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弦売りの男  作者: 野暮天
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第二十四話 事件3

事件は終わり夜明けを迎えたところだった。

私は一人庭で佇んでいた。

(成王丸)

私を救いだしてくれた代わりに彼が囚われてしまった。

なんとかして彼の無実を晴らさなければ。


「伊勢、どうしたの」


典侍ないしのすけが気遣わしげにこちらをうかがう。


「いえなんでもありません」


我ながら失礼な返事だとは思ったが成王丸が捕らえられているのが気がかりでうまく返事ができなかった。

それを訝るわけでもなく典侍は優しく話を続ける。


「顔色が悪いわ。先程の連中に襲われた時に何かあったのかもしれないわ」

「いえ大丈夫です」


意地を張るように固く答えると典侍は苦笑する。


「やっぱり強情なこと」

「申し訳ありません」


謝罪はしたがこれ以上典侍に情報を漏らしていいのか不安だった。


「いいのよ。ただあなたは私を助けてくれたのだからどうにかして力になりたいのよ」


典侍の言葉は優しい。だが実際部外者を率いれていたのは私だから詳細は彼女に言えなかった。

もし浅原の事件のことを事前に知っていたとなれば私の出自までもが露になる。

それは避けたいことだった。


「あなたが言いたくないことは言わなくていいわ。だけどひとつだけ言っておきたいことがあるの」


典侍はこちらをじっと見つめる。


「例えあなたがなにかを抱えていても私たちは同じ職場で働く仲間よ」

「ですが私はあなたに言えないことがあります」

「分かってるわそんなことくらい。だからこそ決して悪いようにはしないわ」


まるで私の心を見透かされているようだった。


「典侍さまはなんでもお見通しなんですね」

「当たり前じゃない。何年、内侍司ないしのつかさに仕えていると思っているの」


彼女は優しく笑うと私の背中をそっと撫でる。


「きっとあなたの恋人のことでしょう」


恋人、という言葉にどきりとした。

正確には共犯者といった方が正しいか。


典侍は私の相手を蔵人所に属する人間だと思っていたはずだが今回の件でそうではないことがわかったはずだ。


「私はてっきり蔵人所に詰めている人があなたの恋人だと思っていたのだけれど」


それは違っていたみたいね、と彼女は呟く。


「私の想像だけどあなたの恋人はあなたを守るために必死に戦った」


成王丸のことを言っているのだろう。現場で犬神人が捕縛されたことは上層部だけが知っていることだった。その上層部のなかには当然典侍も入っているのだろう。


「だけどその代償として捕まってしまった」


まさかそこまで彼女が気がついているとは思わず私は観念したようにため息をつく。


「本当になんでもお見通しなんですね」


それは必死に自分のことを隠そうとする小ささに笑えたからでもあり彼女の洞察になすすべもなく受け入れる他なかったからである。


「そうよ私にはなんでもお見通しなんだから」


典侍はいたずらっぽく笑った。その姿は可憐な少女時代を想像させるものだった。

今は落ち着いた大人の色香を漂わせているが時おり少女のような振る舞いをする。

そのことが少しおかしくて私は笑った。


「だから一人で抱え込まないで」


優しい口調で諭されると不思議と尖っていた気持ちが和らぐのを感じた。

どうやら私は自分で思っていたよりも気が張り詰めていたようだ。


「わかったわね、伊勢」

「はい」


自然とうなずくことができた。彼女の言葉に嘘がないとわかったから。

例え立場の差があれど私たちは同じ人間で信頼しあえる仲間なのだから。


「中宮さまには私から報告しておくわ」


帝が内裏から逃げられた時に中宮さまは弘徽殿にいたはずだ。さぞや恐ろしい思いをしたのだろう。彼女は部屋で臥せっていた。


「私も参ります」


信頼していた人間が外部の人間をなかに入れていたことを知ったら中宮さまはどう思うのだろう。おそらくいい気分はしないはずだ。裏切られた、と思うのだろうか。


「あなたはよした方がいいわ」


典侍は私を制止した。


「今はまだ事実関係がはっきりとしないわ。だからあなたは大事をとって部屋で安静にしておいて」


中宮さまだってわかってくれるわと付け足す。


「他のものにはあなたが休みをとると伝えておくわ」


これで私ができることは何もなくなった。それがいいことなのか悪いことなのかわからなかったがひとまず暇になったということだ。


手持ちぶさたになり私は中宮さまのために作っていた単を取り出す。

それはきれいな萌木色で今の季節にぴったりだった。


これだけでも完成させなければ。

彼女の思いに報いるためにも。


「これであと少し……」


ちくちくと布地を縫い合わせていくと予定していたよりも早く完成が見えてきそうだった。


こんなものでも自分の慰めになるのが不思議だった。

暇をもらったということで本来しなくてもいいのだろうが自分を忙しくしていないとやっていられなかった。


思えば遠いところまできたものだ。

最初は浅原につけられていることを犬神人である成王丸に相談して。住んでいた宿から暇をもらって寂光院に連れられ、その尼からここを紹介された。


人の縁とは不思議なものだ。まさか私が宮中で女孺めのわらわをすることになるとは。


それもこれも全部犬神人である成王丸のせいなのだから。


だから無事に帰ってこなかったら彼を許さない。


おそらく彼は一人で抱え込むつもりなのだろう。私のことなんか素知らぬ顔で無視するはずだ。

そうやって巻き込まないようにして一人ですべてを背負うつもりなのだろう。


だがそんなこと私がさせてたまるものか。


だから私にできることをひとつでも多くやるのだ。

そのためにも暇をもらったのは幸いだった。


彼が囚われている間何ができるだろうか。

私は祈るのだった。


歩き巫女として生きてきたこの十五年間。

このときほど力がほしいと願ったことはない。


考え事をして居ると近くの女孺たちが会話しているのが耳に入る。


「先日の事件で捕まった男たちのことだけど明日にも六波羅が来て捜査をするみたい」

「でも指揮を執るのは中宮さまの御父上で関東申次でもある西園寺実兼さまなのでは」


「どうやら帝が戻られてから話は進めるそうよ」


直接帝にあったのは私だから帝が逃げられているのは知っていたが彼の方がどこに行ってしまったのかは見当がつかなかった。


だけど帝が戻ったら間違いなく私はかの方に招集されるだろう。


その前に私ができることを考えなければ。

成王丸の身の安全を守るためにも早めにことが済むのを待つのであった。











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