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猫は少年の足元で空を見ろと鳴く(1)

WELT・SO・HEILENの後日談と言うか、実質本編の様なモノです。


 翔太郎は教室の中でボーっと窓の外を見ていた。

 校門で出会った魔力強奪犯。猫の様な殺人鬼、死神の飼い猫。

 一日の内に一気に出くわした裏の世界の住人達。翔太郎は頭を抑え込んで無理矢理思考を授業へと向ける。つまらない授業でも、現実逃避の役には立つ。


「クソっ、何なんだアイツ等? 死神の飼い猫は妙な奴だし」


  外からは紅の優等生が行う魔法実習の音が聞こえる。

 電気が破裂するかのような音、爆発音、風が舞う音が喧しくない程度に蒼の劣等生専用校舎まで届いてくる。

 紅の優等生と蒼の劣等生はカリキュラム自体が違う。

 向こうは基本的に実技中心、直ぐに座学の知識なんか吸収してしまうからだ。

 紅の優等生専用校舎から蒼の劣等生専用校舎は見えなくなっている。完全に失敗作と成功作を分けるためだと言われている。


「うるせぇな」


 苛立つが、直ぐに心臓の動きは鎮静化される。

 薬を使う必要ありかと身構えたが、翔太郎はそのあまりの精神の静まり具合に驚く。今の自分は信じられないほどに、冷静だった。

 授業終了のチャイムを聞きながら翔太郎はまた彼女に会おうと考えていた。もしかしたら、彼女はスキルの事に詳しい可能性がある。

 翔太郎はその時、教室に入って来る一人の女子生徒が目に入った。

 と言うよりも周りが騒めいたのだ。


「三神翔太郎は此処にいるか?」

「はい! そこにいる男です!」


 クラスメイトの男子が弾かれたように女子生徒の質問に答える。まるで上官に敬礼をする軍人の様だ。

 翔太郎は彼女のネクタイの色で紅の優等生だと悟る。


「三神翔太郎だな?」


 翔太郎は彼女の顔を見た途端に息を飲んだ。

 気丈な瞳はしっかりと翔太郎を見定め、長い髪はまとめられずに背中に流されて素人目でも艶があると思えるほどに美しかった。長い脚は蝋のように白く、そういうフェチを持っていたら見入ってしまうだろう。彼女はハリのある声で翔太郎をもう一度呼ぶ。


「お前が、三神翔太郎でいいんだな? 何とか言え」

「あっ? あぁ、そうだけど?」

「ふん、態度はデカいな。お前の活躍は聞いている。スキルを使い、格闘のみで彼の魔力強奪犯を撤退させたようだな?」


 翔太郎は朝の事件を駆け付けたオーダーにそう説明した。

 死神の飼い猫とも出くわしたと語ればさらに面倒な事になったであろう。

 彼女の事は知っていた。と言うよりは、この学園にいる人間なら知らない人間はいない。


「オーダーの元隊長様が、何の様で? 竜崎由希子、オーダー取締役殿?」


 この街で警察と肩を並べる治安維持組織の重鎮が、目の前にいる。それ程にあの魔力強奪犯は恐ろしい奴なのだろうか。彼の態度は奇妙であった上に、恐ろしい奴である事も理解できたが何処か身近な感覚がする存在だったこともあり、そこまでの脅威には思えない翔太郎は由希子の登場に動揺を感じていた。


「君が隠し事をしていると思ってね。もしかしたら、あの場には君以外の魔法使いがいたんじゃないか?」


 由希子は怪訝な表情で翔太郎を睨む。

 まるで人間じゃない様な気迫だが、翔太郎のプライドはそんな事では折れたりしない。そもそも自分は被害者なのだから。


「知りませんが? あの場にいたのは俺一人だし、仮にいたとしても何故姿を眩ませる?」


 翔太郎の言葉になるほどと首を縦に振る由希子は、おもむろに自分の左腕に右手から火球を放ち自らを傷つけた。肉の焼ける匂い、滴り落ちる血の匂いがそれは現実のものであると告げる。決して幻術ではない。


