第十六話 動き
放免を倒してから一週間がたとうとしていた。
私と成王丸は寂光院を訪れていた。
というのも尼が目を覚ましたらしいと人伝に聞いたからだ。
「よく来てくれたわね」
胸の傷は痛ましく直視できなかったが尼は気さくに話してくれた。
「成王丸に浅黄さま。どうしたの変な顔をして」
「申し訳ありません」
それはあのとき彼女を救えなかったことに向けてだった。
「いいのよ。私なんかが浅黄さまの命を守ることができたのだから」
尼はにっこりと笑う。
「悪かったな。任せきりで」
あのあとは大変だったのよと尼が話す。
「寂光院のなかでは怯え出す娘もいてね。私が目を覚ますまで住職が頑張ってくれたのよ」
そうして住職に目をやる。住職はやつれた表情だった。
「これも仕事と思えば」
「すまない」
成王丸は殊勝な様子で頭を下げた。
「俺が間に合わなかったせいだ」
「それをいうなら私が守れなかったから」
私と彼とが同時に口にする。
「ごめんなさい」
「そう自分を責めなさんな」
尼は彼の頭をそっと撫でるとこちらに改めて話しかけてくる。
「私も元気になったからもう心配はいらないわ。それより浅黄さまの身の安全の方を優先して」
「俺が考えるに浅原は浅黄を諦めたのじゃないかと思う」
その言葉に一同は安堵する。
だが私を諦めたということは標的が別の人物に移動したことになる。
「では次は……」
「ああ次の標的は帝だ」
時妙院系の血筋を引く今上帝(伏見天皇)を狙っているというのか。
「まさか浅原が帝を?」
「正気と思えない沙汰よね」
尼と住職が目を見開く。
「浅原という男は恐ろしいことを考えるわね」
「だからこそ俺が帝を守りにいかなければ……」
成王丸は思い詰めた顔をしていた。
「あなたが行くなら私も」
私が手をあげると成王丸が首を横に降る。
「ダメだ。これ以上お前を危険にさらせない」
そう制止され私は唇を尖らせた。
「私とあなたは契約しているじゃない。だから一緒にいかせてお願い」
上目使いで彼を見上げると成王丸は困った顔をした。
「……」
「いいでしょう?」
このまま押しきれるだろうか。だが予想外の方向から成王丸の援護が入る。
「浅黄さま、私の方から言わせてください。もう怖い目にあってほしくないの」
尼が口を挟むとそれに同調して成王丸はこほんと咳払いをした。
「こいつもそういってるんだ。お前には危険な目にあってほしくない」
なにせ帝の妹宮だからなと付け足される。
妹宮。だからこそ帝のことを放っておけない。
なぜなら今では唯一と言っても良い肉親だったからだ。
「私が妹宮ならなおのこと放っておけないわ。だって自分のお兄様が危険な目に遭うってことでしょう」
面識はないがそれでも血の繋がった兄弟だ。
相手が自分のことを知らなくても守りたいという気持ちは変わらない。
「私の家族が命を狙われているのを黙って見ていられません」
じっと成王丸の瞳を見つめる。すると彼はしばらく思い悩み俯いた。
「お前の気持ちを考えるとな」
「成王丸、あなた何を言っているの。うっ」
尼は興奮したように口を挟む。そのせいで傷が痛んだらしい。
「とにかく……浅黄さまを危険な真似に付き合わせられないわ」
「だがこいつの思いを考えるとな」
成王丸はぶつぶつと呟く。
「無下にはできない」
「あなたこの期に及んでまだそういうの?」
尼は怒っているようだった。
だが成王丸は腹をくくったようだった。
「浅原という男が近くにいる限りこいつの身の危険はいつまでもついて回る」
だから。
「こいつと帝を守れれば一石二鳥だろう」
それにと付け足す。
「こいつが一番乗り気だからな」
私に指差して尼に笑いかける。
「もう仕方がないわね」
尼は肩をすくめて笑う。
「あなたたちって似た者同士なのよね」
一度言ったら言うことを聞かないところがと笑われる。
「好きになさい」
「わかった。何かあったら俺が責任をとる」
成王丸が視線をこちらにやる。そして私の腕をつかみ。
「浅黄、俺についてこい」
「はい」
成王丸はニッと笑った。思わずじわりと胸が熱くなる。
「そうと決まったら作戦会議だな」
二人でああでもないこうでもないと話し合う。
「どうやって内裏に潜入しましょう?」
私は至極まともな疑問を口にする。
「帝の周辺に知らせるだけでもできないか」
「それこそ浅原や三条の耳に入ってしまうのでは」
こうして話し合った結果ひとつの問題にぶつかる。
「一番の問題は俺たちに帝に知らせる方法があるかどうかが問題だ」
確かに私たちが近づける方法は思い付かない。
そうこうしていると尼が一つ提案をしてくれる。
「それなら私の伝を使うといいわ」
尼は付け足す。
「私も昔は宮中に使えていたわ。その頃の知り合いに思い辺りがあるの」
だから紹介するわと言われる。
「二人の熱意には負けたわ」
尼はそう苦笑すると私たちは顔を見合わせた。
「熱意か……。浅黄の方がかなり乗り気だったからな」
からかうような口調で成王丸は話しかける。
「俺もお前には負けたよ」
「お恥ずかしい」
私がうつむくと二人は笑う。
「おいおいさっきの熱意はどこにいったんだ?」
「もう忘れてください」
そして私たちは宮中への潜入を果たすことになる。




