第三話 アリス
伊達正明はめんどくさい奴です。
鳴神華音もめんどくさい奴です。
周りの仲間はバカの見本市です。それでも楽しんでいただけたら幸いです
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日本に戻った竜崎由希子はオーダーの状態を見ると壁に頭から突っ込んだ。
普段からクールな彼女がそれをやるのだから周りの女子隊員達は驚きを隠せずに小さな悲鳴をあげる。彼女は御堂からの通信魔法で聞かされていたから事前情報はあった。だが、人を殺したり命令違反の末に死者がでたり、再起不能の重症を一般人に与えたりなどしない限りはこんな追放を許す訳にはいかないのだ。
からかっていると鼻で笑った自分の浅はかさを彼女は呪う。
本当に戦闘部隊の男子隊員がほぼいなくなっていたのだ。書類上でも除隊扱いになっている。
壁から頭を引き抜くと、魔法で修復して目付きを彼女は鋭く光らせた。
理事長の気でも狂ったのか、と話をつけに行っても奴はもっともらしい意見を述べてばかりでまるで平行線だ。連中がしたことは確かに重い罰則は与えられるが、除隊で隊員達がどうなるかなんて想像に難くない。
確実に学園に居場所を無くす。そして、魔法の才能が常人よりもあって精神に異常をきたしたら驚異的な犯罪者予備軍の完成だ。
「三神翔太郎は、何処だ?」
「た、隊長室にいます」
「ありがとう」
由希子は真っ直ぐ隊長室へ向かい、その扉を蹴り開けた。
中には翔太郎と、美樹、そして新人メカニックの百合がいた。
「やってくれたな! 私が不在の間に何をしたんだ!」
「見ての通りです」
「ふざけるな! 私の帰りを待たなかった理由はそれか!? 私がいない方が、話を通し易いからな!」
「違う! 奴らは許されない事をした!」
「言う通りだ! 二、三週間の自宅謹慎! パワードスーツの没収! このレベルのな! 除隊だと!? ふざけるな!」
由希子の殺気は犬猿の仲の美樹すら黙り込む程で、百合は涙目で腰を抜かしている。
だが、翔太郎は微塵も怯んでいない。
「一般人への怪我人を出してその程度の罰? オーダーはそんなに甘い組織なのか!」
「甘く観てるのは貴様の方だ。この優等クラスの奴らを知らない! 辞めさせられた奴らは学園で居場所を失う。まるで犯罪者の様に扱われ、陰湿ないじめが起きる」
「相変わらずの屑どもが」
「お前も変わらん、奴らと! 貴様を隊長にしようと言う連中の口車に乗った私が愚かだった! 明らかに、克服出来ていない・・・・・・華音の様になってくれたと思ってた」
由希子は背中の大剣を引き抜く。
その動作に翔太郎が逸速く動いて、一瞬で由希子の腹部に拳を叩き込んで来た。
「興奮してるな。少し眠っててもらおう」
「貴様のせいで寝てる暇なんか、無い!」
「なっ!?」
由希子は翔太郎の手首を捻り上げ、大剣の腹で翔太郎を殴る。そして、軸足を払って床に投げ倒すと氷結魔法で彼の身体を拘束して顔の横に剣を突き立てる。
「速いが、調子に乗るな」
「特殊な、魔具か。流石、御堂から装備を」
「違う、あらかじめ身体に防御魔法を二重に張っておいた。お前は絶対に頭に血が昇ると襲ってくると読んでたからな」
由希子は拘束を解くと翔太郎を解放する。直ぐに美樹が駆け寄ってきて身体を魔法で暖めている。
百合も翔太郎を心配そうに見ている。そして、扉の隙間から攻撃的な視線を向けて来ている女子隊員達。
由希子はそれで大体を悟ると、呆れた様に首を回して大剣を背中の鞘に戻した。
「女からの人望はあるようだな。成る程、それで・・・・・・もういい。好きにしろ後のフォローは私が行う」
彼女は、背後で見ていた女子隊員達を無視して通りすぎて事務所を出た。
するとそこに華音が立っていた。珍しく暗い顔をしているが、由希子は優しく彼女の名を呼んだ。
「どうした? 華音」
「由希子先輩、私その日はオーダーにいなくて・・・・・・止められ無くて」
「気にするな。お前のせいじゃない・・・・・・奴はもしかしたら精神汚染が進んでいるかも知れないが、攻撃的なスキルだ絶対に無理はするな。行動する時は私か御堂、剣部隊を頼れ」
由希子はそれだけ伝えると、再び大学へと歩き出した。
「先輩! ありがとうございます」
由希子は華音の声に手を振って応えた。