「何してんだよアンタ⁉」

「あぁ、うっかりしていた。右手を焼いてしまった・・・・・・治してはくれないか? 修めているだろう? 回復魔法は」

「ふざけんな! 俺は蒼の劣等生だぞ⁉ 出来る訳ないだろ!」

「そうだろ? ならおかしいのだよ。なんで、あの女子生徒が無傷なのか? 彼女達の話だと、確かに大怪我をしてしまったが目を覚ましたら傷一つ無かったらしい。あの場にいたのが君だけならば、彼女達の治療は君がしたことになる。違うか?」


 翔太郎は唇を噛みしめた。

 迂闊だったのではなく、彼自身の魔法使いとしての力量としての問題だ。


「さあ、これで隠し事は出来ない。三神翔太郎、教えてくれないか? あそこに誰がいた?」


 死神の飼い猫の仮面が脳裏に浮かぶ。

 別に義理は無いが、何処か癪だ。そもそも、優等クラスは劣等クラスの敵だ。

 翔太郎は舌打ちをすると、一言だけ返す。


「当てて見ろよ。頭良いんだろ?」

「そうだな。死神の飼い猫・・・・・・なんてどうかな?」

「・・・・・・なんだそれ? 俺はニュースなんか見ないからな」

「ふん、強情だな。まぁ、良い。そもそもこんな尋問は本題ではないしな」


 翔太郎は首を傾げる。この女が言っている意味が解らない、頭が良いと逆に馬鹿になるのか。自分自身に回復魔法をかけて腕の傷を綺麗に治すと声を張り上げた。


「三神翔太郎! 本日より貴様を、トレライ・ズ・ヒカイント治安維持学生部隊オーダー操魔学園支部隊員に任命する! 拒否権は無い! これは校長、および理事長からの強制収集である!」


 思考が停止する。

 この女、なんて言った? 治安維持? オーダー? 拒否権は無い?

 訳もわからないままに、翔太郎は取締役殿に引っ張られて行った。



 連れてこられたのは操魔学園のオーダー事務所。

 だが、基地と言う方が良いだろうか? 学園の敷地内に訓練場も込みで存在している建物だ。唯でさえバカ広い敷地に小さい事務所を立てる意味はない。

 その入り口を見上げる翔太郎は周りを歩くオーダーの隊員、紅の優等生たちからの目線が自分へと向けられる事にむず痒いような感覚と、静かな怒りを覚える。


「イライラするか?」

「は?」


 やはりな。とでも言いたげなこの竜崎という女は興味ありげに翔太郎を観察しているかのようだ。


「兄弟達の一人って訳か。成程、懐の精神安定剤は気休めか?」


 翔太郎は精神安定剤を竜崎の前では飲んでいない所か、取り出してすらいない。

 驚く彼に竜崎は少し説明する。


「兄弟達は初期症状として、抱える感情の中で一番強いものを暴走させる。潜在意識にある強い感情が力の形を作る」

「兄弟達? またそれか!」

「お前の様にスキルが異常に強い者達のなかでも、精神が崩壊する事でその力を得る者達だ。私の部下にも一人いるが、彼女は力を自力で打ち砕いて精神汚染を乗り切った」


 兄弟達と言う単語に違和感しか覚えない。

 それに、今朝あったあの魔力強奪犯も似たような事を言っていた。


「余りにも恐ろしい力に、兄弟達は別名で呼ばれる事も多い。神の血統とも」

「神の血統⁉ それならあの魔力強奪犯も!」

「そうだな。その男も同じような経緯を追ってそうなったのだろう。三神翔太郎、何とかしなければお前も奴と同じ様になる」


 基地の中に入る翔太郎は辺りを見渡すが、非常に整頓されたオフィスビルの様だ。

 こんな所が本当に治安維持部隊の事務所なのかと疑うが、殿上人の思考には全く付いて行けない彼は思考を遮断する。

 だが、彼の蒼いネクタイが辺りの人々の視線に入ると中には蔑むように睨んでくる者もいる。

 

