第三話 碧い月、似ている二人。
奇跡と偶然、太陽と月~
待ってくれている方! 真面目に、お待たせいたしました!
1
静かに輝く碧い月が優しく正明と真紀の顔を撫でるように照らす。
二人はその美しい夜空をビルの上から眺めていた。眠らない街なんて呼ばれていた時代もあったトレライ・ズ・ヒカイントだが、今は一角だけであるが、眠る場所がある。海に近い学園区と呼ばれる所だけは夜になると明かりが消え、月や星を眺められる。
もちろん、ある程度の魔法による補助は必要ではあるが、今日は特別に月が美しく空に浮かぶ。
「ねぇ、今はお兄ちゃんで良いよね?」
「うん、誰もいないしね」
「ねぇお兄ちゃん。今日は何かあったでしょ?」
「由希子さんが、死にかけた」
「え! ゆ、由希子さんは大丈夫なの!?」
「宗次郎が華音に歌を頼んでくれたから魔法が間に合った。八雲がいなかったら彼女を蝕む魔法には勝てなかった。アイリスが助けてくれなかったら由希子さんを見殺しにする事になった・・・・・・僕にできたのは彼女の回復を邪魔した術式を殺す事だけ」
真紀は兄である正明の顔を覗き込む。
その表情は彼女が知る兄の姿ではない。少なくとも彼女が家にいた時はこんな顔をする人間ではなかった。
小さな虫にも怯えて逃げ回り、病気にかかれば酷く衰弱し、近所に住んでいた犬が死んだと聞けば泣きながらその犬のお墓に花を添える様な人間だったと真紀は覚えている。
今は、優しい心の上に怪物の仮面を被って犯罪者を殺し回っている。
その顔は、自分に似ており、全く異なる闇の雰囲気をはらんでいた。
人間を助けるためにも何かを殺さなければならない兄は、良く悲しい顔をする様になっていた。
「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんの側にいる! 二人で、一人でしょ?」
そう言って真紀は笑う。
夜の様に陰ってしまった兄が少しでも笑顔でいられるように、自分だけは昼間の様に笑うんだ。今は臆病で、正明の後ろにいる真紀だが、それじゃダメなんだ。
正明は自分でも、他人からも死神の飼い猫と呼ばれているが、真紀は知っている。
本当はこんな事が出来る人間ではない事、誰よりも弱くて、優しい兄だということ。
「真紀、僕はね・・・・・・何も殺さずに生きられないよ。今日は由希子さんを助けたけど、優さんみたいにならないかな? 僕は彼女の恋人を奪った。今日だって、彼女を傷つけたかもしれない」
「お兄ちゃんのお陰で、由紀子さんは助かったんだよ? お兄ちゃんは奪ってばかりじゃないよ」
「僕は他人なんて助けてない。逃げているんだ・・・・・・昔の残像から、それを見せて来る連中を殺して、優しい人を身勝手に守って」
真紀は兄の額に自分の額を押し付け、彼の顔を両手で包む。
目の前には左目の碧い自分と同じ顔の兄。彼の前には右目の碧い自分と同じ顔の妹が映っているのだろう。
「お兄ちゃんに救われた人は沢山いる」
「僕は君達に救われている」
真紀は子供時代の様におでこを正明のおでこに擦り付ける。
「お兄ちゃん、華音お姉ちゃんが歌ってる」
「うん、そうだね。彼女が歌ってる」
無風の夜だが、正明のマフラーはなびいている。
そこからは二人にだけ聴こえる、華音の歌声。
真紀は兄の隣に座り直すと、碧い月を見上げる。
「お兄ちゃん」
「なに?」
真紀は少しだけ口元を緩めて正明を見る。
二人で一人の双子の妹は、兄へと一言だけ。
「大人になっても、仲良しでいようね」
正明はその言葉に、少しだけ、だが、何処までも悲しそうに笑った。
彼は立ち上がると、少し遠くの海を眺めながら真紀に聞こえないようになにかを呟く。
「お兄ちゃん?」
「そうだね、真紀。仲良し兄妹でいよう! うりゃ!」
正明は両手を高らかにかざすと満面笑みで真紀を抱きしめる。彼女のぬくもりが伝わって来る、正明は彼女の髪を少し乱暴に撫でた。
「にゃ⁉ 髪がグシャグシャ! もう! お兄ちゃん! 仕返し!」
「みゃ⁉ 力強いよ、真紀!」
正明は最愛の妹とじゃれ合う時間を噛みしめながら、先程呟いた言葉を思い出していた。少しずつ消えていく自分の存在を噛み締めながら、彼は妹に見えない様にまた表情を暗く沈める。
(その頃には、一緒にいられないんだよ・・・・・・僕は)
