第二十八話 評定
かくして評定が行われることになった。
私と成王丸に関して処罰は与えられないことになった。
だが身分を偽って潜入したことは誉められたことではない。
おそらく今後は伊勢として内裏に入ることはできないだろう。
しかし驚くことがあった。
私たちが取り調べを受けている最中に浅原が自害したのだった。
その時使用されていた刀は鯰尾でありもとの持ち主が三条実盛だということが発覚した。
そこで六波羅はようやく三条の確保に動き出したのだが事態は思うようにいかなかった。
そして舞台は六波羅へと戻る。
そこには西園寺実兼、北条兼時、三条実盛の姿があった。
「やはり三条が事件の裏にいたか」
西園寺実兼は確信したようにうなずいていた。
「このことでわかっただろう。この事件の背後には亀山殿がいる」
「お主の言うことも一理ある。だがひとまずここは様子見ということはいかがだろう」
北条兼時は苦渋の表情で告げる。
「これだから幕府の連中は。ことなかれ主義にもほどがある」
「私にしたって好き好んで悪人を見逃そうと言うことではない。ただ背後に亀山殿がいたとして幕府に確認をとらざるをえないのだ」
「そして悪人はみすみす逃すということか」
「おやおや私を悪人扱いしたいようだが証拠はあるのか」
三条実盛が余裕の笑みで答える。彼は自分が生き残ることによほどの自信があるのだろう。
「黙れ」
西園寺実兼は顔を赤くし激昂する。
「そもそもそなたは大覚寺系の公卿だろう。そのそなたが事件に関わっているということ自体が大きな問題なのだ」
「事件といっても浅原とかいう浪人の身内が起こしたものではないか」
私には関係ないとでも言いたげだった。
「それに関わった人間はここにもいるだろう」
私と犬神人である成王丸を三条は見やる。
「彼らからは事情は聞いてある」
「しかし犬神人が犯人と言う線もまだ残っているじゃないか」
「それは……」
西園寺邸に忍び込んだ成王丸のことはいまだに信用できないのか西園寺実兼の表情が曇る。
「彼は帝の御命を助けようとしたのです」
私がすかさず答える。ここで成王丸を守れなかったら彼に向ける顔がない。
「それよりも三条様がどうして浅原の持っていた鯰尾の持ち主だと発覚したのかわからないのですか」
浅原が使用していた鯰尾は成王丸の調べで三条のものだとすでにわかっていた。
それだけ有名な刀だったのだ。
それのもとの持ち主である三条実盛が捜査線上に浮かび上がったと言うことは事件解決まであと一息と言うところなのだ。
「まず浅原とやらの死がどうして私に関係するのかがわからないのだが」
三条実盛はあたかも自分が無関係に振る舞いたいようだったが。
「まず浅原という男について説明します」
「彼は霜月騒動で連座した浪人です。そして霜月騒動には安達泰盛が処罰された事件でもあります」
「それはよく存じておる」
「そしてあなたが仕える亀山殿は安達泰盛と懇意にしていたそうではありませんか」
その事が原因で幕府は彼の息子(後宇多天皇)を即位させなかった。
「あなたは破れかぶれになった浅原を利用してこの状況を打破しようと考えた」
それが持妙院血族を根絶やしにするという浅原の過激な主張に繋がることになった。
「まずは試しにと狙ったのが歩き巫女である私ですね」
おそらく常磐井殿(後深草院)の落胤である私は格好の獲物だったのだろう。
亀山殿が母を奪い合ったという話もある。
その執着を思いだし私を狙ったのだろう。
だが犬神人である成王丸の力に助けられて長らく生き延びることができた。
「ほう面白い話だな」
三条実盛は冷たく笑う。
「何を言おうと私は無関係だ」
「しかし帝の御命を狙った事件ですよ」
その犯人が死んだとはいえ背後にいる人物をみすみす見逃すわけにはいかない。
「伊勢、そこまでにしないか」
北条兼時が私を諌める。
「しかし」
「お主の言い分もわかる。だがこれから先は我々六波羅の仕事だ」
三条を拘束したのが六波羅で取り調べをするのも彼らの仕事の一部だ。
それを同席しているのは私たちが元容疑者であったこともあったが半分は西園寺実兼のおかげだった。
肝心の西園寺実兼はことの様子をじっくりと観察していたが私が言葉に詰まるのを見て助け船を出してくれていた。
「浅原という男が死んだのは痛いことだった。まさかあやつが自害するとはな」
息子二人が先に自害したことも関係があるのだろう。
おそらく父として子供達を死なせたことに責任を感じたはずだ。
それとも自暴自棄になって自害したのだろうか。
「しかし浅原が死んだということは事件に関わったものはより少数となる。それでは事件が有耶無耶にされてしまう可能性が高い」
「だからこそ我々の目が届く場所で事件の捜査をきっちりと行ってほしいのだ」
その目は北条兼時に向けられていた。
「わかってはいるが所詮我々も幕府の犬。鎖が繋がれていては自由に捜査もままならないのだ」
珍しく弱音を吐く北条兼時に驚いた。彼は幕府に従うことを内心では苦々しく思っているのだ。
「私もできる限りのことはする。それまで辛抱してはもらえまいか」
先程とはうってかわってしおらしい態度になっていた。
「それはわかったが幕府は本当にこの事件を正当に扱う気があるのかは気になっている」
犬神人である成王丸がおもむろに口を開いた。
「なんだ犬神人。お主の容疑はまだ晴れていないんだぞ」
「それは百も承知だ」
「まずお主はどうして西園寺邸に忍び込んだ」
「それは内裏の内部について知るためだ」
成王丸は続ける。
「浅原が帝の御命を狙っているというのはずいぶん前から知っていた。だからその情報を噂として流しに西園寺邸に忍び込んだということさ」
「分不相応なことを」
「わかっていても止められないことはあるんだよ」
西園寺実兼は不機嫌そうな顔だった。当然だろう。彼の手の上で踊らされていたのだから。
「おかげで捜査は捗っただろう」
「ありがたくないことにな」
できることなら関わりたくなかったと彼は呟く。
「しかし私は関東申次。幕府と朝廷の間を取り持つ人間として此度の事件は強く出るつもりだ。それが私にできる唯一のことだからな」
帝のためだと彼は言う。
「帝も御命を狙われてさぞ恐ろしい思いをされたのだろう。それは帝だけではない。今回の事件は内裏中を襲った大事件なのだ」
幸い怪我人はでなかったが。
「恐ろしい思いをした者たちの分まで私が動く必要がある」
彼の決心は固いようだった。
かくして私たちは六波羅の捜査が終わるのを待った。




