第5章 陰謀 4
銀色をした金属の棒が、縦に並んでいた。
それが、ぐるりと周囲を取り囲んでいる。
上も下も、きらきら銀色に輝く金属の棒で塞がれていた。それは、まるで大きな鳥籠のようだった。
その中に、ジャンヌはじっと座っていた。
ジャンヌが今いる場所は、イール砦の地下だ。銀色の鳥籠――檻の外は石壁となっていて、湿り気を帯びた空気がひんやりとしていた。
武器と鎧を取り上げられたジャンヌは、鎧下姿だった。
異能を使おうと何度か試したが、うまくいかない。それまで当たり前に現れていた光の槍が出現しないのだ。ジャンヌには、為す術がなかった。
自分を捕らえた傭兵たちは、粗暴だった。鎧を剥いだジャンヌの身体を見詰めた、粘つく視線は今思いだしてもぞっとする。身の危険を感じた。
「油断していました」
このように捕らえられた自分を、ジャンヌは情けなく感じる。
レノアは、異界の勇者としてジャンヌを召喚し、示した異能から信頼を寄せていた。英雄などとも称えられた。なのに、この体たらくだ。
自分は、増長していたのだろうかと、ジャンヌは思う。レノアの期待を裏切る結果となってしまった。
同じく召喚されたバニーは、自分を尊敬している節があった。生きた時代は違うが同じ世界からやって来た者として、ジャンヌが心を許せる相手だった。下手な嘘で自分を慰めてくれたり、優しい少年だ。
元の世界でジャンヌが辿る未来を知るバニーは、必死に傷つけまいとしている。自然と、ジャンヌは好意とも少し違う感情を、バニーに抱いている自覚があった。
そのバニーも、ジャンヌに対して絶対と言っていい信頼を寄せていた。なのにこうして捕らえられてしまった。バニーを裏切ったような心境に、ジャンヌはなった。
騎士団長のセシルも、自分を信頼してくれていた。
自分の不甲斐なさに、ジャンヌは桜色の唇を噛み締めた。
「案内役の騎士は、無事に着いたでしょうか?」
そっと、ジャンヌは呟いた。
皆、自分のことを心配しているだろうと、ジャンヌは心が痛む。
だが、今のジャンヌは何もできない状態だ。助けを待つしかない。
元の世界での嫌な記憶が蘇る。ブルゴーニュ公国軍に捕らえられたときのことだ。救いの手は差し伸べられることはなかった。孤立無援だったあのときの孤独感が、身を苛んでくる。頭を振り、ジャンヌは追憶を追い出した。
コツン、コツンと階段を降りてくる足音が、複数聞こえた。
さっとジャンヌは、身構える。
「ああ、麗しの乙女よ」
芝居がかった声が、地下室に響いた。
ジャンヌは、声の方を見る。
「あなたはッ?」
驚愕の声を、ジャンヌは上げた。
階段から現れたのは、金髪に濃褐色の瞳を持つ、華美な服装が似合う二人の騎士を従えた若い優男だった。
「やあ、シュティーミルの英雄殿」
青年は声に嘲笑を含ませ、ジャンヌに語りかける。
「あなたは……アンセルム・ラ・アレンス殿。どうして、ここにいるのですか?」
ジャンヌの語気が強まった。
「それは、わたしが君をここに招待したからだよ。あのお人好しのレノアのことだ。泣きつかれれば、きっと君を寄越すと思っていた」
アンセルムは、ジャンヌの顔から全身を舐めるように見た。
思わず、ジャンヌの背筋がぞわりとした。
細められたアンセルムの目は、好色さをちらつかせていた。
「何故、このような真似を?」
緑色の瞳と口調を厳しくし、ジャンヌは問い質す。
「困るんだよ。君のような英雄があの生意気な小娘のところにいるのは!」
苦々しく、アンセルムは吐き捨てた。
「このような国難に、何を馬鹿なことを言っているのです。あなたは、何をしているのか分かっているのですかッ!」
厳しい叱責を、ジャンヌはアンセルムに浴びせる。
凜然とした美貌が怒りに染まると、とても怖く威圧感があった。鈴を転がすような声が、雷のように響き渡る。
一瞬、アンセルムは怯んだ様子を見せた。が、相手は檻の中に捕らわれている。余裕を取り繕う笑みを、アンセルムは浮かべた。
「シュティーミル伯爵家は、滅ぶんだよ。いや、この前の戦いで滅ぶはずだった。それを、邪魔したのは君だ」
咎めるような口調を、アンセルムは作った。
「あなたは、何を言っているのです。魔人の脅威が分からないのですか?」
厳しい視線を投げかけたまま、ジャンヌは問い質した。
「魔王や魔人の脅威は、十分承知しているよ。でも、辺境の伯爵家一つが潰れたくらいで、大勢に影響などないからね。アレンス公爵が所望する召喚石を手に入れることの方が、重要なのさ」
にやにやと、アンセルムは笑っている。
「馬鹿なッ!」
その様子に、ジャンヌは怒りが湧いた。
召喚石を手に入れるため、一体どれほどの国民を犠牲にするつもりでいるのか、と。
緑色の瞳に強い光を宿し、ジャンヌはアンセルムを睨み付ける。
「本当は、君を呼ぶ前に召喚石を手に入れられればよかったんだけどね。あの石は、一度使用すると数十年は使えないらしいから」
アンセルムは、残念そうな様子を見せた。
「正気とは思えません。あなたもアレンス公爵も」
ジャンヌは、アレンスを睨み付けた。
「君は、これからアレンス公爵の物となる。異界の勇者。言葉には気を付けたまえ」
アンセルムは、満足そうに濃褐色の瞳を細めてジャンヌを見た。




