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弦売りの男  作者: 野暮天
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第十八話 密会

「待たせたな浅黄」

成王丸はそう告げると私に手を差し出した。

ついてこいということらしい。


「ここなら誰にも見つからないか」

庭の隅に腰掛け私と彼が隣り合うかたちになる。


「仕事は慣れたか?」

「まだ始まって一日ですが頑張ればなんとかなりそうです」


縫製に携わることになることを知らせると成王丸は笑った。

「そうか。頑張れるといいな」


「それより成王丸、浅原の情報は?」

「祇園社の方は仲間が警戒してくれている。それに清水寺もだ」


彼らによれば浅原は見かけないらしい。


「ということは四条通りの方にはいないということですね」

ひとまず自分がいた場所に危険がないということに安堵した。


「まだ浅原がどこにひそんでいるかもわからない。まだ気は抜けないな」

成王丸は話を続ける。


「それとだが先日俺は西園寺実兼の屋敷に潜り込んだ」

西園寺実兼は帝の即位に尽力した方である。

関東申次の役割も果たしており幕府と朝廷の間で動いてくれる人物だ。


「だが帝が狙われていると知っている人間には出会わなかった」

つまり帝の危機を知っているのは私たちだけということになる。


「今度お休みをいただいた時に西園寺実兼様の御娘の中宮さまにお会いできたらと思いますが」


西園寺実兼の娘は二年前に入内しておりすぐに中宮となられた。

彼女と繋がりを持つのも一つの手だろう。


「これからやることが山積みだな」

成王丸は小さく笑った。


「俺は引き続き犬神人たちからの情報をまとめて自分でも情報収集を行いたいと思っている」


「真面目な話はこれくらいにしておくか」


「今日はお前に土産がある」


そして懐から取り出したのは小さな小瓶だった。


「これはなんでしょう」


「飴だ。珍しいだろう」

どうやら小瓶に水飴が入っているらしい。私も十五年生きてきたが水飴を食べられたことは数回しかない。


「まあありがとう成王丸」

「お前には気苦労をかけているからな」


私が喜んでいるのが嬉しいのか成王丸の表情も柔らかいものになる。


「この匙を使って食べると良い」


彼から匙を譲り受けて無心に水飴をなめていく。

(あまくておいしい)

甘露が舌の上を伝うように甘い味がした。


「その様子だとお前も甘いものが好きなんだな。安心した」


成王丸は優しい表情で微笑みこちらの様子をうかがっている。


「本当なら寺で作っている羊羮をもらってくる予定だったんだがな」


生憎寺では出してくれなかったのだという。


「羊羮はうまいからな」


羊羮は大陸では本物の羊の肉を使うらしい。

だが日本では獣食の習慣がなかったので代わりに麦や小豆の粉で似せて作ったらしい。


「いつかは食べてみたいものですね」


今食べている水飴も美味しかったが羊羮と聞いてごくりと喉をならしてしまう。


「お前は見かけによらず食い物が好きなんだな」


成王丸は笑った。


会話をしながら水飴を舐めていると自分一人だけ食べているのも悪い気がしてきた。


「成王丸も食べますか?」


「いいのか?」


匙を手渡すと彼は小さく一回すくって口にしていた。

その様子がいつもと違って上品なので少しだけ口許が緩む。


「なにか変なことをしたか?」


「いえ。引き続き召し上がってください」


笑われると気にしてしまう性分らしい。

私が笑いをこらえていると余計に気になるらしく怪訝そうな顔をしていた。


「そんなにおかしいか?」

「いえいつもと違って食べ方がお上品なので」


そう漏らしてしまうと成王丸は苦笑した。


「お前のものなんだから俺が食べ過ぎたらなくなるだろう」


一応気を使ってくれたらしい。


「それに間接的に口を合わせることになるだろう?」


それはどういう意味だろう。


「だからその……。同じ匙を使っているってことはさ」


歯切れ悪く答えられると少しだけおかしかった。


「成王丸も細かいことに気を使うのね」


「一応男と女だからな」


頬を朱に染めながらも言い返す彼をからかいたくなった。


「今までで一番気を使わせてしまいましたね、成王丸」


「別に気を使っている訳じゃない」


少し怒ったような声で返事をする姿にさらに余計な口を叩きたくなる。


「そんなこと私は気にしませんから」


「気にされないのもこちらとしては困るというか……」


今までの適当な扱いを受けていたから成王丸が急に意識し出すのが意外だった。

私のことを子供扱いしているようで不意にこうした顔を見せてくる。


「成王丸も人の子なんですね」

「俺をなんだと思ってたんだ」


ガサツに見えて意外と繊細な心を持った男は私を睨み付ける。

だが水飴を片手ににらんでもあまり迫力はない。


「ガサツで無神経でこの地が滅びても絶対に死ななそうな人」

「お前、言うな……」


彼は苦笑する。

目を細めて笑う姿はいつもより優しくて思わず見いってしまう。


「今日は一日中緊張していたからあなたに会えてよかったです」


成王丸の持っていた小瓶を一緒に握ると彼の体温が伝わってきて少しだけくすぐったい気持ちになった。


「あなたのお陰で明日からも頑張れそうです」


かくして夜の時間は過ぎて行こうとしていた。

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保元・平治の乱をテーマにした
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