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弦売りの男  作者: 野暮天
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第二十話 中宮2

中宮さまに気に入られたからは仕事は順調に進んでいた。

私は彼女に勧めた萌木色の単をチクチク縫っていた。


夜は成王丸がやってきて情報収集の結果を話す。

それと時おり持ってきてくれるお土産に舌鼓を打っては何気ない会話で笑いあったりしていた。


意外とこういう日常も悪くないと私は思ってしまう。

浅原は帝のお命を狙っているのだろうがこちらも警護がきちんとしている。

だからか彼らが入る隙はないようだった。


「あら伊勢、裁縫は順調に進んでいるかしら」

典侍は私に声をかけると背中をぽんっと叩く。


「はい来週までには出来上がる予定です」


「私に作ってくれた袿もよかったけれど今回のも気合いが入っているわね」


「もちろん中宮さまが気に入られるようにと」


針仕事をしながら会話するのも手慣れたものだ。


「完成するのが待ち遠しいわね」


「それにしても寂光院に預けられていた伊勢がここまで立派に成長するなんて」


彼女には寂光院の尼が紹介してくれたように話してある。


この少女は伊勢守の血筋が入っているが親がすでに両親ともなく寂光院に預けられたのだと。

それでも窮屈な思いをさせるのは心苦しいから華やかな宮仕えを勧めたのだと。


おかげで典侍はなにかと親身になって相談に乗ってくれる。

彼女は他人に厳しいが自分にも厳しい人だ。


だから最初の方は怒られてばかりだったが、最近女孺としての振る舞いにもなれてきて板についている。


なによりこうして誉めてくれるのがありがたい限りだ。


中宮さまとの関係も悪くない。

時々弘徽殿に忍び込んでは彼女とおしゃべりをする。


まるで年の離れた姉妹のようでお互い気を許しあっていた。


中宮さまと懇意にさせてもらえるのは嬉しいの一言につきる。

それに成王丸が欲しがっている宮中の情報をそれとなく聞くのにも有効だった。


そして今日も中宮さまの部屋を訪れる。

部屋つきの女房などなれたもので声をかければすぐに通してもらえた。


「あら伊勢、今日もお忍びでやってきたの」

「はい中宮さまの様子が気になって」


先日萌木色の生地を購入して彼女の体にあうようにと採寸も済ませた。

だから実質的に用事はなかったのだが縫い物の進捗情報を伝えたくて中宮さまを訪問することにした。


部屋の奥からは筝をかきならす音がしていたが中宮さまが私に気づいたのか演奏は止まる。


「まあいらっしゃい伊勢」


挨拶をしてから普段のように板敷きの上に座る。


「先日はきれいな反物を選んでくれてありがとう」

「いえ採寸までさせていただいて女孺冥利につきます」


「それで今日はどんないいわけをして仕事場を抜け出してきたの?」


いたずらっ子のように笑う姿はあどけなく生まれ持った気品も合わさり嫌みのないものだった。


「それは秘密です。こっそり抜け出してきました」


「まあ伊勢ったら仕事をさぼったら典侍に怒られないの?」

「時々ですが雷が落ちます」


そう返すと中宮さまはふふっと笑う。


「それでもここに来てくれるというのはありがたいわ」


ここって退屈なのよね、とぽつりと呟く。

その姿は笑っていたがどこか寂しげだった。


「暇をもて余しては時々筝を引いてるのよ」


今日も筝の練習をしていたらしい。


「中宮さまは琵琶もお上手だとうかがっていますが」

「ええ父の影響よ」


父とは西園寺実兼のことだ。彼は琵琶を引くことで有名だ。

なにせ四年前に今の帝(伏見天皇)に楊真操の秘曲伝授をしたくらいだからその実力はすばらしいものなのだろう。


「でも今日は筝の気分ね」

しゃらんと筝をかきならす。その姿が優美で私は思わず見とれてしまう。


「琵琶の音を聞くと実家にいたときを思い出すわ。お父様はなかなか家を訪問してはくださらなかったけれど幼い頃は琵琶を目の前で演奏してくれた。そのことがずっと忘れられなくて私の自慢なのよ」


「だからか琵琶は好きだけどなかなか自分で演奏する機会がなくて」


にっこりとごまかすように彼女は笑った。


「それより伊勢なにか面白いお話をして頂戴」


「面白い話ですか」


我が身を振りかえって面白い思い出を探しだす。

面白い話。面白い話。

考えてみると私の素性がばれるわけにはいかないから曖昧な語り口になってしまうのも承知で歩き巫女だったころの話をしてみた。


「私の知り合いから聞いた話なのですがその昔歩き巫女をしていた少女がいたそうです。彼女は母親と一緒に地域を転々としていました」


「まあ旅ね。楽しそうなお話」


「彼女の母親は舞が上手で地方の貴族たちからも引っ張りだこでした。そして少女はそんな母親を誇りに思っていました」


「ある晩のことです。貴族から部屋を借りて二人で枕を並べて寝ていると怪しげな物音がしました」


「茂みからガサガサと音がするのです」


「それって……」


「母は誰かが垣間見しているのだろうと思い、遠くから声をかけました」


「そこの殿方はいつまでもお隠れのようですが私は逃げも隠れもしませんよと」


「それでも出てこないので不審に思って茂みに近づくと……」


「狐の化身がやってきたのです」


「そこでは稲荷が奉られていて奉納もそのために行われていました」


「どうやら一言お礼が言いたかっただけだそうで母親は恥ずかしくて布団のなかに隠れてしまいました」


母と二人で過ごした日々を思い出すと時おり切ない気持ちになるが今日は違った。

中宮さまが熱心に話を聞いてくれるからか自分の気持ちを受け入れることができた。

今までは母のことを思いだし涙に明け暮れることもあったが今になって彼女の死というものを自然と受け入れられた。


「まあ狐の化身に会うことができたのね。羨ましいわ」

「中宮さまは怖くないんですか」

「ええだってもののけはどこにでもいるから」


一度くらい会ってみたいわと好奇心丸出しの声で話す。


「怖いものみたさというものよ」

「私は怖いものはできたら避けたいですが」


君子危うきに近寄らずとも言うが私にとって先程の話は怖い話に分類するものだった。


「ではこうしましょう。今晩寝所から抜け出して二人で待ち合わせをするの。それでもののけを探しに行きましょう」


中宮さまはわくわくしているようだった。


「せっかく伊勢がいるんだからなにかあったら私を守って頂戴ね」


その一言で夜の肝試しが始まることになる。

私はなにも知らないままその日夜が来るのを待った。

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保元・平治の乱をテーマにした
『常磐と共に』
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