操魔学園支部治安維持学生部隊オーダー 3
今回は死神の飼い猫サイドの話ですね。
ここら辺の補間はWELT・SO・HEILENで多少は出来ると思います!
少しでも楽しんでいただけますよう!
5
「バカはいつの時代もいるものだが、こいつは少しクセが強いバカだな」
死神の飼い猫こと、伊達正明は竜崎由紀子が吹き飛ばされて三神翔太郎が魔力強奪犯に負けるシーンを見届けると転移魔法で倒れている北条美樹前へと移動する。
「こいつは特に強くないし、魔力を動ける程度には補充分してやろう。アイリス、みんなを念のため集めて来て」
電子回路のような模様の仮面を被ったアイリスは黙ってうなずくと、すぐにその場から去っていった。残ったのは正明だけだが、透明になっているため他の隊員は由紀子を助け出すのに必死で気付いていない。
正明は道路に転がるあわれな男に歩み寄ると、この顔を覗き込む。
まだ完全に落ち着いてはいないが、先ほど死神の飼い猫と呼んでいたから、たぶん意識はあるのだろう。
「力に飲まれたな。誰も救えやしないか、強大な力を持っているのにな」
ハッキリと目が合った。
「見えているのか? おいおい、無意識で透視術式を組んでいるのか?」
喋れはしない様だが、正明は腰から空の小瓶を五本も引き抜くと手早く翔太郎の過剰な魔力を吸収してしまう。
紅い輝きを放つ翼は霧散し、蒼い液体となって小瓶の中に納められる。
正明は何も言わずに小瓶をホルスターへと戻すと、由希子が吹き飛ばされた建物に視線を移した。彼女があんな一撃で死ぬのなら敵でもない、と言いたいのだが先程の翔太郎を観察していた正明は少し心配事があった。
この男は無意識に様々な術式を組み立てながら戦っていた。
コイツの拳には不完全ながら超強力な封印術式が組み込まれていた。スキルによるものかとも疑ったが、そもそもスキルは術式を組み立てたりはしない。仮説であるが、この三神翔太郎はその場にあった適切な術式を無数に展開してしまう頭脳とそれに足りる魔力、そして身体能力も強化魔法で生身なにパワードスーツ以上のモノに出来るのだ。
何とも技術屋泣かせな男だ。
「中級魔法三級魔術 衝波」
正明は死なない程度の衝撃波を翔太郎の鳩尾に叩き込んで彼を気絶させる。
先ほどの攻撃で由希子の身体に異変があるかもしれない。彼女はかつて半殺しにした挙句に、意図した訳ではないにせよプライドをへし折ってしまった男の恋人だ。情けで心を壊したが、それでも竜崎由希子の存在は表の世界では希望だ。
正体を隠しているが、正明にとっても頼りになり信頼できる大切な先輩でもある。
「由希子さん・・・・・・大丈夫かな?」
瓦礫からゆっくりと彼女の様子を覗き込むと、正明は目を見開いた。
「うそ、だろ?」
パワードスーツの装甲は砕け散り、由希子は口から血を吐いてぐったりしていた。周りの隊員達が必死に回復魔法をかけているが、正明には効いていないのが一目でわかった。
急いで左目に魔力を集中して彼女の身体をスキャンする。
左胸下に裂傷、肋骨が数本へし折れており、それが肺に二本も突き刺さっている。その他にも吹き飛ばされた時に意識を失ったのだろう、パワードスーツの外装が彼女を守ったとはいえ右上腕骨の複雑骨折に加えて頭部にも瓦礫で切ったであろう傷もある。出血も酷い。それに損傷は肺だけでなくその他の臓器にも及んでいる、まるで巨大な車にでもはねられたようだ。
衝撃を受けた時に心停止していないのが奇跡。
「由希子さん!」
正明は透明化を解除して半分取り乱して由希子に走り寄る。
当然他の隊員達は驚いた後に武器を構えて彼女を守るように円陣を組む。
「貴様! 死神の飼い猫!」
「どけ! 彼女死ぬぞ! 回復魔法絶対に止めるな! 場所を移せ、出来るだけ平らな所で安静にさせろ! 速くしろ!」
正明は仮面中で隊員達に聴かれないように通信魔法をアイリスに飛ばす。
(アイリス! 速く来て! 由希子さんが、危険な状態! もしかしたら死ぬかもしれない!)