「ちっ、なんで俺が」

「落ち着いてくれ、紅の優等生は選民意識の強い人々が多いが力を示せば大体の人間が黙るだろう」

「俺は認めてないからな。なんでオーダーに」

「君は自分の力を知るべきだ。そうでなければいつかは大きな敵になる可能性が高い」

「そもそも、俺が兄弟達だって証拠はどこだ!」

「その瞳だ」


 翔太郎はハッとする。

 怒りが湧いた時はいつも目が紅く光るのだ。今の自分はその状態なのだと彼は悟ると目を伏せる。


「始めてではない。あの時は飼い猫が助けてくれたが」

「飼い猫?」

「死神の飼い猫だ。魔力強奪犯の正体だと誤解されている奴だ」

「アイツが・・・・・・助けた?」

「やはり知っていたな。その様子だと、出会ったのに嘘を吐いていたことが丸解りだ」


 翔太郎はこの女には嘘が通じないと理解すると、首をぐるりと回す。


「はぁ、ムカつく人だ」

「これでも君の二年上なんだ。少しは敬ってくれ」

「人を見下してこき使う人間どもを敬る気はない」

「私を誤解しないでくれ。力の無い上に、自分の道すら歩めない者は使われる資格すらない。だから、私がこき使うのは力のある者だけだ。さて、着いたぞ」


 そう言って彼女に連れてこられたのは、隊長室と書かれた部屋の前だった。

 御大層な扉だが、オーダーの隊長と顔を合わせるのは翔太郎にとっては初めてだ。

 竜崎はその扉を叩くと中から女性の声が返って来た。


「竜崎だ。三神翔太郎を連れて来た」


 それだけ言うと彼女は扉を開ける。

 重々しい音の後に、彼女に続いて翔太郎も中に入る。


「ありがとうございます。取締役」

「北条、後は頼んだぞ」


 竜崎はそれだけ告げると部屋を出ていく、翔太郎は一人取り残された。

 だが、目の前の隊長は不遜な態度で窓から外を眺めている。上司に雑用を頼んだ上に、竜崎へ顔すら向けないとは、彼女の肩を持つわけではないがこの隊長はダメな奴なのではと考えてしまう。


「貴方が、三神翔太郎ですね?」

「おい、総取締役は上司だろ? なんでそんなに偉そうな態度取れるんだよ」

「無礼な蒼の劣等生ね? 取締役とは仲が悪いだけよ、身分の違う奴にとやかく言われる筋合いはないわ」


 殴ろう。

 頭にそんな言葉が浮かぶが、流石に女性は殴れない。

 怒りを必死に沈める様に務める翔太郎は、薬を乱暴に口に放り込む。


「そうか、で? なんだって俺がオーダーに?」

「それはこちらの台詞。なぜ、あなたの様な者がオーダーへと収集を?」

「ハァ⁉ お前何も知らないのか⁉」

「貴方が兄弟達の一人である事、そして覚醒間近な事が主な理由とされてますが・・・・・・それでも納得いかないのよ」


 隊長がやっと翔太郎へと顔を向ける。

 艶やかな亜麻色の髪を背中まで伸ばし、前髪を深紅の髪留めでまとめている。気丈な瞳に一文字にしまった口角が美人のはずの彼女の印象をキツいものにしているのは確実だ。

 弱者を見下す人間はこの世界では珍しくも無いが、この女も例に漏れずに嫌な奴だ。


「納得って・・・・・・ならお互いの利害は一致だな。俺は面倒はごめんだぞ? お前も俺の事が気に入らない。最高だ、お互い何も争うことは無い。俺は戻るぜ」

「それは困るわ? 貴方の入隊は取締役の意思だし、上層部も同じように入隊を望んでいるのよ。私の一存では決められないわ」

「本当に、紅の連中は劣等の連中に厳しいな。俺の意見や人権は無視か・・・・・・この、屑どもが」

「報告通り口が悪いわね。それも、スキルの影響なら面白いけど」


 翔太郎はイラついた心を治めようとするが、どうもイラつきがいつもとは違う。

 

「オーダーさんはどうする気だ? 俺を隊員にして、スキル持ちは貴重だからな」

「隊員に自動でなるなんて、他のみんなに示しがつかないわ。だから、パトロールや実戦での戦いで判断しましょう。使えないなら、雑用でもやってもらうわ」


 その言葉に翔太郎は大きなため息を吐く。

 正気ではない。何もしていない彼に大した仕打ちとしてはあまりにも理不尽な要求だ。


「あぁ! もういい! だが、条件がある。もし、実力者を倒したら俺を自由にしろ! 俺のスキルはお前らには関係ない!」

「面白いわね? 雑魚が少しは噛みついてくれそうね?」


 隊長の不遜な態度に翔太郎は勢いで宣戦布告を行う。

 

