第一話 飼い猫の憂鬱と新人メカニック
伊達正明はよく子猫に化ける
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伊達正明は学校の屋上で五体倒置していた。その顔はいつもの覇気が抜けてまるで熱されたマシュマロのようになっている。しかし、機嫌の良い溶けかたではない、失意や無気力感を象徴するそれだ。
時刻は昼休み。
購買の生存競争に、授業をサボってた加々美を使う事で勝利を納めると言う汚れた戦利品達を食べながら、宗次郎が溶ける彼の頭をつついた。
「大丈夫か? まだあの夫婦のこと気にしてんのか?」
「ンーニャ、僕は紫の瞳をした男について考えていたけど?」
「嘘だな。それなら前に俺達全員に話したろ? 奴は俺達、いや、確実にお前の素顔を知っているってな」
宗次郎はそう言うと、自前で買っていたコンビニの弁当まで開けると美味しそうに食べ始める。正明はゆっくりと身体を起こして自分のカバンから弁当箱を取り出す。
他の連中も購買のパンなんて既に平らげてそれぞれが持参している食べ物を口に運んでいる。相変わらずアイリスは志雄が作った弁当を食べさせられている。彼女は放っておくとお菓子しか食べないのだ。
「そう、だったね」
正明は気のない返事を宗次郎に返すと目の前に置いた弁当箱を無表情で眺めている。
そんな彼の隣に妹の真紀が座る。
真紀は笑顔でその弁当箱を見ながら無邪気に言う。
「良いなぁ、華音お姉ちゃんのお弁当。華音お姉ちゃんの作るご飯美味しいよね!」
「僕も嬉しい」
正明は生返事を返す。そう、彼の悩みの種はこれなのだ。
その時に加々美が伊達兄妹を覗き込む。どうやら、戦利品と自前の兵糧は食いつくしたのだろう。それでも、手がつけられてない弁当に目を光らせている。流石は狼人間と言えるだろう。
「正明! 食べないの!? なら私が美味しく」
「手を触れるな! 駄犬!」
正明は弁当箱に手を伸ばした加々美を右掌に衝撃波をまとわせて吹き飛ばす。食べたばかりなのだが、加々美も綺麗に受け身を取って物欲しそうに弁当箱を再び凝視する。
「これは僕のだ!」
「食べきれないクセに! 私にも少しよこせ! グルルル!」
加々美は狼が獲物を狙う様に姿勢を低く構える。それに対して正明も怒った猫の様に身構えている。
そんな加々美を京子が口にパンを突っ込んで黙らせているが、正明が華音の弁当に中々手を出さない理由は、一つにその弁当箱がデカい。
一人前なのだが、働き盛りで体格の良い男性の弁当箱と言った感じだ。食の細さが少食の女子高生並みの正明には多すぎる。みんなと食べてね、と言うことだろうが正明は変な独占欲によって仲間に分けるのを渋るのだ。
そして、結局食べきれずに仲間達が殆どを持っていく事への無力感を恐れている。
これが、彼が手をつけない理由だ。
「今度こそ僕が全部食べる! その為に昨日の夕飯から何も食べ無いで来たんだ!」
「バカだろお前」
長いタバコを咥えながら巧が笑うが、正明の表情は真面目そのものだ。
彼は箸を持つと殺人犯と対峙する時以上の気迫で弁当を食べ始める。
15分後。
「ぐふぅ・・・・・・」
弁当の物量は死神の飼い猫を見事に打ち砕いた。
「邪魔者は死んだ! 私の物だぁ!」
子猫は狼に踏みつけられ、弁当は仲間達が持って行ってしまう。
実際に半分も食べる事すら叶わなかった。
「はぁ、僕が八雲や宗次郎みたいに身体が大きかったらなぁ」
正明は拗ねた顔で二人を羨ましそうに見る。
八雲は正明の頭を撫でながらニコニコして「可愛いな~」と呟いている。その行為に正明は少し怒った顔をすると、八雲が口を開いた。
