表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/24

第2章 フェルナージア 3

「どうして、僕の部屋はここなわけさ」

 新弥は、いかにも不満そうにレノアに文句を垂れた。

 壁の燭台に立てられた蝋燭の炎が照らし出す廊下には、同じ作りをしたドアがずらりと並んでいる。

 窓の外は、黒々とした闇が支配していた。もうすっかり、深夜だった。

「当然でしょう」

 形のいい頤を上げ、レノアは見下すように湖面を思わせる碧い瞳で新弥を見た。

「確かジャンヌを案内した部屋は、凄く豪華だったよね」

 じと目を、新弥はレノアに向けた。

 自分という存在をずさんに扱われ、新弥は面白くなかった。目の前の部屋は、ベッドが置かれただけの質素な作りだった。ジャンヌがあてがわれた部屋とは、偉い違いだった。

「だって、向こうは客室だもの」

 当然のように、左肩に垂らした編んで一本にまとめた艶やかな黒髪をいじり、レノアはしれっと答えた。

「レノア様」

 琥珀色アンバーの瞳を若干白ませ、セシルが口を挟んだ。

「何? セシル」

 碧い瞳に何の疑問も浮かべず、レノアは振り向いた。

「さすがに、これは……」

 躊躇いつつセシルは言葉を口にするが、

「……ちょっと……」

 と、言い淀んでしまう。

 軽く柳の眉を寄せ、弱った顔をしながら思案している様子だった。

「どうしたのよ? セシル」

 心底不思議そうな顔を、レノアはした。

 新弥は、セシルが言いあぐねていることが、分かった。だから、代弁した。

「同じ異世界から来たのに、扱いの差が激しく違いすぎませんかね?」

 新弥の言葉に、セシルはこくこく頷いている。

「このフェルナージアに、異界からバニー殿はやって来られた方です。それを、使用人部屋を割り当てるというのは、どうかと」

 やんわりと、セシルは新弥の待遇改善を求めた。

「ああ、そのこと。バニーは使用人部屋で十分よ。だって、呼んでないし」

 さらりと冷たく、レノアは言い放った。

「呼んだだろう! だから、僕はこの世界にいるんだし」

 さすがに、新弥は抗議の声を上げる。

 訳の分からない世界に来ることになったというのに、あんまりな言葉だった。

「あたしが呼んだのは、ジャンヌよ。バニーは何故かおまけで来てしまったのよ。必要としているのは、異界の勇者――英雄であって、臆病者じゃないわ」

 綺麗な眉を、レノアは吊り上げて突き放すように言った。

 咄嗟に反論しかけて、新弥は口をつぐむ。臆病者との言葉が、突き刺さる。ジャンヌが勇ましく戦う姿が思い出される。レノアも、魔人という化け物を目の前にして、怯んだ様子は全くなかった。

 新弥は、自分はジャンヌやレノアのように戦い方なんて知らない、あんな化け物を相手にできない、平和な国で生まれ育ったんだ、と心の中で反論した。その途端、何て自分は情けないのだろうと、どこか戦いを他人事のように感じていた新弥は、自責の念に駆られた。女の子も果敢に脅威と向き合ったというのに。

 レノアの言うとおり、新弥は全くの臆病者だった。

「ですが、バニー殿は、貴重な異界からの客人です」

 セシルは、そんな新弥を弁護してくれた。

 じーんと、新弥は感動した。

 情けない自分を庇ってくれるセシルに、感謝の視線を注ぐ。

 その視線に気付き、軽くセシルは細やかに整った顔に笑みを浮かべる。

 同じ世界の住人であるジャンヌが一緒というのは心強いが、彼女は新弥と違い元から英雄であり聖女だ。同じ人間とは思えない。異世界に心細さを感じる新弥にとって、セシルの気遣いは素直に嬉しい。

 異種族であるエルフのことは、ファンタジー小説や映画でしか新弥は知らないが、誇り高く簡単に別種族に心を開かないとされるが、セシルは違うようだった。

 尤も、彼女は人間とエルフのハーフであるらしいが。

「そりゃまぁ、確かに貴重ではあるけど」

 じっと、レノアは新弥を見詰めた。

 碧い瞳には、品定めをするような色が浮かんでいる。

「何かできるってわけじゃなきゃ、価値はないわ。異界の話を聞いても、あたしたちの助けにはならないから」

 すぐさま興味をなくしたような顔を、レノアはした。

「勝手に呼んでおいて、それか!」

 新弥は、冷ややかな眼差しをレノアに送った。

「召喚しておいて、それは薄情な気がしますが」

 ちらりと、セシルは咎めるような視線をレノアに送る。

「右も左も分からず頼る者もいないこの世界で、バニーをほっぽり出したりしないわよ。処遇はちゃんと考えるわ」

 新弥とセシル二人の冷たい視線を受けて、少し焦った顔をレノアはした。

「それは、ありがたいね」

 どうなるのだろうと、新弥は不安を覚える。

 ほっぽり出されたりすれば、全く知らない世界でのたれ死にだ。

「ともかく、もう遅いし。明日、どうするか考えましょう」

「はあ……」

 レノアの言葉に、セシルは迷いを見せたが頷いた。

「じゃあ、お休み。バニー」

「よい夢を、バニー殿」

 レノアとセシルの二人は、部屋から去って行った。

 新弥は、疲れたと思いドサリとベッドに横たわった。

 窓から、大小三つの半月が迫る夜空を見た。

「ああ、本当にここは異世界なんだな」

 再びそのことを、新弥は実感した。

 視線を移せば、眼下には町の明かりが見えた。幻想的とも言える光景だった。ガス灯か何かが、等間隔で道に並んでいて青白い光を発していた。

「これからどうなるんだろう」

 景色を見ながら、新弥は独りごちた。

「これが夢なら醒めて欲しいけど……異世界に来るだなんて」

 心細いことこの上なかった。

 新弥は不安を覚えつつ、異世界の美しい夜景に魅入るのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