はただの歩き巫女に戻るのだった。
これでもう二人に会うこともないのだと思うと心が引き裂かれそうな思いだった。
「伊勢と一緒にいる間は楽しかったわ。ありがとう」
「私も伊勢がいてなにかと助かったわ」
二人は改めて別れの挨拶を言う。
これで本当に終わりなのだとわかり眦に涙が浮かびそうになる。
だけど泣いてばかり入られない。
これからの自分の指針さえ立っていないのだから。
「本当にありがとうございました」
最後の言葉は無難なものになってしまった。
本当ならもっと色々言うべきことはあるのにそれを言うと涙がこぼれてしまいそうで言えなかった。
「まあ伊勢ったら泣きそうな顔をしちゃって」
案の定典侍には気づかれてしまった。
本当になんでもお見通しなのだから参ってしまう。
こんな情けないところばかり見せてがっかりされないか心配だ。
「お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません」
「謝る必要なんてないのよ」
二人は私を優しく見つめいたわるように声をかける。
「私もそろそろお暇しようかな」
西園寺実兼がその雰囲気を察してか内裏を去ろうとする。
「では私も」
別れは辛かったがしなければならないことだった。
かくして私は内裏を後にするのであった。




