プロローグ2 とある少女を夢に見る
「はぁはぁはぁはぁはぁ――」
荒く息を吐きながら、新弥はシャツの胸元をギュッと掴んだ。
死へとまっすぐに突き進む少女の思いが、痛切さが、胸に刻まれた。
今朝も夢にうなされての目覚めだった。最近、同じ夢ばかりを見ている。
呼吸を苦しくさせる煙と肌を焼いてくる吹き上げる熱気、赤々とした炎。全く新弥には経験のない――火刑に処せられる夢だった。
夢の中で新弥は、一人の少女に寄り添っていた。まるで少女と繋がっているみたいに、彼女の体感と感情が伝わってきた。
あの狂おしい思いは何なのだろうと思う。新弥には全く無縁な、崇高な何かを求めるような気持ちだった。
こんな夢を見始めたのは、高校進学を祝い、フランスへ家族旅行に行ってからだった。母の要望で、一〇〇年戦争の英雄にして聖女――ジャンヌ・ダルクの生まれ故郷ドンミレ・ラ・ピュセルへ行ったときからだった。
以来興味を抱くようになった歴史上の人物ジャンヌ・ダルクと自分が見る夢を、関連性があると今の新弥は考えていた。
「全く。僕は、こんなに感じやすかったのか? 歴史上の人物の境遇を夢の中で想像するだなんて」
軽く、新弥は頭を振った。
机へと視線を送る。
そこには、銀のチェーンがつけられた銅でできた簡素なリングが、ハンカチの上に置かれてあった。
それを見て、歴史上の人物に共感してこのような夢を見ると考えるのはおかしいと、新弥は思う。火刑に処せられる少女の夢を見始めたのは、そのリングを拾った晩からだった。
フランスのロレーヌ地域圏のヴォージュ県にあるドンミレ・ラ・ピュセルは、小さな村だった。そこの広場で、たまたま土中から覗いていたそのリングを見付けた。緑青が浮き出たリングでアンティークに見えなくもなく、何故か新弥の目を惹いたのだ。新弥は、そのリングを持ち帰った。
その晩からだ。
おかしな夢を見るようになったのは。
旅行先は、母親の意向で決まった。特に新弥は、ジャンヌ・ダルクに興味を抱いていなかった。生まれ故郷へ行ったとき、どのような生き方をして死んでいったのかさえ知らなかった。ただ、英雄にして聖女であることだけは、知っていた。
それなのに、あの夢を見たのだ。
何とはなしに、新弥はジャンヌ・ダルクについて色々と調べるようになった。
王位継承権に端を発した一〇〇年戦争において、当時のフランスはイングランドに攻め入られていた。
一農民の娘でしかなかった祖国の行く末を憂いるジャンヌ・ダルクは神の啓示を聞いたとして、オルレアン解放を始め様々な戦いに参加し勝利に導いた。
劣勢を挽回したシャルル七世を、フランス王位に就けた。
そして、最後は見捨てられ火刑に処せられたことを知ったのだった。
なので、この夢を見始めた時期は、やはりおかしいのだ。
ジャンヌ・ダルクの生涯を知る前に見始めている。
どういうことだろうと、新弥は不審に思わずにはいられなかった。