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弦売りの男  作者: 野暮天
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第二十五話 捜査

夜が明けて帝は内裏に戻ってきた。


そしてさっそくだが六波羅の捜査が入る。

篝屋かがりやが六波羅直属の部署のため彼らが報告したのだった。


六波羅探題北方からは北条兼時ほうじょうかねときがやってきた。

彼は以前南方の六波羅探題を担当していたが時の執権に命じられ北方に異動した。


なんでも摂津の国の守護らしく西の政治に関わることが多かった。


そして中宮さまの父である西園寺実兼さいおんじさねかねもこの事件の捜査に乗り出した。


つまりこの事件の解決に動き出した二つの勢力があるということだ。


鎌倉幕府を権力の元とする六波羅の北条兼時。

公卿たちをまとめる立場にある西園寺実兼。


成王丸を救いだすにはどちらかの権力に近寄らなければならない。

私は残念ながら鎌倉幕府に面識はない。


それなので彼を助けるには西園寺実兼に近づく必要がある。


しかし今中宮さまは臥せっている。

ということは自力で西園寺実兼と接触する機会を得なければ。


遅かれ早かれ私は事件に関わった人間として取り調べを受けるだろう。

それは六波羅だけでなく西園寺家からでもある。


幸か不幸かその機会は案外早くきた。

西園寺実兼が直接私に会いたいと言ってきたのだった。


彼が言うには事件の事情を説明してほしいとのことだった。


私は典侍ないしのすけから許可を得て西園寺家の屋敷に向かう。

女孺めのわらわが内裏の外に出るのは珍しい。

彼女は護衛を検非違使衛門尉からつけてくれた。

破格の扱いである。


「今日は遠路はるばるよくやってきたな伊勢」

西園寺実兼は屋敷で待ち受けていた。

そこには護衛のものが二人いて私たちの様子をうかがっている。


「まずは感謝を述べるべきか。帝が逃げられるときに女性の装束をするのを提案したのはそなたらしいな。お陰で帝はご無事であった。そのことには感謝する」


私が帝の寝所に駆け寄り浅原たちの侵入を報告したときのことだ。

あの暗がりのなか私のことを覚えてくださったのは素直に嬉しい。

だが今回の話はそのことだけではないと予感する。


当然西園寺実兼の話は事件の中心に及ぶ。


「さて本題に入るとするか。お前たち席を外せ」


意外にも西園寺実兼は自身の部下たちを外した。

そして。

「悪いが伊勢の護衛にも暇をやって来れ」

「承知いたしました」

私は護衛たちに席をはずすよう頼む。


どうやら西園寺実兼は話を密室でしたいらしい。

部下と護衛たちが部屋を出ていくのを確認してからおもむろに彼は口を開く。


「これで人払いはできたか。では今回犬神人と浅原が起こした事件だがそなたが知っていることを教えてもらおう」


「はい西園寺実兼さま」


私は静かにうなずく。


「まず浅原ですが彼が帝の御命を狙っていたのは間違いありません」

「というのも」

「私は事件の一部始終を見ていたのですが自害した彼の息子たちが確かにその旨を述べていました」

「ほうそうか」


西園寺実兼は続きを促す。


「そして浅原本人についてですが彼は常軌を逸していました」

「具体的にはどういうことだ」

「彼は源為頼という名を語り弓矢にその名を書き記していたのです」

「それは恐ろしいな」

「もののけの類いが憑いていたのでしょう」


私の説明に西園寺実兼は静かに聞いていた。

「ということは今回の事件は犬神人が中心になっていたと解釈するのが正しいか」

「いえそれは違うはずです」

成王丸が犯人のわけがない。彼の身の潔白を晴らさなければ。

「むしろ犬神人は私たちを助けてくれました」

浅原を倒したのも彼だと告げると西園寺実兼は複雑そうな顔をした。


「しかしな不穏な話があるのだ」

「と言いますと」

「彼のものが私の屋敷に忍び込んでいたという話がある」

いつぞや成王丸が話していたことだ。

そのことが仇となるとは思わなかった。

私は頭を抱えていた。


「中宮と懇意にしているそなたが言うのだから信用したいのだがな」

「ことは天下の一大事だ」


西園寺実兼はじっくりと私のほうを観察する。


