第二十二話 事件
かくして宮中では平和な日常が続いていた。
帝は京極為兼と協力して政治を推し進めているらしい。
京極為兼は西園寺家に幼少時から仕えていたので帝の信頼も厚く中宮さまとの仲も良好だった。
彼は帝の側近中の側近ということだ。
だが大覚寺系統からは反発もありそれを押さえ込むのに苦労しているようだった。
持妙院系統のあとは大覚寺系統が皇太子をたてるはずが今の帝は皇太子を持妙院系統である自分の息子に決めてしまったからである。
そして時は正応三年三月九日。
運命の時が動き出すのである。
「伊勢、今日も仕事に精が出ますね」
「はい典侍さま」
女孺としての仕事も手慣れたもので私は仕事をしながら典侍の話を聞いていた。
「最近噂になっているのだけれどあなた好きな人がいるんじゃない?」
「好きな人と申しますと」
恋愛のことを指され私は曖昧に笑った。
なぜならそれは犬神人である成王丸との密会をしているのを勘づかれたということだから。
「あなたが夜な夜な誰かと会っているのを噂で聞いてね」
典侍は小声になって話を続ける。
「内部の人間ならいいけど外部の人間を呼び込んでいるのなら問題になるかもしれませんからね」
私の相手は蔵人所の役人かなにかだと思っているらしい。
「三条殿が今日ここに来てその話をしていたから」
浅原の協力者である三条も私たちのことを狙っているのだろう。
直接は手を出さないが私が不利になるように手はずを進めるはずだ。
「念のため話しておこうと思ったの」
最近物騒な話を聞くからと彼女は話す。
おそらく浅原のことだろう。
彼は帝の命を狙っている。そのためには手段を選ばないだろう。
そして不審な事件が起きているのも何かの前触れだろう。
「なにかあってからでは遅いですからね」
すぐに相談するようにと忠言された。
その晩のことだった。
何者かが内裏に忍び込んだらしい。
(まさか)
成王丸が捕まったとは信じがたいが。
不安になり騒ぎのもとに向かう。
しかしその場にいたのは予想もしない相手だった。
「帝はどこだ」
久しぶりに見た浅原は顔はやつれてまるで死人のようだった。
馬に乗り暴れまわっている。そして弓矢を引き柱に矢が刺さる。
そこには太政大臣源為頼と記されていた。
常軌を逸している。そう思った。
それに浅原だけではない。
近くに二人の男がいる。おそらく浅原の仲間だろう。
(これはまずい)
私の存在に気づいたら彼は間違いなく私に攻撃を仕掛けてくるはずだ。
「私は帝のもとへ向かいます」
帝のいる清涼殿へと急ぐ。
「何事だ」
「おそれ多くも申し上げます。帝の御命を狙っている男が内裏の中にいます。一刻も早くご退出を」
帝は驚いた様子で私の言葉に耳を傾けた。
「そなたなんと申し上げた」
「だから危険が身に迫っているのです。早く逃げてくださいませ」
必死に言うと帝はしばし考えた後おもむろに口を開く。
「わかった。そなたの言葉に嘘はないだろう。あの中宮も信頼を寄せているからな」
だがと付け足される。
「このまま逃げてはすぐに敵に見つかってしまうのではないか」
「でしたら帝は女性の格好をしたらいかがでしょう」
それならば敵の目を欺くことができる。
「そうしよう。あとは三種の神器と玄象、鈴鹿を持って出る」
玄象とは琵琶のことで鈴鹿は和琴のことだった。
私は急いで女性用の装束を帝に献上し帝はそれを身にまとい足早に従者たちとともにその場を去る。
安心していられる暇はない。
私は再び浅原の姿を探しにもときた道を引き返す。
「伊勢、ここに来てはダメ」
典侍が叫ぶ。どうやら浅原の仲間に捕まってしまったようだ。
「早く逃げて」
「ですがあなた様を見捨てられません」
今まで世話になってきたのにここで見捨てるという考えは出てこなかった。
彼女を救わなければ。
私は刀印をして念じる。
「烈破」
すると爆発がおき、男は一瞬それに気をとられて隙が生じる。
「典侍さま」
私は彼女の手を引き安全な場所へと移動させる。
「お主、まさか浅黄とかいう女ではあるまいか」
男は私の呪術で気がついたようだった。
「そうよ」
「ずいぶんと自信家のようだな」
男は低く笑った。
「おい、この女を早く倒すぞ」
彼はもう一人仲間を呼んで二対一の形になる。
「父から話は聞いている。お主と帝さえ倒せればあの憎き常磐井殿の血筋を廃することができる」
刀を引き抜き私に切っ先を向ける。
彼らも常軌を逸しているようだった。
「東海神、西海神、南海神、北海神、四海の大神、千鬼を退け災禍を打ち祓いたまえ。急急如律令」
呪符を一枚ずつ投げる。
すると。
「これくらいで負けてたまるか」
男たちが私に向かって刀を振り回す。
まずい。このままでは不利な状況は変わらない。
助けを呼ばないと。
「典侍さま早く助けを読んでください」
「分かったわ」
彼女は足早にその場を去ると蔵人所に向かっていった。
「さて邪魔物が一人減ったところでどうしようか」
こちらとしては典侍が助けを呼ぶまでは身動きがとれないのが問題だった。
「俺たち二人に女一人で勝てると思うなよ」
でも戦うしかない。私一人でも時間稼ぎをしなければ。
幸か不幸か浅原の姿は見えない。
三対一では勝ち目がないから私にとっては幸いだった。
だが私たちが戦っている間にも被害は広がっていた。
遠くでは刀と刀がぶつかり合う音がする。
誰かが戦っていくれているらしい。
「私からも参ります」
再び刀印を結んで。
「烈破」
「くっ」
男の一人に命中したらしい。攻撃成功だ。
「こちらも負けていられるか」
男は奮起してこちらに刀を振る。切っ先が体を掠めたが致命傷には至らなかった。
(よかった)
ここで以前のようにやられていたら死んでいるところだった。
「烈破」
再び同じ攻撃を繰り出す。すると男はそれを華麗に避けて次の攻撃にはいる。
「同じ攻撃を一度ならず二度までも出してくるとはな」
ふっと男は笑い刀を横に振り回す。
「だが甘い」
切っ先が肩口を掠める。
古傷が開き再び血がどくどくと溢れる。
だが。
「このくらい」
呪符を敵に投げつける。
「くっ」
男は嗚咽を漏らす。どうやらもののけの類いが憑いていたようだ。
男は憑き物が落ちたみたいな表情をしていた。
これで二人は倒した。残るところは浅原一人だ。
私は急いで彼を探すのであった。