「隊長さん、名前は?」

「北条美樹。ちなみに、犯罪者たちは甘くないわよ? 妨害も入る事だし、あの猫が」


 三神翔太郎の力の覚醒の序章がこの北条美樹との出会いで動き出した。

 彼はスキルを抑え込みながら隊長室を出ていく。



 夜の街に出る事になるとは、翔太郎の人生ではあまり経験の無い事だった。

 学校のエンブレムに加えてオーダーの紋章が記された純白のコートを羽織って街を歩く翔太郎は腰に差した不慣れな銃を忌々し気に見る。

 街は活気にあふれているが、その活気はとても健全なモノのそれではない。如何わしい店への勧誘に加えて魔道具で身体を補強した裏の人間達がその店へと入って行く。


「ふん、この辺はいつも下賤な輩しかいないわね。今回は派手な事にはなりそうにないわね」

「派手な事が無ければいいだろ。平和になればいいんだから」

「甘いわね。平和なんて幻想よ、今でも見えないだけで絶対に犯罪は起きている。その類の犯罪を見つけ出すのはオーダーみたいな法の下に動く組織よりも、犯罪者の集まりの方が効率が良い」


 翔太郎はその言葉を鼻で笑う。

 オーダーは帯銃、帯刀が認められており、犯罪者を相手にした場合は発砲が許可されている。この銃も学校から翔太郎へと押し付けられたものだ。

 今は北条美樹と翔太郎に加えて、他にも複数人のオーダー隊員が同行していた。

 これだけのエリートは必要ないのでは? と翔太郎は思ったが、その答えを彼はつぎの瞬間に思い知る事になった。


ドォオオオオ!!!!


 突然の爆発音が辺りに撒き散らされた。

 その音に反応して美樹を含めた隊員達は拳銃を抜く。翔太郎だけ拳を構えていた。


「何しているのよ! 銃を抜きなさい!」

「こんなものはいらねぇ! 殴れば片が付く、自慢じゃないが人間なら一撃で沈められる自信はあるんでね!」


 音が出たのは雑居ビルの一室だ。

 そこから煙が立ち込めている。その煙の中から人影が飛び出したが、その人影はゆっくりとした速度で地面へと着地した。飛行魔法でも使ったのだろうかとも思ったが、それにしては繊細な動き方をしている。まるで自分だけ重力を軽くしたかのような。


「鋼夜の鬼か! 油断するな!」


 美樹が隊員達に号令を出すが、隊員達が鋼夜の鬼と呼ばれた人物を取り囲むよりも速く、全員の足に矢の様なモノが突き刺さって陣形は崩れ去ってしまう。

 矢を回避できたのは美樹と翔太郎だけだ。


「ぐぁ! 隊長! 魔眼の闇鴉までいます!」

「解ってる!」


 本当に突然すぎる。

 何の事件が起きたのかすら翔太郎どころか、美樹も隊員達も把握していない。


「怖いですね。そんなに怒ってどうしました? 今日は比較的に平和ですよ?」


 恐ろしい鬼の仮面を被っているが、恐らくは女性だろう。軍服をイメージしたであろういで立ちに、女性的な肉体をしている。軍服でも隠せないくらいスタイルが良いのだろう。声も仮面でくぐもっているとはいえ凛とした声をしている。


「何をしていた⁉」

「バカが騒いでいたので、殴り殺しました。死体は見つかりませんよ? 回収してしまいました」

「貴様!」


 美樹が魔力弾を数発発砲するが、鋼夜の鬼はその弾丸を指先だけで全て弾いてしまった。

 

「ば、化けモンかよ」


 翔太郎はその桁外れのパワーに唖然とするが、ふと、鋼夜の鬼と目が合ってしまった。そして、彼女が初めて拳を構えた。


「兄弟達ですね? 運が悪い、援護はあるとはいえ一対一とは」


 ガギィィイ!

