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第2章 フェルナージア 2

「魔人が領地に入り込むような状況で領民たちには申し訳ないけど、今夜はご馳走を用意したわ。異界の勇者――いいえ、英雄ジャンヌ・ダルク召喚を祝ってね」

 レノアが、赤ワインが注がれたグラスを手に取り掲げた。

 若草色のドレス姿は、気の強そうな綺麗な顔立ちにしなやかな身体をした元がいいレノアには、とても映えた。一つに編んだ黒髪は、左肩から垂らしている。

「英雄召喚を祝って」

 そう唱和したのは、全体として線の細い少女セシルだった。

 昼間、騎士団を率いていた少女だ。鎧姿から、着替えている。革ズボンにブーツを履き、上は薄花色うすはないろをした丈の短いチュニックを金属ベルトで締めた格好だった。戦士めいた格好で、とても凜々しい。

 さっきから、新弥はセシルが気になって仕方がなかった。

 見目形のよさに勿論興味はあるが、それよりも尖った耳が目を惹く。ジャンヌもときおり、ちらちらセシルを見ている。もしや、と新弥は思ってしまう。

 食卓には、レノアと新弥にジャンヌ、そして尖った耳を持つセシルが就いていた。

 窓の外は、夕闇を通り越し夜へと変じようとしていた。

 レノアが言うとおり、豪勢な料理が並び美味しそうな匂いが、新弥の食欲を刺激してくる。様々な香草や香辛料と一緒によく煮込まれた大きな肉塊に、湯気を立てるスープ。チーズを厚いベーコンに絡めたもの。幾種類も並ぶソーセージ。皆、美味しそうだった。

「あの……」

 控えめにジャンヌは、口を開いた。

 赤ワインが注がれたグラスを手に持ちながら、戸惑った顔をしている。

 ジャンヌは、湯浴みを済まし、煤けた簡素な衣服から青っぽいドレスに着替えていた。優れた容姿が、一層際立った見える。

「バニーもわたしと一緒にこのフェルナージアに来たのですが……わたしだけ祝われるのはその……」

 躊躇いがちに、ジャンヌはレノアに意見した。

「そうだ。僕もこの世界に呼びつけておいて、一言もないだなんて」

 ジャンヌの言葉にはっとして、新弥は気付く。

 レノアは、ジャンヌの召喚だけを祝って、新弥のことには一言も言及していない。

「こうして晩餐に呼んであげただけでも、感謝して欲しいものだわ」

 冷たい視線を、レノアは新弥に送った。

「何だよ、それ。こっちの世界に呼んだのは、レノアなのに」

 新弥は、不満大ありだった。

「文句あるわけ? あたしは異界の勇者を召喚したのであって、何もできない軟弱な意気地なしじゃないのよ」

 すげなく、レノアは新弥をあしらった。

「勝手に人のことを呼んでおいて、軟弱だとか意気地なしだとか」

 むすっとして、新弥はレノアを睨んだ。

 女の子にそのように言われ、新弥は悔しかった。だが、およそ戦いとは無縁の世界で育った新弥は、魔人との戦いはどこか他人ごとで、自分のすることではないと思っていた。

「だって、魔人を見て震えてばかりだもの。声だってひ弱そう」

 新弥の視線を受けて、レノアも睨み返した。

「あのね、元の世界では優しそうな声って言われていたんだ」

「ただのお世辞でしょう。そう言った人も、本心ではどう思っていたんだか」

「あのー、レノア様」

 新弥とレノアの言い争いに、尖った耳を持つ線の細い少女――セシルが割って入った。

「召喚してお二人が来られたのですよね。でしたら、こちらのお方も異界の勇者なのでは? 世界と世界を渡ること自体、凡人にできることではありません」

 ちらりと新弥に微笑むと、そうセシルは指摘した。

 この人いいこと言うなと、新弥に感謝の念が湧く。

「ううん」

 レノアは、首を横に振った。

「召喚に応じる異界の勇者は、本来一人だけなの。伝承にだって、こんなことはないし。二人もやって来るだなんて、変なのよね。ジャンヌは、身ごなしからしてただ者じゃないって分かったわ。魔人に臆することもなかったし。だけど、バニーは魔人を前にしてうわごとを言いながらがたがた震えているばかり。着ている服も変だし」