そして、口の中で彼女は呟いた。
「なんで、理事長達が承諾したのかは謎だがな」
*
「優等クラスの面汚しが」
「所詮は見掛け倒し、戦闘以外ではゴミという訳だ」
ボロボロにされた古都ワスレは複数人の男子生徒にリンチを喰らっていた。校舎裏の人気の無い所に間に合わせの様な阻害魔法を張って探知できないように細工まで行っている。
「我々、優等クラスには失敗作は要らないんだよ。君の様なね!」
男子生徒はワスレの顔面を蹴りつける。口を切ったのだろう、彼は唇の端から血を流している。
だが、彼は黙ってそれを受ける。何故なら、彼もまた同じ事をして来たからだ。劣等クラスにいる生徒達も見下して見かけては小突いていた。
だから、今彼自身は目の前の相手の気持ちが良く分かる。
下らない優越感に浸るため、自分は何でも出来ていると言う感覚を味わうためだ。因果応報、彼は今過去の自分自身に制裁を加えられている様な物だ。
何人もの生徒に蹴られて意識が途切れそうになったその時。
「おい、その辺にしておけ」
「あ? おい、阻害魔法いい加減に張るなよ」
「白けちまうだろ」
「って! おい、やべぇぞ! 竜崎由希子だ!」
そこには大剣を背負った竜崎由希子の姿があった。
彼女は大剣を建物に立てかけると、ゆっくりと迫ってくる。
「見逃せないな。そいつを離せ、そして、二度と構うな」
「はぁ? 優秀な人間が弱者を淘汰して何が悪い」
「解りやすく言おうか? 失せろ」
「この女ぁ!」
由希子は魔法を放って来た男子にほぼ同時に魔法を放つ、空中で衝突した魔法は粒子の様に散っていくが彼女は更に魔法陣を両腕にまとって男子の攻撃を防ぎつつ彼を殴り飛ばす。すると顎先を貫かれた男子の意識は大気へと逃げていく。
他の連中に彼女が睨みを利かすと、一目散に気絶した男子を連れて逃げ出して行った。
「大丈夫か?」
「は、はい。竜崎・・・・・・隊長」
「私はもうオーダーじゃない」
「そうですが、貴女の背中を追っている時が一番楽しかった」
「お前達の境遇は聴いている。すまなかったな、力になってやれなかった」
「我々に原因があります。竜崎隊長に同情される資格なんか、ありません」
「そうか、で? どうするつもりだ? これから」
ワスレは由希子の言葉に苦い顔をする。
由希子は彼の表情を見て溜息を吐いた。その表情は呆れではない、これからの仕事に対してのものだった。
「みんなを連れて、私の下に来ないか?」
「え!?」
「竜王の剣部隊を創立した理由は、オーダーを、そして、優等クラスと劣等クラスの確執を無くすためだ。お前も気付いてないか? この制度の下でみんなが、おかしくなっている。これからの時代は限られた人間の時代じゃない・・・・・・魔法使いとしての力じゃない、人間としての力を信じるんだ」
由希子はワスレの瞳を真っ直ぐに見つめる。
彼は彼女の言葉に衝撃を受けていた。更に彼女は続ける。
「人間価値は、魔法なんかじゃない。それを証明する! 手始めに、このふざけた制度も組織も! 全てを完全粉砕する!」
由希子は掌にある氷の術式を握りつぶして叫ぶ。
そして、黙ってワスレに右手を差し出す。
彼は本心が既に決めていたと言わんばかりに彼女の手を強く握り返していた。
「復讐じゃない、新しい道を行こう」
由希子の言葉に、ワスレは涙ながらにその場に膝を付いていた。
*
「逃げるな! クソ猫女ぁ!」
「なんで僕の方に来るの!?」
「お前が一番俺をコケにしやがったからだ!」
「黙れ! ハゲろ! 金髪がアダになってハゲろ!」
「飛ぶな! 走れ! 体力なくなって、風邪で三途の川渡れ!」
正明は劣等クラス専用校舎を逃げ回っていた。背後からは柚希が鬼の形相で追いかけてきている。小学生の様なイタズラがアダになったのだろう。
かなりお怒りの様だ。
「女の子を追いかけ回して! 華音に言いつけるぞ!」
「ふざけんな! 彼女に言ったらぶち殺すぞ!」
「なら優等クラスに帰りなよ!」
背後から火球が飛んできて正明をかすめた。撃ち落とす気だろうが、正明はポケットからデバイスに似た魔具を取り出すと背後にポイッと投げる。すると、魔具が網状に展開されて柚希に絡まると中途半端に強力な電気が流れる。
「うべべべべべべべべべ! クソ、中途半端に効く! アイツのポケットは殺人鬼のおもちゃ箱か何かか!」