泣きそうな声でそう言うと、正明は腰のホルスターに収まっている小瓶十五本を空中へと浮かせると魔法陣を発展する。
「飼い猫! 何をする気だ!」
突っかかて来た隊員の鎧を殴りつけると、正明は声を荒げて叫ぶ。
「てめぇらのボスが死んでもいいのか! 借りあるんだ! こんな所で死なせてたまるか、邪魔するならぶち殺すぞ!」
仮面の左目が激しく発光し、それを見た隊員は腰を抜かしてしまった。
その様子を見て、他の隊員は何も言わずに剣を下ろした。仲間がやられたからではない、本気で人を救をうとしている連中の彼らは正明の言葉が嘘でないと直感で理解したのだ。
正明は更に左目で由希子をスキャンする。
彼女にかけられていたのは超強力な封印術式だ。しかも外殻に魔法阻害の障壁を張るおまけ付きだ、こんな事を何も意識しないでやるなんて天才なんて領域を完全に超越している。
「クソ! あの野郎! 起きたら一発ぶん殴ってやる!」
正明は小瓶の中にある魔力を散布すると魔法陣をさらに複雑な形状に変える。その瞬間、彼の頭の中に莫大な魔法術式の羅列と負荷がのしかかって来る。
歯を食いしばって彼はその圧力に一瞬だけ耐えると、弾き返す様に口笛を吹く。
メロディーを奏でると、その後に詠唱を始める。
「生まれしことを拒まれし、そこにある事を認められん者どもの歌を聴け。聴かずに過ぎし時に報復を、揺り籠へと返し私の穢れを許したまえ」
正明の脳に凄まじい情報量が流れ込み、魔法陣はパズルが高速で組み上がって行くかの如く変化を続ける。
上位魔法一級魔術を正明が得意とする魔装無しで使うとなるとリスクが非常に高い。正明は天才ではない、ただ体外の魔力を操れる才能と魔装技術の魔導書で見出した古の魔法詠唱を唱える事でギリギリ使えるだけなのだ。
天才と呼ばれる人々はこれらの過程を飛ばしてラグ無しに使えるのだ。
「我の中に戻りたまえ、帰りたまえ、返りたまえ、諦めたまえ! 巻き戻り堕ちし場は、無なり! 散開せよ理の中に貴公の姿はない! 上位魔法一級魔術 魔法術式強制分解施術‼」
魔法が発動する。
サファイアブルーの光が由希子の身体にかけられている外殻となる魔法阻害とぶつかる。すると、ルビーの輝きが正明の魔法を押し返していく。
「くっ! おおおおおおおおおおおお‼」
正明の視界が歪む。
圧倒的に魔力量が足りない、正明の魔法は完璧に組み立てられたものだ。それなのに押し返される。
その時に、正明のマフラーがなびいた。彼だけに歌が聴こえる、彼にとっては最も美しい彼女の声。
同時に仮面に通信魔法が入る。
(よぉ! 正明! 由希子さんは大丈夫か⁉ 念のため、俺達のウルトラスーパーアルティメット天使の華音ちゃんに歌を頼んでおいたぜ!)
(宗次郎! ありがとう! 大丈夫、きっと!)
正明は歌を元に強化魔法をいくつも組み立てて魔法術式強制分解施術をさらに強くする。
それでも現状維持がやっとだ。
「僕の出番だね、ま・・・・・・じゃない。飼い猫さん?」
背後からの声に正明は叫ぶ。
「思いっきり発動しろ!」
「オッケイ!」
「魔封じの身代わり羊⁉ こんな奴まで傘下にいたのか⁉」
魔封じの身代わり羊と呼ばれた男は正明の仲間の一人だ。中世の兜のような形状の仮面に、クセっ毛な頭からは羊のような角が生えている。長身の優しそうな声の男性は、八雲と言う正明の仲間だ。
正明達の持つ力はスキルではなく「固有能力」と言うのだが。
魔封じの身代わり羊の固有能力は魔法の不完全化。
封印術式が弱まった。その瞬間に、外部からさらに正明に強化魔法がかけられる。正明からは見えないがアイリスが援護に駆け付けてくれたのだろう。
「よっしぁあああああ!」
正明は叫ぶと封印術式を砕く。
だが、それでも術式は完全には消えていない。彼女にまとわりつく魔法の外殻を分解したに過ぎないが、これこそが正明の狙いだった。
「即死魔法!」
正明の左手がどす黒いオーラに包まれる、そのまま由希子の胸に拳を撃ち込んだ。その瞬間に封印術式は完璧なまでに砕け散り、死んだ。
「回復魔法! 速く!」
「解った」
強化魔法を解いたアイリスがドーム状のエリアを形成する。無菌エリアを作り出したのだろう、即席の手術室だ。
そして、持っていたバックから様々な薬や医療器具を手際よく広げると、何のためらいも無く由希子の服を破り捨てると患部を見る。消毒液をぶっかけて、手元の注射器に入っている薬品を投与する。
「魔医学の兎か⁉ おいおい、連続殺人鬼の見本市だ」