 レノアは、言いつつ新弥を指し示した。

「ふむ」

 レノアの言葉に、セシルは華奢な頤に指をあてがい、新弥を上から下まで眺めた。

 新弥は、その視線に居心地が悪くなった。

「あ、あの……そんなに見られると、ちょっと」

 気恥ずかしげに、新弥は不躾な視線に文句を口にした。

「これは失礼しました。ええと……」

 尖った耳を持つセシルは、小首を傾げた。

「ああ、お互いに自己紹介がまだだったわね。彼女は、セシル・ファーガス。我がシュティーミル騎士団の騎士団長を務めているわ。誇り高きエルフ族よ」

 レノアは、誇らしげにセシルを紹介した。

「エルフ!」

 新弥は、セシルをまじまじと見詰めた。

「妖精?」

 ジャンヌは、不思議そうにセシルを見た。

「レノア様、わたくしは純粋なエルフではありません。ハーフエルフです」

 セシルは、そう訂正した。

「細かいことはいいじゃない。先代の騎士団長はセシルのお父様だったの。亡くなったあと、セシルが受け継いでくれたわ。セシル、綺麗な女性が英雄ジャンヌ・ダルク。変な服を着ているのが、バニーよ」

 レノアは、セシルにジャンヌと新弥を紹介した。

「今更ですが初めまして。セシル・ファーガスです。異界からの来訪者殿。歓迎します」

 セシルは、品良くお辞儀した。

「こちらこそ、よろしくお願いします。ジャンヌ・ダルクです」

 ジャンヌは、礼儀正しく名乗った。

「あの……エルフって、妖精のエルフですか?」

 身を乗り出して、新弥は尋ねた。

 容姿からしてもしかしてと思っていたのだが、さすがにそんな小説や映画のようなことはあるまいと思っていた。だが、魔王や魔人とかいう化け物が、この世界にはいる。密かに期待していたのだ。

 新弥は、自分がファンタジー世界にでも迷い込んでしまったような、錯覚を覚える。

「はい。エルフは妖精族です」

 セシルは、新弥の問いに丁寧に答えた。

「凄いッ!」

 新弥は、感動した面持ちになった。

「確かに、人間と比べると少数ですが」

 セシルは、新弥の様子に首を傾げた。

「いや、少数とかじゃなくて、僕のいた世界では妖精だとかは架空の存在で、実在しないんです」

「嘘」

 新弥の言葉に、レノアは目を丸くした。

「バニーとわたしがいた世界には、妖精はいると言われていますが、実際に見た者はおりません。架空の存在と言えば、そうかも知れません」

 ちらりと新弥を見ながらバニーと呼ぶ言葉に親しみを込めて、ジャンヌは同意した。

「それは……」

 軽く、セシルは目を見張った。

「まさしく、異界ね」

 レノアは、驚きつつも一つ頷いた。

「それで……」

 セシルは、琥珀色アンバーの瞳で新弥を見遣った。

 その瞳には、咎めるような色が浮かんでいる。

「ああ、済みません」

 その視線で、まだ自分が名乗っていなかったことに、新弥は気付いた。何かの本で、中世はこうした礼儀作法をきっちり守る必要があると、読んだことを思い出した。互いに害意がないことを、伝え合うのだとか。

「漠新弥です」

 新弥は、名乗った。

「バッニー? 申し訳ありません」

 セシルは、新弥の名前をちゃんと呼べなかったことを詫びた。

「バニーでいいわよ、セシル」

 気安く言うレノアを、軽く新弥は睨んだ。

 勝手に呼び名を作って、と。

「ですが……」

 ちらりと、セシルは新弥を見た。

「まぁ、バニーって呼ばれると変な感じはしますが、呼びやすいならそれで構いませんよ」

 苦笑を、新弥は浮かべた。

 西洋人には、確かに呼びづらい名前かも知れない。尤も、ここは異世界だが。

「では、バニー殿。今後ともよろしく」

 ハーフエルフだという少女に頭を下げられ、全く訳の分からない世界にやって来た新弥だったが、軽い興奮に襲われた。

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