6年前の夜に 2
真実は隠される。それだけ、価値のあるものだから
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6年前、まだ正明が魔装を使いこなせていなかった時期だ。少しの魔法、ある程度の魔装、そして仲間達とも今の様に仲良くは無かった。
その日、正明は街で起きた強盗事件に単身で首を突っ込んで店ごと犯人を焼き殺した。力の制御、ではなくその場にいた犯人が正明の放った可燃性の気体に火を放ったのが原因だった。炎は犯人たちを生きたまま燃やした。阿鼻叫喚の叫びは無かった、正明が連中の喉を潰していたことが原因だ。
店員や人質にけが人は出なかったが、声も無く焼け死んでいく人間を間近で見てしまった者の中から精神的な疾患を患った人も現れたらしい。
そんな地獄の様な事件の帰り道に、正明は1人の少女に出会った。
暗い街の路地裏、屑共が蔓延る裏の道。そこにツインテールに髪を縛った小さな女の子が泣きべそをかいていた。少女は正明を見ると飛び上がる様に仰天した。それもそうだ、正明の姿は今とは違って真っ黒なローブに今も付けている仮面、腰からは怪しげな光を放つ小瓶、怪しい所か事件が服を着ているかのような見た目だった。
正明は怯える彼女にローブをとって近づくと、少し話して人の居る所まで彼女を護衛した。絡んでくる連中もいたが、正明は魔力を吸いつくして動けなくしてその場を乗り切って行った。幼い女の子の眼には不思議な力で自分を守る怪物、蒼い瞳に蒼く光る水を空中に浮かべる姿からとても人間には映らなかっただろう。
やがて人気のある所に来ると、正明はワザと大通りにその姿のまま飛び出した。何かを聴こうとして寄って来た警察に女の子を預けて黒い霧の中へと姿を消した。
「今思えば、酷い事をしたから良い事しようってだけの話し。僕は、あの子を罪悪感から逃げる為の免罪符にしたんだ・・・・・・褒められた事じゃ無い」
正明はそう呟くとテーブルに座る華音を見た。彼女は微笑を浮かべて正明の頭を撫でた。男としては複雑だが、正明自身もこうされることは嫌いではない。
「それでいいと思う。免罪符だろうと、その子は救われて今でも元気なんでしょ?」
「そうだけど、尊敬されるのは違うよ。僕はそんな」
「正明は、私を尊敬してる?」
「当たり前だよ。君ほど優しさに基づいた強さを持つ女性を知らないし、僕とは違う真っ直ぐな目をしている。まるで、春先に照らす昼下がりの太陽みたいだ」
「私も同じ」
「え?」
華音はニッと頬を少し赤くしてそう言う。
「正明は両極端で、飼い猫のあなたは悪の魅力。そして、私や皆といる時のあなたは正義の魅力。私はあなたの泣いても、挫けても、大怪我しても自分の意思を曲げない所が好き。理由はそれだけ、私にはない強さを持つから」
華音は正明の両目をエメラルドグリーンの瞳で見つめる。正明はそれを見ると嬉しさと、大きな不安と恐怖に襲われる。
彼女を失う事がたまらなく恐ろしいのだ。いや、彼女だけではない。彼の心は脆い、真紀や仲間たち、使用人、皆が彼を支えている。
下手をすると、彼は瞬く間に過去へと還る。拷問と滅びと深すぎる悲しみをまとった死神の飼い猫に。
「正明?」
「あっ、ごめん少しボーッとして・・・・・・ごめんね。せっかくご飯食べに来たのにこんな話して」
「そんなの気にしなくて良いよ。こんなこと、昔からの仲間たち意外には話さないでしょ?」
「ん? 皆に嫉妬した?」
「むぅ、またそうやって他人の中を見る」
華音は少し膨れっ面になるが、正明には他人の表情から心情を把握するなんて事は日常的な事だ。
実際に心を読めたりなんかしない。そんな魔法はあるかも知れないが、おいそれと出来るのはそれこそスキル持ちだ。
「そんな事しないよ。顔に書いてあるだけ」
「・・・・・・正明。何か、悩み事とかあるんじゃない?」
「そうだね、君をどうやって笑わせようか? お店探していたら安いファミレスで落ち着いて内心出費が痛くならなくて良かったとかかな?」
正明は少しおちゃらけて誤魔化す。悩みしか彼にはない。
「正明は泣き虫だけど、隠すの上手いから。無理はしないで?」
華音は正明をまた優しく撫でる。テーブルに突っ伏している彼はふにゃっと気持ち良さげな顔になる。
「オーダーはどうなの?」
正明はふとその事を聴いていた。
「ん? 女子が殆どだけどあれほどまとまりが無かったのに、今は皆が一体になってる。翔太郎君、モテるからね」
「モテる?」
「うん、認められたいって皆が頑張ってる。でも、彼を好きじゃない人間は調和を乱すって雰囲気が広がってる。私は殆ど独りで行動してるから大丈夫だけど、隊で動く人は悲惨だよ」
「似たような事を僕もしているね。なんだか、ファンが増えてさ・・・・・・さっきも女の子に絡まれたよ」
正明の頭を撫でる動きが止まる。
「お、女の子?」
「うん、ツインテールの可愛い子だったね。昔助けてね、それからファンなんだってさ。変な気を起こさない様に注意しようとしてら彼女、殺しはしないで犯罪を憎む気持ちを汲んで真面目にオーダーで活躍中らしいね」
「あの子か、朝に隊長室へ挨拶に行っていた子。かなり優秀だったね」
「やっぱり? 強い子だな? って思ってたけど・・・・・・また嫉妬してる」
