第十三話 放免2
大勝している放免を横目に私は持ち場についた。
ちらりと一瞥すると男がかなり荒稼ぎをしているのがわかった。
こちらの公家の屋敷はかなりがたが来ているようだった。雨漏りはしているし風が吹くとガタガタと屋敷全体が揺れる。
黙って眺めていると近くにいた武家の男が声をかけてきた。
「おい坊主、賭にやって来たのか?」
物珍しそうにこちらをじろじろと見ている。
「はい。これで参加させてください」
かねと引き換えにコマをもらう。
「よっ新入り」
大勢の男たちに向かい入れられた。
どうやら彼らも四一半をしているようだった。
四一半なら今日一日の経験でどうにかなりそうだ。
「はいツボ」
中盆が声をかけるとツボ振りが茶碗を回し始める。
そして客も同じように茶碗を回し、ツボ振りが縁起の良い出目がそろうまで茶碗を回す。
「どっちもどっちも」
丁か半を決める。コマが手前なら丁、奥なら半だ。
「丁にします」
理屈で言えば出目はそれぞれ二十一通り。
(本来は三十六通りだが一と二、二と一が同じように扱われるため二十一通り)
丁が十二通り、半が九通りとなる。
「勝負っ」
「シロクの丁だっ」
同じように賭けた男たちが喜びを露にする。
私も勝ったので持っている額から少額賭けることにする。
「坊主もなかなかやるな」
さっきの男が肩をバンっと叩く。悪気はないのだろうが意外と痛い。
放免の方にも視線をやると男はこちらには全く気がついていないようだった。
それならば都合がいい。
私は静かに板敷きの上で賭を続ける。
それからしばらくしたところだった。
放免は大勝を続けている。
それで周囲はやる気をなくしつつあった。
「もうお主が勝ってばかりじゃないか」
「そろそろ我々にも勝たせてくれないか」
そこで不味いと思ったのか中盆が声をかける。
「さあ皆さん。この男、放免といって京の悪党を捕縛する立派な検非違使の端くれでございます。今宵は誰がこの男を倒すことができるか。皆さんの腕にかかっています」
「おおこの俺様が負けてたまるかっ」
放免も言われてばかりだと気がすまないのか掛け金をさらに上乗せする。
「二百貫だ」
すると周囲がざわめき始める。
貴族のおよそ一ヶ月分の収入に当たる。
その額をどこから工面してきたのだろう。
放免はニヤリと笑い挑発を繰り返す。
「さあこの俺様を倒しに来るやつはいないか」
すると男たちが小声で相談し始める。
「おい二百貫だぞ」
「あいつに勝ったら丸儲けだぞ」
二百貫と聞いて男たちの目の色が変わる。
「さあさあ皆さん賭けてくださいな」
中盆が声をかけると瞬時にコマが揃った。
放免が丁を選んだので皆が半にかけている。
私は様子見をすることにした。
そして賭場では同じように勝負がなされ。
「勝負」
「シニの丁」
つまりは放免の勝ちだった。
「くそっ大負けじゃないか」
隣の男が悔しそうに拳を握る。
「おい貴様インチキしているんじゃないだろうな」
「だっておかしいだろ。ここまでして勝てないって言うのは」
男が放免に殴りかかる。
だが。
「なんだこんなもんか。よわっちいな」
放免の力になすすべもなく。
「ひっ。勘弁してくれ」
「おいおいそれはないんじゃないのか」
放免はにやにやと笑いながら男の首もとに七曲の鉾を向ける。
「そこの放免様、ここは賭場でございます。乱暴はよしてください」
「つまらないことを言うなよ」
放免は自分の鉾を一舐めする。その時にちらりと写る真っ赤な舌が目にはいる。
やはり残虐な性分は変わらないらしい。
「そこのお二人、待った」
思わず声を出してしまった。
「勝負ならお互い賭でするのが決まりでしょう」
「で、でも私にはもう金が……」
男は弱々しく答える。
「仕方ありません。この私が代わりに勝負に出てもよろしいか」
「おおいいぜ」
放免は愉快そうに笑った。
「ん?でもおまえどこかで見た顔だな」
私はうつむきがちに答える。
「他人の空似でしょう」
それを聞くと男はニッと笑い一人うなずいた。
「では始めっ」
中盆がいつもの口上をのべて賭が始まる。
「さておまえは何をかける」
「こいつにはかけるものがもうないからな」
私は代理でかけていることになっている。
「では一貫」
私の持ち金だった。
「そんなちっぽけな額か。相手にならないな」
放免はつまらなそうに吐き捨てる。
「俺は四百貫賭けさせてもらうぜ」
「だったら。何をかければいいのですか」
「おまえの全財産だ」
どうせ子供だから大したことはなさそうだがなと笑われる。
「わかりました。では私の全財産を」
静かにうなずく。
ここで私はツボ振りをじっくり観察する。
「へへっ中身が気になりますか?」
男は私の視線に気づくと気まずそうに笑った。
私の勘がなにかがおかしいと訴えかけてくる。
(もしかして……)
放免が勝ち続けたのもなにか裏があるのではないか。
ツボ振りと中盆がかすかに人差し指を動かして合図を送っているのが目にはいる。
「指の股を開いてどっちもどっちもはやらないんですか?」
質問すると男は困ったように眉を下げる。
「ああ悪い悪いっ」
今までの経験を総動員してある結論に至る。
彼らは放免を使って荒稼ぎをしているのだ。
つまり彼らはイカサマをしていることになる。
もし仮に彼らがイカサマをしているのならば。
この試合は四一半だ。
四と一が出たときだけ胴元に半額を納めることになる。
ということは。
考えうるのは十二通り。そのうち一と四だけの目が出るのは四通り。
だが一と四だけ出るのはさすがに露骨すぎる。
ということはツボ振りはこれを避けるはずだ。
つまり。
それを差し引いて八通り。
そのうち丁は四通り。半も四通り。
確率は二分の一になる。
そこで私は賭に出る。
「半にします」
奥にコマを投げる。
「じゃあ俺は丁だ」
放免はニヤリと笑った。どうやら勝利を確信しているようだった。
「勝負っ」
「シソウの半だっ」
周囲がざわつく。三と四の目が出た。
どうやら私が勝ったようだ。
「さすがだ坊主っ」
負けた男が肩をバシバシ叩いてくる。嬉しいのもあるのだろうがそれよりも肩が痛い。
「おいそいつは坊主じゃなくて嬢ちゃんだぜ」
負けた放免は腸が煮えくり返っているようで低い声で呟いた。
「嬢ちゃん?」
男が不思議そうな顔をしてこちらを見つめるので顔の前で人差し指をたてしーっと大人しくさせる。
「私の事は忘れてください」
幸か不幸か男は目を見開くだけであとは静かになった。
「表出て勝負しようか」
「ええ今度は負けませんよ」
私たちは公家の屋敷を出て人通りの少ない通りに立つ。
「おい浅黄っ」
成王丸がしびれを切らしたように声をかけてきた。
「今度は勝ったのか」
「はい」
じゃあ次は俺の出番だなと成王丸は笑う。
こうして二度目の放免との戦いとなるのであった。