 と硬質な音が響き、鋼夜の鬼の両の腕にはゴツイ手甲が現れていた。

 多分魔具の部類だろうが、翔太郎が自分の目を伏せようとした時には既に彼の目の前に鋼夜の鬼が迫っていた。


「うおおおお⁉」


 繰り出された拳が翔太郎の頬をかすめる。その風圧で髪が激しく揺れる。

 人間の力じゃない。

 そう思った時には視界が反転しており、背中に強い衝撃が走り、肺の中の空気が一気に外へと吐き出される。投げ飛ばされたのだ。

 

「ぐあぁあ!」

「丈夫なようですね? スキルは肉体に関与するものですか」

「私が居る事を忘れんじゃないわよ!」


 美樹が叫ぶと風をまとった足で鋼夜の鬼を蹴り飛ばした。

 その攻撃は片手で防がれていたが、風の力で後方へと吹き飛ばされたのだろう。翔太郎は目で追うがやはりさしたるダメージは無い様だ。


「来なさい! 鋼夜の鬼! 私が相手になるわ!」

「オーダーを殺す訳にはいかないのですが。隊長ともなると、本気で行かないと危険ですね」


 鋼夜の鬼はそう言うと両の拳を合わせてなにやらエネルギーの様なモノをチャージし始めた。


「隙を見せたわね!」

「タダでさらすとでも?」

「そうだよね~、舐めないでよ」


 何もない場所から声が聞こえた。

 と思うと、防御魔法を張った美樹は吹き飛ばされ地面を転がって飛行魔法で体制を立て直す。


「三人だけどどうする? ねぇ、チャージまだ?」

「五秒で済むのでもう完了です」

「えへへ、切り札は準備完了ってね」


 空間から一人の女の子が現れた。

 顔は狼を意識した仮面に加えて、鎖帷子のような装備が特徴的だが少し露出が多い。忍者のような恰好をしているため、くノ一でもイメージしているのだろうか。

 翔太郎は体制を整えると、心臓部へと意識を向ける。


「ん? うわ! 兄弟達だ!」


 狼の女の子はそう言うと鋼夜の鬼の後ろへと隠れた。

 どうやら直接戦闘では大した力はない様だ。


「新入り! 逃げろ! 最悪な状況だ。鋼夜の鬼、魔眼の闇鴉、境界の人狼なんて相手に出来るか! コイツらは化けモンだ! 逃げろ、死ぬぞ!」


 通り名のような物だろうが、取りあえず一人だけなら勝てそうに無いのはわかる。

 その時だった、子供の泣き声が聞こえた。

 親とはぐれたのだろうか、鋼夜の鬼のそばでうずくまっている。


「表通りから紛れ込んだのですね? 仕方ない」


 鋼夜の鬼は凶暴な手甲で覆われた手を子供へと向けて近づいて行く。

 その手は先程得体の知れないエネルギーをチャージしたものだ。それで、その子供に何をする気なのだろうか?

 一撃だけで思い知った人間を超えた戦闘能力に加えて、ためらいも無く人間を殺す残虐性。

 

