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第5章 陰謀 5

 バニーは、枯色のシャツと焦げ茶色をした革ズボンにブーツといった普段着に、鞣し革の胸当てをつけていた。腰には、短めの片手直剣を下げている。

 レノアも、青い柄の入ったシャツを帯で縛り茶色い革の太股の半ばまで隠れるスカートにブーツといった普段着の上から、胸甲、腕甲、脚甲を身に付けていた。腰には、凝った作りをした幅広の剣(ブロードソード)を下げている。

 二人とも軽装であるのは、場合によっては目立ったり身動きの邪魔になる格好が、都合が悪い場合を考慮してだ。この格好なら、革鎧や甲を外せば街の住人に見えなくもない。

「いい、バニー。あたしの指示に従って、無理はしないで」

 右腕の腕甲を調整しながら、レノアが注意してきた。

「分かってる」

 バニーは、心を引き締めた。

 これから、ジャンヌの救出に向かう。三〇人以上の傭兵を相手取らなければならないかも知れない。剣を習い始めたばかりのバニーでは、近接戦はまだできない。

 バニーは、右手をじっと見詰めた。発現した異能――指弾が、今のバニーにとって唯一の武器と言っていい。うまく使いこなせるだろうかと、バニーは思う。

 ――いいや!

 バニーは、一瞬過ぎった不安を打ち払うように、頭を振った。

 ――必ず使いこなすんだ!

 強くバニーは、己に言い聞かせた。

 できなければ、ジャンヌを救い出すことなどできない。

 シュティーミル騎士団は、迫り来る魔人の軍勢の相手をしなければならない。一人でも多くの騎士が欲しい状況だ。ジャンヌの救出に、人員を割く余裕がない。間が悪いと思うが、嘆いても決してよくなることなどはない。

 できうる精一杯をしなければならなかった。何より、バニーは熱い思いに満たされている。必ず、ジャンヌを取り戻したいと。そのためには、何でもするつもりだった。

 右手を強くぐっと握りしめる。

 異能を発現してから、まだ三日間練習をしただけだがそれなりに扱えている。ジャンヌは、光の槍を実戦で発言させて使いこなしている。自分もやってみせると、強く思う。

「バニー、焦らないで」

 レノアが、バニーの肩に手を置いた。

 右手を思い詰めて見ていたバニーを、気遣っているのが分かる。

「ジャンヌは必ず助ける。だけどあなただってあたしには大切なんだから。決して無理はしないで」

 湖面を映し出すような碧い瞳に、優しげな色をレノアは浮かべていた。

「う、うん」

 一瞬、バニーはレノアの雰囲気に呑まれた。

 いつにない包み込むような温かい雰囲気を纏ったレノアに、戸惑ってしまう。レノアは、このような危機的状況であるのに、バニーを気遣っている。人間としての器を感じさせてくる。と同時に、自分を情けなくバニーは感じる。レノアは、自分よりも一つ年下なのに心配をかけてしまった。

「あたしを信じて」

 強い光を碧い瞳に、レノアは宿させる。

 バニーも、黒い瞳で見詰め返す。

「勿論」

 迷いを振り切り、バニーはそう答えた。

 年下の女の子でも、レノアはバニーより戦いの経験は豊富なのだ。勿論、任せきりにするつもりはないが、ジャンヌを救出しレノアも無事であることが第一なのだから、バニーは素直に従うつもりだった。

「レノア様、騎士団の出撃準備が整いました」

 鎧下に女性用の華奢な鎧を纏ったセシルが、屋敷の中に入って告げた。

「必ず間に合わせるわ、セシル」

 レノアの口調には、気遣うようなものがあった。

 セシルは、騎士団を率いてこの前の侵攻より四倍以上に増えた魔人の軍勢を、ジャンヌを取り戻したレノアとバニーが戻るまで、牽制しなければならない。とても危険で重要な役割だった。

「レノア様、バニー殿、どうかご無事で」

 琥珀色アンバーの瞳を、セシルは真剣にした。

 三人で、屋敷をあとにする。まだ、馬を一人で走らせられないバニーは、レノアの後ろに跨がった。

「行ってくるわ」

 言うや、レノアは馬を走らせた。

「では」

 セシルも、騎士団と合流するため馬を進ませた。

「ジャンヌを必ず助け出して戻ります」

 振り向きながら、バニーはしばしの別れを口にした。

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