第十一話 暁
浅原たちが去った寂光院では大騒ぎだった。
なにせ内部に侵入者がいただけでなく尼が一人瀕死の状態だったからだ。
「成王丸、私守れませんでした」
「お前は十分戦ったよ」
肩に負った傷は痛むがそれ以上に尼にかばってもらった自分が不甲斐なかった。
「どうしようもし死んでしまったら」
「大丈夫だ。案ずる必要はない」
目を真っ赤にした私に成王丸が手拭いを渡してくる。
「これで顔を拭け」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら眦から溢れ出る涙を拭う。
「私ったら今とてもみっともない顔をしてますね」
「ああそうだな」
成王丸は私の頭をくしゃりと撫でる。その優しさが苦しくてわざと軽口を叩く。
「そこは否定しないんですか」
「ひどい顔をしてるのは事実だから」
「あなたって」
口を開いてなにか言おうとしてから躊躇って口をつぐむ。
私は何を言おうとしたのだろう。
尼との会話が脳裏をよぎる。
『成王丸は不器用だけれど優しい人よ』
彼女が言った言葉が思い出されて再びこみ上げてくるものがあった。
「なんでもない」
首を横に振って小さく笑う。
「どうした」
「きっと大丈夫ですよね」
きっと大丈夫。自分にそう言い聞かせて尼の経過を待つ。
彼女は胸を切られて激しい出血で命は危ういと言われた。
それでも尼は生きようと懸命に戦っている。
私が泣いていたら彼女に申し訳が立たない。
「成王丸これから私たちどうしましょう」
どうするもなにも契約は十日。
それも犬神人たちが集まってから五日がたとうとしている。
実質残り二日だ。
その二日で敵を倒すことができるのか。それに浅原の言っていたことが気になる。
禁中の帝を廃する。
つまりは帝を暗殺しようとしているのだ。
私たちができることはあるのではないか。
「成王丸、先に用心棒代の一貫支払っておきます」
束になった一貫を成王丸に渡す。
これが私がためていた財産のほとんどだ。
「お願いがあります」
息を大きく吸ってから頭を下げる。
「私ができることは何でもします。一緒に浅原を倒してください」
そうでなければ私は自分が許せない。
「もし断るのなら。私一人でも浅原を倒しにいきます」
成王丸は私の言葉を遮るように話す。
「お前ってやつはなにを考えてるんだ」
バカな真似はよせと頭をはたかれる。
「女のお前がやられてるんだ。俺だって黙っちゃいないさ」
悪かったなと頭を下げられる。
まさかあの放免が成王丸の周りを探っていたとは思いもしなかったからと告げられる。
「俺があいつに会ってくる」
もちろんただじゃおかないと言った。
「私も犬神人に混ぜてください」
「危ない真似はよせ」
私もじっとしていられなかった。成王丸が動いてくれているのに私一人だけが悠長に待っていられるわけがない。
「私の身元は割れています。それだったらあなたのそばにいたいです。お金以外のもので私にできることなら何でもやりますから」
「若い娘が何でもするとか言うんじゃない」
頭にこつんと拳をぶつける。
「わかった。今回の件は俺にも非がある」
俺についてこいと成王丸は言った。
再び祇園社の前に来ることになる。
「お前宿に顔出さなくていいか」
宿と聞いて女将の顔が浮かぶ。
そして彼女が私の生い立ちを知っていたことを思い出す。
どうして彼女は私が知らなかったことを知っていたのだろう。しばらく俊巡してから答える。
「今日はいいです」
彼女が私の生い立ちについて知っている理由は気になったがそれより浅原を倒したいという気持ちが勝った。
「また女将には会えますから」
「しばらくは顔見れなくなるけどいいのか」
お世話になっていたから文の一枚でも出すことにしよう。
幸い私は母から仮名遣いを教わっていたし女将も帳簿をつけたりと文字の読み書きができた。
「それより私たちの今後を話しましょう」
「ああそうだな」
成王丸は頬をポリポリとかく。
「まず俺たちがしないといけないことは放免を捕まえてどこまで知っているか問いただすこと。そして浅原の動向を探ることだ」
「情報収集は犬神人たちがやってくれる。俺は放免を捕まえるからしばらくこっちに世話になるぞ」
「こっちって?」
「祇園社だよ」
もう寂光院にはいられないからなと呟く。
その台詞に私の気持ちが沈む。
「寂光院の方は大丈夫だからな」
心配する必要はないと付け足された。
「あいつもしぶといからなんとかなるだろ」
失礼な発言にも思えたが二人の関係があってこそだろう。
「私も彼女の分まで祈ります」
巫女として私にできることはそれくらいだろう。
成王丸は近くの犬神人に小声で話しかける。
すると犬神人はうなずき清水坂の方へと去っていった。
「俺たちの仲間だ。浅原を見かけたら声をかけるようにと言っておいた」
要は密偵代わりだと呟く。
「手の空いている若い連中にも伝えてくれるそうだ」
成王丸は私の手を引き祇園社の奥へとつれていく。
「考えたんだ。もし仮に俺に何かあったらお前を守れない。だから六波羅につれていくのも一つの手だと。六波羅には三条の内通者がいるはずだ。だが彼らは手出しまではできないはずだ」
そのあとは内裏にいって帝に直談判するんだと告げられた。
「それは……」
なるべくなら避けたいことだった。
「今は俺がいるから安心してほしい。でも何かあったら六波羅に向かうんだ。約束してくれるな」
小指を差し出される。
「……はい」
指を切り約束をする。本当はそんな日が来てほしくないと思ったけど。
(六波羅にいったら)
きっとすべてが変わってしまう。
今までの生活もこれからの関係も。
だから私にとっては避けたいことだった。
でも成王丸の真剣な面持ちを見たらなにも言えなくなった。
だって彼が本当に心配しているのがわかったから。
「もしもの話はこれまでだ」
これから仕事に取りかかることにする。
私と成王丸との新たな契約が始まったのであった。