「えっ!? そ、そんなの、してないよ!」
「嘘つきだね、僕には及ばないけど」
「女は嘘つきな生き物だからね。お互い様だよ」
正明は少しばつの悪そうな華音を見て笑顔を浮かべる。
「ねぇ、正明?」
「ん?」
「私達って、友達?」
「え?」
「私は正明の友達なのかな? って」
正明は頭を上げると華音を正面からみる。彼女の表情は真剣なものだった。
友達、なのは確かだ。
だが、正明はそんな彼女に先ほどの不安と恐怖を再び抱いた。彼女がどんな意味でそう言ったのかは当然、正明は理解している。まだ、正明を女の子と勘違いしているが、彼女は本気だ。
だが、正明は彼女に何も伝えられない。
「親友だよ、華音」
その言葉に華音は少し寂しそうに笑うと、「うん、親友だね」と正明の手を優しく握った。
彼女の気持ちを受け入れたくて堪らないが、正明は踏み込めない。
確実に彼女を闇に引き込む事になる。仲間達のように、これまで傷付けて来た人びとの様に。
正明は華音の手を握り返すと、小さく彼女に聴こえない程小さく呟いた。
「本当は好きだよ」
*
その様子を千里眼で観ていた宗次郎は鬼の形相でチェーンソーを街路樹に向けて振りかざしていた。
「告れぇえええ! あの玉ナシ野郎ぁあああ!」
「このバカ! 何しているんですか!」
志雄が取り押さえて未遂に終わるが、一体このチェーンソーは何処から取り出したのだろう。
デバイスで宗次郎の視界を共有していた京子も溜め息をつく。
「何処から観てもお互いに好きじゃん! もう! 正明はなんで躊躇してるの!?」
「京子ちゃん、正明君にも色々あるんだよ。たぶん、僕達もその原因の一つかもね」
怒る京子をなだめた八雲はデバイスを閉じると缶コーヒーを京子に渡す。カフェオレで甘いものだ。
「私達? どういう事? 正明に激しいセクハラでもしたかな?」
「加々美はセクハラし放題。この前も、お風呂に突撃してたくせに」
「女の子は許されるのです!」
「限度が、ある」
シャボン玉をソファーの様にしているアイリスは、歩道橋に登っている加々美に呆れるように呟く。
それに志雄が口を開いた。
「正明には負い目が有ります。最近も一般人が巻き込まれました。華音さんをそんな所に連れて行きたくないのかも知れませんね」
「なにそれ! そんなの正明が怖いだけじゃん!」
「一番恐がりでしょ? 正明君は、いっつも失う事から逃げるからね」
憤る加々美に八雲がフォローを入れるが、彼女は今一納得出来ないと言わんばかりにほっぺを膨らませると、姿を消してしまう。ビルや、街路樹から音が聞こえる所を見ると、何処かへ行ってしまったのだろう。
宗次郎はチェーンソーを空間に仕舞うと、二人の様子を再び観る。
「ったく、女友達どうしの遊びって雰囲気じゃねーよ。どう観てもデートだろ、あれ」
「あんまり考えこんで欲しくないよね。正明には」
カフェオレを飲みながら、京子がそう言うと仲間たちは静かに頷いた。
「まだ、私達は弱い。正明に護られている状態です・・・・・・悔しいですが」
「それなら、簡単。強くなるしかない、私達は単体でも戦える様にならないと」
志雄にアイリスも賛同する。
「なら、模擬戦でもする? 久しぶりだね」
「うへー、私達嫌い」
「あれ? 加々美ちゃん? 何処か行ったんじや?」
「二人の後ろにまで行ってきた。二人とも楽しそうだったよ?」
「その固有能力、絶対に悪用は・・・・・・もう遅いか」
八雲はそう言うと頭を抑える。彼女の性格を思い出して悪用意外に使う様子が思い浮かばない。
「そうと決まれば特訓か? それとも、正明には」
「伝えますよ。模擬戦で彼をボコボコにします、私達を勝手に弱く見てビクビクしている罰です」
「そうこなくっちゃな! はははっ! 帰って来たら泣くまでやってやる!」
志雄と宗次郎がそう叫ぶと、仲間達は突然のサイレンに一斉に反応した。
どうやら何かあったようだ。
「見に行く価値、あるんじゃない?」
アイリスがそう言うと全員が仮面を着けて駆け出していた。
*
魔法掲示板に広がる言葉たち。
(警察が助けてくれるのか?)
(オーダーだって、仇は討ってくれない)
(正義は綺麗事じゃない! 彼女達は金じゃなくて、正義のために戦っている!)
(ゲス野郎を殺してくれてありがとう)
(死神の飼い猫は、真の正義だ)
(警察の正義って、何?)
(問答無用でストーカーを叩きのめしてくれた時はスッキリした! そいつ、両足へし折られて歩けないって。殺されそうだったから安心出来たよ。警察は見回り強化ぐらいしかしてくれない)
(ガラの悪い連中が彼女が出てきたってウワサだけでうろつくの止めたな)
(強い魔法使いが好き勝手やるのはいつの時代もだけど、これは良い。歴史上、犯罪者達に立ち向かった黒い魔法使いはいなかった!)
(あの仮面、カッコいいな)
(ヤベー魔法使いを束ねたのが、死神の飼い猫だろ?)
(彼女に集おう、彼女たちの正義を信じよう!)
悪の魅力。染まるは、黒。
偽りの正義、煽られし虚像。
身勝手に幻視される死神の飼い猫。
我らを弄ぶのは誰か?
私達を揺らすのは誰か?
俺達を操る者は誰か?
僕達を笑う者は誰か?
信じる者は誰か?
誰が、我々の主なのか?
罪上げた瓦礫のような虚塔
有象無象の者よ、主は誰ぞ?