「その姿が僕達にとっての正明だからね。そんなに拗ねないで、どんな姿でも関係ないって言って僕達を助けてくれたでしょ?」
「その、そうだけど・・・・・・僕も、一応は男なんだよ?」
「知ってるよ。お風呂とか広いから一緒になる事多いからわかるよ」
「そうじゃない! プライドが、その」
「あぁ、なるほど。でも、結構女々しいよね、正明は」
正明はムッとするとフードをかぶって丸まってしまった。猫になっている事が多いためか、彼の身体を丸める技術はなかなかのものだ。
「拗ねちゃった。お兄ちゃんはこうなると長いの!」
「ごめんよ、真紀ちゃん」
「確かにお兄ちゃんは見た目も心も女の子見たいだけど、いざって時は凄く男らしいんだよ!?」
真紀に怒られた八雲は困ったと言わんばかりにメガネの位置を正している。
弁当は仲間達の手によってあっという間に空になってしまった。
「僕なんて男か女かわからない物体Xなんだ」
「なんて繊細な人なんですか、変態ではありますが面倒な男ですね」
猫の様に志雄に服を捕まれて引き上げられる彼だが、何気に同じ顔をしている真紀も「男か女かわからない」と言う言葉にショックを受けて震えている。
その時だった。
「すみません! 遅れてしまいって、あれ?」
紅のネクタイ。優等クラスの生徒であろう女の子が屋上に入って来た。
それを正明達が不思議そうに凝視する。
「あ、あれ? オーダーの技術部門はここじゃ?」
「ここは、劣等生専用校舎、オーダーは、優等生専用校舎」
アイリスが優等クラスの方角を指差すと、女子生徒は顔を真っ赤に染めて、
「ごめんなさい! 間違えましたぁ!」
そう言って慌てて走り去って行った。
「なんだろう?」
京子がのんびりと呟くが、正明は拗ねているものの女子生徒の言動に少し怪訝な顔をしていた。だが、歌が聴こえてきた事でその違和感は彼の頭けら消えた。
正明は優等生専用校舎から聴こえてくる華音の歌に少し元気を取り戻しすと、志雄の手から逃れてマフラーを首に巻く。
「また、レッドバロンからだね。はあ、ごめんよ・・・・・・お弁当全部食べれなかったよ」
「元々、みんなへって、感じだけどね」
アイリスも彼女の歌を聴きながらそう呟くが、そこで突然歌が止まった。
「ん?」
「何か、あったんですかね?」
「どうしたんだろ?」
志雄と八雲は目を凝らして優等クラスを観るが、何も見えない。そこで、宗次郎が千里眼を発動する。
「天使の歌声を邪魔するゲスは誰だ? ドタマに風穴開けてやるぅあああああああああああ!?」
宗次郎がいきなりバカ見たいな声でひっくり返ると、打ち上げられた魚の様に痙攣し始める。
「宗次郎! どうしたの!? メディック! メディック!」
「心因、性の何かだね」
暴れる宗次郎を踏みつけてアイリスがそう言うと、京子は心配そうな顔から真顔に変わって「じゃあ良いや」と冷たくいい放つ。
「華音、ちゃんが、男といる」
正明はデバイスで宗次郎の視界を借りて彼女の様子を見ると、金髪で長身のイケメンが華音に親しげに話しかけている。正明はマフラーを通してその声を聴いていた。
(君が好きだった! 誰も心に決めた人がいないなら、付き合って欲しい!)
そのセリフと、顔を赤くする華音を見て、正明もその場にぶっ倒れると、猫になってマフラーの中で悲しそうに「ふみゃあ~~」と鳴いた。
新しくなっていく世界に人の欲は欠かせない
月のように満ちていく時に、金属が擦れる音を聴く
嫉妬と無力感は残された者を蝕んで行く
子猫が塀の上でうなだれる