「その子に手を出すな!」


 翔太郎はスキルを発動する。

 子供を理不尽な理由で死なせてたまるか、これは正義感ではなく一人の人間としての意思だった。

 体中を駆け巡る電気のような魔力を何とか調整しながら、鋼夜の鬼の顔面へと全力で蹴りを放つ。防がれることは知っている。

 だから、蹴りが当たる瞬間に軌道を変えてわき腹に爪先を突き刺す。


「っと!」


 鋼夜の鬼は爪先を左手で防いでいたが、直ぐに拳を連続で彼女へと撃ち込む。

 手甲で防御していたが、それごと彼女をパワーで後方へと吹き飛ばす。

 その隙に翔太郎は美樹へと叫ぶ。


「隊長! その子を逃がせ! 俺がコイツら止める!」

「ハァ⁉ 死ぬわよこのバカ!」

「スキルを使っている内は大丈夫だ! 早くその子を逃がせ!」


 翔太郎は暴走が始まる時間を何とか稼ぐ。

 美樹は悔しそうな表情を浮かべると、子供を抱えると部下の隊員達諸共、転移魔法を使って撤退した。


「ん? 引きましたか、では私達も帰りますか」

「そうはいくか! この悪党!」


 翔太郎は鋼夜の鬼へと踵落としを放つ。

 右腕で身を庇いながら鋼夜の鬼は翔太郎の懐に潜り込むと、その胸板に掌底を叩き込んだ。その衝撃で彼は酒屋の看板を破壊しながら地面を転がる。

 常人なら死んでいる。彼が無事なのは着ているコートが優れた魔具であることと、彼の肉体が強化されているからだろう。


「ぐっ! この、化けモンが!」


 昼間に戦った魔力強奪犯も怪物だが、この鋼夜の鬼は別格だ。

 恐ろしいのは彼女が殆ど魔法を使って良い無い事だ。それに、いつでも攻撃を加えることが出来るはずの境界の人狼も、何処かに隠れている魔眼の闇鴉も攻撃をしない事だ。


「なんて考えてそうだから、私も遊ぶね」


 背後から声が聞こえた。

 翔太郎は必死に裏拳を放つが、攻撃の後に降った拳の届くギリギリの距離にいた人狼に蹴りを腹に叩き込まれた。

 凄まじい威力だが、左腕を盾にしていたおかげでふき飛ばされずに済んだ。しかしその後に直ぐに蹴って来た右足を曲げてそのまま顎を蹴り上げられた。

 その間わずかに一秒も経っていない。


「こ、このぉ! 野郎!」

「ん? 予備動作が大きいね、体術は誰かに教えられているけど。本気じゃないでしょ?」


 人狼の言葉の後に体中に一気に衝撃が走った。

 彼女が拳を構えている所から、殴ったのだろう。だが、その攻撃の影すら目で追う事は出来なかった。


「でも、パワーは凄いね! ねぇ鬼ちゃん! 攻撃きつかったんじゃない?」

「えぇ、正直その男の攻撃は防いだりしない方が良いですよ? 身体の奥に沈み込むようなダメージが残りますからね」


 鋼夜の鬼はそう言うと地面を殴りつけた。

 その瞬間、翔太郎の身体は浮き上がって自由を奪われてしまった。


「な、何ィ⁉」

「さて、寝てもらいますか」


 鋼夜の鬼は拳を握りしめゆっくりと近づて来る。

 あの拳を踏ん張りも効かない状態で喰らったら上半身に穴を開けられてしまう。

 その時だった。


「待て、その男は傷つけるな」


 鋼夜の鬼の背後に黒い霧が起ち込んでいた。まるで地獄の門でも開かれたかの様な異様な光景だった。その中から一人の人物が歩いて出て来た。

 その姿は今朝に見た死神の飼い猫だった。


「し、死神の飼い猫!」

「よぉ、俺の仲間が済まないな。でも、喧嘩を売って来たのはオーダーじゃないか? 降ろしてやれよ」

「いいんですか? この男、簡単に強くなりますよ?」

「いいよ。殺す理由なんかないだろ? コイツは人殺しじゃない」


 死神の飼い猫は鋼夜の鬼へとそう言うと、彼女は魔法を解除した。

 そのまま翔太郎は地面へと降ろされた。


「なぜ俺を解放した!」


 翔太郎はそのまま返す刀で死神の飼い猫へと攻撃する。

 だが、その瞬間言いようもない恐怖心が翔太郎に突き刺さった。そのため、拳はあらぬ方向へと振られて飼い猫には届かなかった。


「そうか、オーダーに入隊したのか。いや? 強制的にかな? 取締役も強引だよな」


 なぜこいつが知っている。

 翔太郎は驚愕に顔を染めるが、飼い猫は少し笑うと彼に背を向ける。


「単純だよ。オーダーのやり方はそんなもんだ。敵の事を知らないで戦えないからな」

「新入り! 大丈夫か!」


 そのタイミングで、転移魔法でオーダーの隊員達が現場へと到着する。


「流石に早いな。エリート集団め・・・・・・帰るか」

「そうですね」

「帰ろう! 怖いからね!」


 三人は何気ない声色でそう言うと、闇を溶かしたかのような黒霧の中へとゆっくりと歩いて行く。オーダー隊員達が銃を連射するが、その銃弾は分解されて飼い猫の持つ小瓶の中に吸い込まれるだけだ。


「今日はお騒がせしたな。じゃ、また後で」


 飼い猫はそれだけ言うと完全に霧の中へと消えて行った。

 その後に霧は嘘のように晴れてしまった。そこには今まで何も無かったような静けさが残るだけであった。


「あんなのが、何人もいるのか」


 翔太郎はそう呟くと身体に出来たアザを見る。

 完全に遊ばれていた。いや、出来るだけ傷付けないようにと気を使われたのだ。


「ま、まさか飼い猫がいた状態で応援まで持ったの⁉」


 美樹がそう言うが、翔太郎は飼い猫が消えて行った場所をただ無言で眺めていた。

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