第十四話 放免3
人気のない通りに出た私たちは放免との戦いを決意した。
「おいてめえら」
放免は私と成王丸の顔を見てニッと笑った。
「どうも怪しいと思ったぜ。さてわざわざ俺に喧嘩を売るとはどういう了見かい」
「俺たちを前にして理由を聞くなんぞ野暮だな」
成王丸は低い声で答える。
「あのときのおまえのお陰で寂光院は大変なことになった」
尼も瀕死の状態だった。
「あの女も邪魔してくれたな」
「邪魔だと……」
成王丸のこめかみがひくりと動く。彼は怒りに燃えていた。
「あいつは浅黄のことを必死に守ろうとした。それをよくも……」
「ああだから邪魔だといったんだ」
放免は気にした風もなく頭をボリボリかいた。
「まったくわざわざ乗り込んできて言いたいのはそれだけか?」
放免にはまったく興味のないことだったらしい。
その態度に私は腹が立った。懐から呪符を取りだし呪文の詠唱に入る。
「東海人、西海人……」
「やめろ浅黄。こいつは俺がやる」
成王丸が私を止めに入る。
「ほう俺を仕留める前に浅原とやらを探したほうが賢明じゃないか」
「そうだな」
成王丸は静かにうなずく。
「だがその前にあいつに何を漏らしたのか聞かせてもらうぞ」
「俺が浅原から聞いたことなんてねえよ」
なにせあいつは持妙院系の血族を抹殺することしか頭になかったからなと呟く。
「それより俺に勝った浅黄とやらをこっちに渡してもらおうか」
「断る」
まあそんな簡単に話が進むはずないよなと放免は笑う。
「じゃあ好きにさせてもらうぜ」
七曲の鉾をつき出すと成王丸の身体を正確に狙ってくる。
「ふんこんなものか」
右に左にひらひらと成王丸はかわしていく。
「俺からも行かせてもらうぜ」
成王丸が刀を引き抜き放免に切りかかる。
「行くぞっ」
全速力で放免の懐に駆け込み刀を振る。
だが。
次の瞬間には放免は別の場所に移動していた。
「くそっ」
「汚い言葉は使わないほうがいいぜ」
放免はおかしそうに笑った。
「いいことを教えてやろう」
気まぐれか何かか放免はこちらに話しかける。
「浅原にはモノノケがついているぜ」
「でも私が戦ったときは……」
呪術を使っても効果はなかったはずだ。
「おまえの貧弱な呪術じゃあれを倒すのは難しいぞ」
放免はニヤリと笑う。
「まあ俺様はまんまと引っ掛かってしまったんだが」
「なら笑えないじゃないか」
成王丸は刀を片手に再び駆け出す。
「ふん。同じ手を何度も使うとは愚かな」
「そうか?」
放免が笑うと成王丸は静かに刀を振り回す。
どうせ同じだろうと油断している放免はほとんど動かない。
だが。
成王丸は刀の軌道を変えて。
相手の急所に確実に刀を振る。
「くそっ」
「汚い言葉は使わないほうがいいんじゃなかったのか」
成王丸は暗い瞳でじっと放免を見つめる。
「さあ俺たちの勝ちだ。おまえには腸煮えくり返っているからな」
どうなるかは保証できないと成王丸は呟いた。
「ひっ悪かった。助けてくれ」
すると先程とはうって変わって助けを懇願する放免の姿があった。
「俺は浅原に誘われただけなんだ。娘を一人殺したい。それに付き合ってくれって」
「その娘が浅黄ってことか」
がくがくとうなずく姿は哀れそのもので。
「だから詳しいことはなにも知らない」
「でもモノノケがついているのは知っていたのだろう」
「それだって俺が放免だからわかっただけだ」
罪人の拷問や捕縛を行っている放免はよくモノノケと遭遇することがあるらしい。
「罪人たちの中にはモノノケに憑かれているだけの連中も結構いるからな」
「あの浅原も半分は正気だが残り半分は狂っている」
「どうかやつを止めてくれ」
急に殊勝になった放免は私たちにそう懇願する。
もちろん浅原を止めるつもりだ。
推論だがこの放免と浅原の関係は切れているのだろう。
だからこうもベラベラと彼のことを話しているのだろう。
「わかった。だがおまえのしたことは忘れるんじゃないぞ」
「はいっ。後悔してもしきれない」
放免はうつむきがちに答える。表情はよく見えない。
彼は七曲の鉾を手にしながら身体を震わせる。
「待って成王丸っ。危ないっ」
そういうや否や放免は成王丸に襲いかかる。
「バカじゃないか。そんな簡単に信じやがって」
「やっぱり嘘だったんだな」
成王丸は驚いた様子もなく刀で鉾を受け止めた。
「これで俺も手加減しないですむよ」
成王丸の刀が放免に振りかかる。
今度は相手の懐を狙って。
「ぐっ」
素早い動きで放免を翻弄しながら次々と切りかかる。
「これで最後だ」
斬ッ
再び懐を狙って切りつける。
「ごほっ」
放免は血を吐き地面に横たわる。
「哀れなもんだな」
これが人のなれの果てかと成王丸はため息をつく。
かつて二人も交流もあったはずだ。
だが道を違えてしまった。
違えた結果がこうだ。
「浅黄、終わったぞ」
帰り血を浴びながら私の名前を呼ぶ成王丸。
その姿はどこか悲しそうで。
「おいなに泣きそうな顔してるんだ」
私が涙をこらえているのと誤解したのか彼は私を抱き寄せる。
「怖い思いをさせて悪かったな」
頭をぽんぽんとされて私は苦笑する。
「子供扱いはやめてください……」
本当は成王丸が自分の顔を隠したいだけなのだとわかり私は甘やかされるままになる。
かくして放免との戦いは終わった。