第二十六話 捜査2
西園寺実兼の屋敷を去り私は内裏に戻った。
相変わらず謹慎処分は解けておらず私は一人部屋にこもることになる。
成王丸が捕まり、西園寺実兼の話を聞いた後だから自然と気が張りつめている。
しかし謹慎中なのですることはほとんどない。
「伊勢、もう戻ったのね」
典侍が声をかけてくる。
どうやら私の帰りを待っていてくれたようだ。
「遅いから心配したわよ」
「申し訳ありません。西園寺実兼さまに事件のことをお話させていただいたらこんな時間になってしまって」
私が頭を下げると典侍が疑問を口にする。
「西園寺実兼さまは何とおっしゃっていたの」
「私の口からは申し上げられませんが。どうやら複雑な問題のようです」
「これから大変なことになりそうね」
事件のことについてはそれ以上は尋ねられなかった。彼女もなにかあるのだと察してくれたのだろう。
「今日は六波羅の捜査が入っていたから内裏は忙しかったわ」
「私は捜査を受けませんでしたが大丈夫でしょうか」
「西園寺実兼さまからは六波羅の捜査が来る前に伊勢を呼んでほしいと言われたから。六波羅が本気にならなければ問題ないわ」
空気を変えるように典侍はパンと手を叩く。
「さて伊勢に朗報よ。中宮さまともう一人から文が届いているわ」
彼女は懐が文を出し私に手渡す。
「ええとこちらが中宮さまからの物です」
受けとると中宮さまの流麗な文字が記された文面が見てとれた。
『伊勢へ
先日は夜盗が入り直接事件に関わることになってしまったこと、さぞや恐ろしい思いをしたことでしょう。私は幸い夜盗に会うことはなかったのですが恐ろしさに体調を崩してしまい今も陰陽師に来てもらって祈祷を受けています。伊勢は謹慎になったとうかがって最近は寂しく思っています。早くもとあったように戻れるといいのですが』
確かに中宮さまの文字だった。
彼女も臥せっているのにこうして気を使って文までもらえるとは思ってもみなかった。
「あともうひとつはあなたを紹介してくれた尼から渡された手紙よ」
なんだろう。開くとそこには予想もしない人物からの文章が綴られていた。
『浅黄へ
元気にしていますか。あなたがいなくなってから宿はどこか寂しくなった気がします。犬神人から話は聞いています。あなたは今寂光院を出て内裏に勤めているのだそうですね。あなたの心がけはとても素晴らしいものですが命だけは大事にして下さい。
そして犬神人のことですが以前私は彼にあなたの知らない秘密を明かしてしまいました。よかれと思ってしたことですが直接会ってお詫び申し上げたいのです。いつ頃戻るのでしょうか。心配しています』
もと働いていた宿の女将からだった。
彼女には以前短く近況を語った手紙を出していた。
それを犬神人である成王丸に送ってくれていたようだ。
だが成王丸が捕らえられ連絡がつかなくなったのを心配したのだろう。
彼女は伝を探して尼から経由してこうして文を届けてくれたのだ。
「どうしたの伊勢?」
私の表情が変わったのに気がつき典侍が様子をうかがう。
「いえ……。ただ嬉しいことがあったので」
歩き巫女である母が亡くなってから宿の女将は親代わりも同然だった。
その彼女が心配して文をくれたのが不謹慎かもしれないが嬉しかったのだ。
「それって中宮さまのお手紙の効果だけではないわね」
典侍はなにか悟ったように微笑んだ。
「あなたにいいことがあったのなら良かったわ」
なぜ彼女が私の出生の秘密を知っていたのかは今度聞くことにしよう。
成王丸を無事に救い出せたらその時に聞くのがいいだろう。
「それで伊勢、ちょっと話があるのだけれど」
「なにでしょう」
「ここではなんだから私の部屋にまで来てくれないかしら」
私は部屋を出て彼女の後ろをついて回る。
しばらく歩くと典侍の部屋に着いた。
「ここに連れてくるのは初めてね」
彼女はふふっと笑った。
「はい。でもどうして」
「それに答える前に人払いをしないとね」
ここでも人払いだ。
人に聞かれては困ることがあるということなのだろう。
典侍は自室に控えている女孺たちを席をはずさせて私と彼女の二人きりになる。
「これでやっと話ができるわね」
彼女は咳払いをして話を始める。
「先程あなたが西園寺邸を訪れているときに六波羅の捜査が入ったことは知っているわよね」
「はい」
「それでひとつ不思議なことがあったの。あの浅原という浪人のことだけれど」
「浅原がなにか口にしたのですか」
「いえ彼は正気を失ったように訳のわからないことを言っているだけだそうよ」
でもひとつ気になることがあるのだと彼女はいう。
「浅原は持妙院の血族を根絶やしにしなければならないと呟いているそうなの」
持妙院といえば常磐井殿(後深草院)のことだ。
浅原の背後にいる三条実盛が大覚寺系統の亀山殿(亀山法王)に仕えているので納得はいく。
だがこれは私と西園寺実兼とのあいだの秘密だ。
典侍に告げるわけにはいかない。
「そして持妙院の血を引くあの女も倒さなければならないと言っていると聞いたわ」
あのとき現場にいたのは私と典侍とか篝屋だけだ。浅原の二人の息子は自害したと聞いているので残る浅原以外はみな事情を知らない。
つまり私と浅原の関係を知る者はいないのだ。
彼が私を狙っていたことも。
そして私を守るために犬神人である成王丸が動いてくれたことも。
「それであの女という言葉に六波羅が捜査に乗り出しているのだけれど」
詳しいことは知らないかしらと尋ねられる。
「持妙院の血を引く方なら内親王がいらっしゃるのだけれど」
彼女たちが浅原と関わる可能性は低い。
「つまり私が言いたいのはね内親王以外にここ内裏で持妙院の血を引く人間がいるかもしれないということなのだけれど」
心当たりはないかと質問された。
ここではいと答えてしまおうか。心が揺れる。
そうすればすべては解決するのではないかという考えも脳裏をよぎる。
でも簡単に信じてもらえるだろうか。
そして話をしたところで偽物だと思われたらなおのこと大変なことになる。
だったら今は黙っていたほうが賢明だ。
「私はその方は存じ上げないのですがなにか情報が入りましたら報告します」
「ええ分かったわ」
おそらく次に待っているのは六波羅からの捜査だろう。
私は自室に戻りながら今後のことを考えた。