明るい笑い声に、正明はより一層強く妹を抱きしめていた。
夜は明ける、妹が1人の人間として歩いて行けるようになったその時には月が沈む。
いつか、明るい朝が来る。
死神の飼い猫は、夜明けにはいらない。
2
美樹の容態は悪くはないが、彼女は一時的に実家から呼び立てられ、俺の家からいなくなった。だが、荷物はそのままってことは直ぐに戻って来るのだろう。
当の俺はと言うと。
「さて、相棒。どうするよ! 今回のパトロールは! 何だかよ、学校サボってるみてぇだな。背徳感スゲェ!」
やかましい相棒と街をパトロールして回っていた。
オーダーは入隊してからそこで働き、そのまま警察として就職か優秀ならば、対テロ特殊部隊に引き抜かれることもある。この男、遠山タケルも引き抜きを考える野心ある隊員の一人だ。
スキルの源流、コントロールの術さえ学べれば普通に就職して普通に生活できればいい俺には考えられない。刺激のある人生なんて疲れるだけだ。
「所で翔太郎! お前の力はどんなことが出来るんだよ? 魔力の無限増殖とか、無敵じゃねぇか」
「無敵なもんかよ。感情がコントロールできねぇんだから」
「裏返せば、感情のコントロールでなんでも出来るって事だぜ! 思い出してみろよ! お前の怒りのトリガー!」
遠山が大袈裟な声でそう言う。
確かにその通りだ。俺は自分の感情のトリガーを知らない、イライラしている時は無差別にあふれ出しそうになっていた。だが、なんだ? 死神の飼い猫との出会い、魔力強奪犯の強襲、美樹が家に来て、そして渡り廊下で出会った不思議な双子・・・・・・最後の戦闘で、俺は何で正気じゃなくなった?
「真剣に考えてるな? 真面目っ! 軽くで良いんだよ、感情なんて単純なものだぜ? 気に入らねぇ、ムカつくとかも感情だし、それに、おっ! 華音! そっちもパトロールか⁉」
遠山が手を振る先から、昨日出会った華音が笑顔で歩いてくる。その姿は白いコートに金色の髪がアクセントになって非常に神秘的だ。その証拠に彼女とすれ違った人々は振り向いている。
「あれ? パトロールのルート間違えちゃったかな」
「いや、合ってるぜ! 俺達が別のルートやっているだけだ!」
「えぇ⁉ 良いの⁉」
「おい待て! 聴いてない! どういう事だ⁉」
遠山は悪びれる様子も無く、一言だけ言う。
「効率的だから」
は? まるで意味が訳が分からん。
持ち場を離れては組織的に危険な事は素人の俺でもわかる。だが、この男はいきなりルールを破ったのだ。
「何が効率だよ! 戻るぞ!」
「いやいや、翔太郎! 君にはうってつけの事が起こる!」
「何がだ!」
俺は無理矢理にでも遠山を連れ出そうとした時に、悲鳴が上がる。
反射的にその方向を見ると、よくあるひったくりが起きている所だった。おいおい、オーダーがいるところでなんて軽犯罪犯してんだ。
「お仕事だ! 翔太郎! 追え!」
「お前は⁉」
「俺は別ルートから攻めるぜ!」
「私は翔太郎君と追いかける!」
遠山は一言だけいうと、路地裏へと姿を消して行った。
しょうがない! 今は犯人を追いかけるのが優先だ。
「学生部隊オーダーです! そこのひったくり犯、止まりなさい!」
華音が声を張り上げる。
元アイドルなだけあって、透き通るように良く響く声だ。その声に犯人の男は一瞬だけこちらを振り向く。なんでだ? 普通なら一目散に逃げるのに。
「止まってくれそうにないな!」
「ここまではテンプレだね!」
華音は転移魔法を発動して、その中に俺を引き込む。
一瞬で犯人の目の前まで移動すると、俺は犯人の首根っこを掴む。
「ここまでだ!」
「離せ! このガキがぁ!」
犯人が放った魔法が俺の身体に直撃する。
だが、オーダーから支給されたコートの魔法防御の前では無力だ。それに、俺は魔道具を見るとどうしても改造したくなっちまう質だ。
「効くかよ! 魔改造された術式阻害線維を編み込んだ特殊装甲衣服だ!」
「うわぁ・・・・・・みんなにソックリな所あるなぁ」
華音が何か言ったが、俺は犯人を組み伏せるとそのままそいつの両手を魔法でロックする。
「確保。全く、遠山の言うほどの事件じゃないだろ」
「どうしたんだろうね、遠山君」
華音が懐から本物の手錠を取り出して犯人の腕にかける。これでこの件は解決だ。
「翔太郎! 伏せろ!」
正面からの声に俺は咄嗟に頭を下げる。