「しかも浅原という男を調べていたら意外なことがわかった」

「彼の握っていた刀は鯰尾なまずおといって由緒のある刀だったのだ」

私が幾度となく苦しめられたあの独特な形をした刀だ。

「今部下たちに調べさせているが本来の持ち主は浅原ではないらしい」

成王丸が以前その話をしていたときを思い出す。

あの時彼は何といっていたか。

確か。

大覚寺統系の公卿の三条実盛が関わっていると言っていたはずだ。

「その刀に心当たりがあります」

「ほう聞かせてくれ」

「その刀の持ち主は三条家でございます」

これだけは確かだ。私を狙っていた刀が三条家のものだということは。

「三条というとあの前参議の三条実盛の家か」

西園寺実兼は唸った。

「確か彼は亀山殿(亀山法王)と懇意にしていた」

この男は鋭い。そう思った。

「ということはこの事件は亀山殿が裏で操っているということか」

そうとなると話は複雑になる。

「しかしそなたはどうして三条家のことを知っていたのだ」

「以前鯰尾を見たことがあります」

「あの刀は一度見たら忘れられない独特な形をしています。だから見覚えがありました」

虚実を混ぜて話すと彼はどうにか信じてくれた。

「そうか。この事件の背後には私が想像した以上のことがあるのかもしれないな」

浅原に三条に亀山殿。多くの人間が関わっているのは明白だ。

「しかし犬神人には手を焼かされたものだ。彼を取り調べをしている篝屋かがりやによれば黙秘を続けているらしい」

「どうしてあの場にいたのか。そして浅原を倒そうとしていたのも謎だ」

ここで私が成王丸の仲間だと告げたらどうなるのだろう。裏切り者として私は処分されるのか。それとも牢に入れられるのか想像がつかなかった。

しかしこの場で私が捕まるわけにはいかない。

そうしたらすべてが終わってしまう。

「私の屋敷に忍び込んだというのも不思議だな。彼は盗みに入ったわけでもないらしいし三条の手先だったとしてもなにか重要な情報を探っていた形跡もない」

おそらくだがと彼は話す。

「犯人は浅原と犬神人のどちらかだろうが犬神人の線は薄い。彼が内裏に忍び込んだのは大問題だがそれ以上に帝の御命を狙った事件の背後に亀山殿がいるのは明確だ」

「そうとなりますと」

「私はこの犬神人が黙秘を続けている動機が気になる。彼はなにか重要なことを知っているのでは」

あの貝のように口が固い男が何をしたら口を開くのかはわからないがなと続ける。

「いずれにせよこの話は六波羅には内密にな」

鎌倉幕府に口を出されてはたまらないからなと彼は話す。

「関東申次である私が言うのもなんだが幕府の対応は先が読めている」

彼らは自分の都合で動くと西園寺実兼は苦々しく語った。

「帝の即位に賛成したのも亀山殿が霜月騒動で失脚した安達泰盛と懇意にしていたのを恐れてなのだ」

それなのにと告げる。

「おそらく幕府は混乱を嫌ってこのことをうやむやにするつもりだろう」

彼らは亀山殿が恐ろしいのだと話す。

「亀山殿の財源は知っているか。持妙院の常磐井殿(後深草院)が長講堂領を持っているのに対し、彼は安嘉門院の遺産である八条院領を無理矢理相続したんだ」

その上彼は出家したのにも関わらず多くの女性と交わりを持っている。

「出家してなお多くの領地を持つ亀山殿の力が大きくなっている以上帝をお守りするためにも幕府の指示を仰いでいるだけではダメだ」

西園寺実兼が亀山殿と反目しているのも帝の力が磐石でない現在そのまま亀山殿の力に飲み込まれてしまうことを危惧しているのだ。

「この事件は亀山殿の力を削ぐ絶好の機会なのだ」

だからと続ける。

「伊勢、今しがた私が話した内容は六波羅には内密にな」

「承知いたしました」

「あと中宮の様子が芳しくないようだ。私の娘だから大事はないと思うができる限り彼女の力になってほしい」

彼も好き好んで自分の娘たちを各々の場所に嫁がせたわけではないようだ。

「今の私にできることは限られているがよろしく頼む」

「あいわかりました」

かくして西園寺実兼との話は終わったのだった。



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保元・平治の乱をテーマにした
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