「じゃーにー」
「逃げるな! ハエ見てぇに飛びやがって!」
網を引きちぎると柚希はお返しと言わんばかりに電撃を飛び回る正明に食らわせる。
「うぎゃあ! うぅ、しびれれれれれ」
流石に聴くことがあったからなのか手加減したようだ。正明も痺れると、フラフラと校舎の窓から校庭の砂場に不時着している。
「くっ、漏らしたらどうするんだ。生き恥だよ・・・・・・もう」
「捕まえたぞ! この!」
「ひゃあああああ! 助けて! 犯される! いやぁあああ!」
「変な声出すな! 黙れ!」
傍から見れば身体の小さい女の子を電撃で砂場に落して、それに馬乗りになっている様子は完全に事案である。本質は男同士のケンカなのだが、正明の要旨は学園の殆どの人間が女と信じて疑わない程だ。
大きな瞳をうるませてペチペチと柚希を殴るが、全く通じない。そこいらの女子の腕力にも敵わないであろう彼の力では振り払う事すら出来ない。
魔法で倒そうにも正明がそんな魔法を使えば確実に怪しまれてしまう。現状では色んな魔具でイタズラをする厄介な奴程度の認識だろう。
「キック!」
「うおっ!」
横から飛んで来た蹴りに柚希は砂場を転がった。正明は腰から魔法で青白い尻尾を形成すると立ち上がる。
「お姉ちゃん、教えてあげればいいのに」
「僕にはわからないよ、からかっただけなのに」
同じく腰から尻尾を出した真紀が正明と並ぶ。
同じ顔をした二人が並ぶその光景は一種の神秘を感じさせる。
「貴様ら、劣等クラスの分際で!」
「ごめんなさい!」
真紀が頭を下げる。
その行為に柚希が気の抜けた表情をした。
「姉を許してください! 姉は、華音お姉ちゃんが大好きで嫉妬してただけなんです!」
「は? 大好きって、女同士だろ?」
「そういう人もいます!」
「真紀! な、何言って!」
正明は顔を真っ赤にして彼女を止めようとするが、柚希は何か少し考え込むような仕草を取る。
そして、顔を青く染めて転移魔法で作ったゲートの中に一目散に飛び込んで行った。
「ふぅ、わかってくれたね! お姉ちゃん」
「絶対違うよ真紀! アイツは絶対華音の所に行ったよ!」
「なんで?」
「だ、だって・・・・・・華音が好きな人って・・・・・・僕じゃないの?」
正明は言うのが恥ずかしくて堪らないといった顔で小声でそう呟く。
「え!? し、知ってたの!?」
「だって! あんな特徴言われたら、期待しちゃうよ! 美化してるけど、それを言っている時に彼女、ずっと僕を見てたから・・・・・・窓ガラスに映ってた」
正明は叫ぶように真紀へとそう言うが、小柄で細い身体、猫の様にパッチリした目に紅くした頬、少しうるんだ瞳はもう男の物じゃない。
実の妹の真紀でさえ可愛いと感じる。奇妙なモノだが、正明は性格からして猫の様だ。それだけの熱い思いがあるのなら伝えればいいのだろうが、彼には罪悪感や華音を穢したくないと言う思いが邪魔をしているのだ。
その癖にときどき彼女に近づいては頬っぺたを突いて来るような事ばかりしている。まるで飼い主に時々甘える猫のようだ。
その上で、他人の感情に敏感と来た。そんな兄へと真紀はズパッと言う。
「告って」
「嫌」
「告って!」
「イヤ!」
「なんで!」
「大好きだから! 僕なんて最低な男じゃなくて、もっといい人に」
「じゃあ嫉妬しないの!」
「だからだよ! どうすればいいのか解んないよ! 僕だって、もうどうすればいいか」
正明はそう言うと怒ったような顔をして去っていく。
真紀はそんな兄の背中に付いて行く。そんな事を言う彼だが、本当は華音を誰にも渡したくない思いと彼女の幸せの為なら自分が居なくなる覚悟も決めている事を真紀も仲間も知っている。
だが、誰よりも不器用なのだ。
正明は恋にだけは勇敢になれない。
「じゃぁ、決闘挑まれちゃうね」
「何とかするよ。僕は魔法を使わないで勝たなきゃね。でも、僕はずるい男だよ?」
そう言う正明の笑顔はいつも怪しい魅力を放つ。
どうやら、柚希を倒すのはとても楽しみにしていそうだ。
拗ねて怒っていた黒猫が、怪しい笑みと共に立ち上がる。
冷たい風は病を北より運ぶ
野火のように広がる混沌
水面下に潜む闇
人間の本質は理想か、感情の奔流か?
蛇が林檎を持ちて、這いよる音が聴こえる