すると俺の頭上を弾丸がかすって背後の何者かに直撃した。
「少し陣形が狂ったな。まぁ、いい!」
「遠山!」
俺が背後を見ると、そこにはナイフを構えた大男が肩を抑えていたが、苦し紛れに放った衝撃波の魔法で今捕まえた犯人を弾かれてしまう。
「二人見えなかったのか!」
「俺は天才じゃねぇ、見えるか!」
「先を走っていたはずなのによ」
遠山は拳銃を男二人に向ける。
「大人しく投降しろ、身体に穴を増やしちゃうぞ!」
ふざけた声で遠山はそう言うが、華音にアイコンタクトをとっている。華音はうなずくと、身体の力を抜いたように構えると腰の銃のホルスターに手をかける。
「チッ! 焦るからだ! 屑が!」
「うるせぇ、お前の仕事をしろ!」
犯人グループは仲が良い訳じゃない様だ。
「なら、戦闘不能になってもらう!」
遠山は一切のためらいも無く銃の引き金を引くが、大男はまるで地面との摩擦が無いように動くと弾丸をかわすと、遠山の眼前に一気に詰め寄った。
「速いな」
「死ねぇ!」
その瞬間に、銃声が二発。
一発は大男の腕、もう一発はひったくりの男が持っているバックのヒモだ。
「翔太郎君! 確保を!」
「女ぁ!」
「あっ!」
ひったくりの男は苦し紛れに風の刃で華音の顔を斬りつける。深くはないが、頬から血が流れていく。
それを見たら、俺の心臓が炎を上げるエンジンの様に燃え上がるのを感じる。
「貴様ぁ! 華音の顔を狙いやがったなぁ!」
俺は撃ちだされる銃弾の様にひったくりの男に拳を叩きつけ、気絶した男の身体を遠山と戦っている大男に向かって投げつける。
「グぉ⁉ なんだ!」
「くたばれぇ! 下衆野郎!」
怯んだ男の顔面を鷲掴みにすると、俺はそのまま頭からそいつを地面へと叩き付ける。
「はははっ! ブラボー! 出たね、お前のトリガー!」
遠山はそう言うと、俺のコートを掴む。
「さて、落ち着いてくれよ相棒!」
視界がぐるっと回ると、俺は地面へと叩き付けられていた。
「てめぇ! 何しやがる!」
「華音ちゃんがやられて一気に癇癪を起こしたな⁉ それだ! お前のトリガー!」
その時に、俺の耳に歌が聴こえて来た。
何だ⁉ これ! 歌なのに、味がある? 匂いまで、温かくて、空がとても澄んでいて美しく見える。
「落着いた? 翔太郎」
「翔太郎君、大丈夫?」
俺は唖然としていたようだ。
「あ、あぁ・・・・・・何だったんだ?」
華音は薄く笑う。
「私のスキル。声や歌を他者の五感に聴かせる事が出来るの」
「スキル・・・・・・俺と同じ様に? いや、君の瞳は紅くない」
「紅かったの」
「え?」
「コントロール出来るようになったらこの色になっていたの」
俺は立ち上がると、倒れた犯人たちを見る。
自業自得だと言えばそうだが、ここまで痛めつける必要はなかった。
「翔太郎、実験は成功じゃあ! 君のスキルのトリガーは、女性の危機!」
遠山はそう言うと、犯人をさっさと転移魔法で留置場へと送りつけてしまった。
俺のスキルの発動条件が、女性の危機?
「この程度なら直ぐに落ち着くらしいけど、華音ちゃんがいてくれて良かったぜ! でも、決定打にならないだろうなぁ~! 本気で怒ったお前はまるで猛獣じゃねーか!」
遠山の言葉に俺は胸の奥がチクっと痛む。
「ならこれで、一歩前進だね!」
華音は明るい声でそう言うと、頬の傷に回復魔法を当てている。
「俺の魔力なら直ぐに直せるだろ」
俺は彼女の頬に触れると、回復魔法を当てる。
直ぐに傷はふさがり、彼女の頬は元の張りのある綺麗な肌に戻る。
「ありがとう」
ニッコリと笑う華音はそれだけでも気高さが見える様に輝いて見えた。
俺のスキルは、もしかすると女性を守るためにあるのかもしれない。その時、遠くから俺を見る人影が見えた。
と言うよりも、見えたのは尻尾だ。
白い、猫のような尻尾。
「え?」
俺の視線に気づいたのだろう。彼女は逃げて行ってしまった。
青い右目、確か真紀と言う、伊達姉妹の妹だった。
輝く差別の象徴で彼女を見つけた。夜の背中に隠れたその姿に、男は密かに過去を思う。
忍び寄る罪と脅威、一番の疑念は空に浮かぶ月の様に、確かにあるが届かない。
似ている二人、彼女の牢獄が紅い瞳に映される。
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