「彼女は医者だ。今は信頼しろ、俺たち全員が彼女に死なれちゃ困るんだよ」
アイリスは無言で手を忙しく動かしている。右手に小さな魔法陣を展開して、ダイヤルを回す様に術式を微調整しているようだが、麻酔の濃度を調節しているのだろう。
正明は小瓶をホルスターに戻そうとするが、小瓶は地面に落ちて砕け散る。
完全に魔力が無くなったのだ。
「彼女は⁉ おい、ま・・・・・・じゃない! 飼い猫!」
空から背中に翼を生やした宗次郎が降りて来る。
「今度は、魔眼の闇鴉か・・・・・・もう驚かん」
隊員は救急車の手配をしながらしっかりとした足取りで野次馬を障壁で押し返したり、倒れた翔太郎と美樹も回収している。
その中の数名はアイリスの指示を受けて一緒に応急処置をしている。流石はエリート集団なだけはあるその全てが滞りも無くすんなりと済んでしまう。
「大丈夫かはわからない。兎ちゃんを信じるしかないよ」
「大丈夫だ。彼女は強い、俺達と互角に戦う人だぞ」
「そうだよ、僕だって彼女には元気でいて欲しい」
宗次郎はそう言うが、固有能力が千里眼なだけある。状況を逸早く理解してしまったのだろう。
八雲も不安な声を出している。
「飼い猫! 透視!」
アイリスがそう叫ぶと、正明は宗次郎の魔力を吸い取って魔法を発動する。華音の歌はまだ続いているから直ぐに魔法が放てる。
由希子の身体が透けて身体の中の様子が浮き彫りになる。
痛々しい上に、直ぐにでも目を逸らしたくなるが、アイリスは慎重に折れた骨を定位置へと戻していく。
その際に起きる出血なども回復魔法の効力を薬で抑え込んで調節したり、切れた血管に魔法で膜を作って出血を最低限にとどめている。それを精密にかつ素早く行っていく。
「私を呼んで、正解。普通の回復魔法だけなら、後遺症、残ってたよ」
「隊長は⁉ 助かるのか⁉」
隊員達は既に顔の兜を脱いでその様子を青い顔で見ていたが、アイリスは淡々と言う。
「助かった。後遺症も、ない。私が、保証する・・・・・・由希子さんは死なない」
その言葉に、隊員達はその場に膝を付くと深く息を吐いた。
正明は仮面でその表情はわからなかったが、涙目で胸を撫で下ろしていた。宗次郎はその場に大の字に倒れ、八雲も仮面を両手で抑えて空へと顔を向けている。
アイリスが治療を終える。完治する訳ではないが、骨折も自作のポーションで応急処置しているため痛みは大分引いているはずだ。
救急車と、パトカーの音が近づいて来ていた。
「逃げるぞ」
正明は口調を厳格なモノに戻す。それに応えて八雲が黒い霧を出した。
その中へ入ろうとすると、背後から鎧が擦れる音がする。
そこには隊員達が剣を腰の鞘に納め、整列している所だった。
「俺達は敵だぞ?」
「今回は全てにおいて・・・・・・助けられたっ! 敵だ、お前たちは犯罪者だ! だが、隊長を・・・・・・救ってくれた事、竜王の剣部隊隊員一同をもって礼を言わせていただく!」
ザン! と足踏みをそろえる音が聞こえる。
「死神の飼い猫殿! 魔医学の兎殿! 魔封じの身代わり羊殿! 魔眼の闇鴉殿に、敬礼!」
騎士の様に右手を胸の前に水平に添えると全員が一斉に頭を下げる。
正明達は何も言わずに霧の中に消えて行った。
何も言う事は出来ない。あくまでも人殺し、正明達は感謝されてはいけない。
「本当に優秀な人、副隊長の衛さんは・・・・・・」
「どうしたの? アイリス」
「あのパワードスーツね、装着者が死なないように作られている。鎧そのものに回復魔法の術式が組み込まれていた。それに、あのパワードスーツが無ければ、即死してたよ彼女」
学園の劣等生専用校舎の噴水庭園に制服姿で出ると、正明は表情を曇らせた。
「あの男・・・・・・殺した方が良くない?」
八雲が静かにそう言うと、彼の瞳が銀色の光を放つ。
宗次郎も瞳を黄緑色に光らせている、かなり気が立っているのだろう。アイリスも同じように瞳がピンク色の光を放っている。
「そうかもしれないが・・・・・・アイツは必要だ。それに、絶対に一人であの男とは戦うな。俺がいないときは、逃げろ」
正明は左目の蒼い光を手で抑え込む。
由希子を傷つけられた事に対する怒りで全員の気が立っているのではない、これから成長するであろう奴がどのような心を持つのかで未来は変わる事を予感したからだ。
もし、アイツが力に飲まれた状態で「初代の鎧」に選ばれたら・・・・・・
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