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第5章 陰謀 2

 周囲には、緑の平原が広がっていた。

 そのずっと先には、岩壁がずっと続き山岳地帯となっていた。

 これまでレノアやセシルから聞いた話を元に、ジャンヌは頭の中に描き始めた地図と照合させていく。

 魔王に乗っ取られたエスターク公国から出撃準備を整えている魔人の軍勢が進撃してくる場所は、恐らくここだろうと見当を付ける。大軍が進撃するのに、特に邪魔になるような物もなくイシュタリア王国へ入り込める。

 トゥベルという街から救援依頼が来たことから、王国正規軍の防衛線はもっと内側の守りやすい場所に敷かれているのだろう。その証拠として、打ち壊された城塞が見えた。敵に拠点として利用させないためだろう。そのため国境付近の防衛が手薄になっている。

 そのことに、ジャンヌは微かな反感を抱いた。敵が進撃してくる場所は分かっているのだ。防衛線をもっと前にして、国民たちが受ける被害を最小限にすべきだと思う。だから、レノアやセシルは領地を守ろうと必死になっているのだ。シュティーミル伯爵領の戦力だけでは撃退が困難であるため、自分やバニーをこの世界に召喚した。

 魔人と戦ってみたジャンヌは、敵が強いことはよくよく理解している。もし、異能を発現していなかったら、とうに敗れ去っていたかも知れない。

 だから、イシュタリア王国の正規軍が慎重になるのも、分からなくはなかった。徒人が、魔人に抗うことは難しいのだ。それでも、国境の辺境を初めから捨ててかかるのは、いただけなかった。

 案内の騎士が先を行く。それを、ジャンヌは馬を走らせついていく。立地をよくよく頭に叩き入れる。

 もし、魔人の軍勢がこの平原を進撃してくれば、背後に憂いを残すことになる。シュティーミル伯爵領があるのだ。魔人の軍勢を背後から突ける位置に、領地はある。だが、それを向こうも分かっている。だから、本格的な進撃の前に魔人の軍勢を差し向けてきた。危険を排除しておくために。

 そして、レノアの領地は、橋頭堡としても役立ちそうだった。魔人の攻勢に嫌でもさらされる位置に、シュティーミル伯爵領はあるのだ。

 この先、厳しい戦いになりそうだと、ジャンヌは気を引き締めた。イシュタリア王国に魔王の目が向く限り、決してレノアの領地への侵略が止むことがないのだ。英雄などとレノアたちに祭り上げられているが、果たして自分がどこまで役立てるか、本音ではジャンヌにも定かではなかった。

 だが、領主であるレノアの善良な人柄に触れ、ジャンヌは力になりたいと思う。彼女は、領民の命を第一に考えている。それから、騎士団長のセシル。実直な性格には好感が持てた。生きた時代は違えど同じ世界から一緒にやって来た、バニー。色々と、自分を下手な嘘を交えて励ましてくれた。ジャンヌにとって同郷の士であり、心を許せる相手だった。

 ジャンヌの活躍に、彼らの命がかかっている。だがら、自分がどこまでできるのかなどと、生やさしく自分を納得させることはできないと、ジャンヌは新たに思い直した。皆の期待には必ず応えなければならないのだ。

 顔を上げ緑色グリーンの瞳に厳しさを宿し、馬を走らせる。案内役の騎士は、平原を突っ切り崖の切れ目にある小道へと入っていった。ジャンヌもそれに倣う。

「トゥベルは、平原を挟んだ位置にあるのですね」

 おおよその地図を頭に描いていたジャンヌは、ぽつりと呟いた。

「はい。英雄ジャンヌ殿。ここから少し奥へ行ったところに、トゥベルはあります」

 独り言が聞こえたらしい若い騎士が、後ろを振り向き律儀に答えた。

「ありがとう」

 凜然とした美貌に笑みを浮かべ、ジャンヌは礼を言った。

 英雄などと呼ばれることにこそばゆさはあるが、それでシュティーミル騎士団の士気が上がるなら、そう呼ばれることをジャンヌは否定しない。

 上り坂となった道を行くと、山岳地帯の高台へと出る。

 見晴らしがいい場所だ。

 背後に平原が下に見える。

 暫く進むと、遠くに大きな砦が見えた。塔を備えた、立派な物だった。

「あれは何ですか?」

 前を行く騎士に、ジャンヌは問いかけた。

「今は使われなくなったイール砦です。あの下にトゥベルの街があります」

 若い騎士は、快活に答えた。

「そうですか」

 言いつつ、ジャンヌは周囲の風景を眺め遣った。

 ごつごつとした岩場が続いている。あとにした山間にあるシュティーミル伯爵領は、どちらを向いても山を望む風光明媚な場所だった。それに比べると、味気ない場所に映る。

「トゥベルは金の採掘によって発展した街で、シュティーミルの町の三倍近い大きさがあります。エスターク公国が魔王に乗っ取られる前は住民も多かったのですが、戦いに巻き込まれることを嫌って今はかなり人が減っているのです。それに伴って、砦も破棄されました」

 そう、若い騎士は教えてくれた。

「なるほど」

 ジャンヌは一つ頷く。

 道は下り坂へと変わり、左右に切り立った崖が聳えていた。そこを通り過ぎようとしたときだった。

「えっ?」

 突然のことに、ジャンヌは驚きの声を上げた。

 上から何かが降ってきたのだ。それを確かめると、銀色をしたネットだった。

 今度は、紐に分銅のついたポーラも投げつけられた。身体に巻き付き、バランスを崩したジャンヌは落馬した。

「うッ――」

 地に打ち付けられ、呻き声をジャンヌは漏らす。

「やったぞ!」

「えへへ、上玉じゃねーか」

「英雄って言っても大したことねーな」

「いいねー、女騎士様ってか」

 下卑た声と共に、崖の上から傭兵と思える風体の男たちが大勢現れた。ざっと数えて三〇人ほどだろうか。

「これは……待ち伏せされたッ!」

 ジャンヌは、緑色グリーンの瞳を見開いた。

 それから、桜色の唇を噛み締める。

「逃げてください」

 突然のことに動転している若い騎士に、ジャンヌは叫ぶ。

「ですが」

 若い騎士は、ジャンヌに駆け寄ろうとした。

「あの人数では、どうしようもありません。わたしは、身動きが取れません」

 ジャンヌの女性用の華奢な鎧を纏った身体には、分銅のついたポーラがぐるぐるに巻き付いていた。何故か異能を使えない。

「このことを、レノア殿に伝えてください」

 騎士を制し、ジャンヌは緑色グリーンの瞳を厳しくしそう呼びかけた。

「……分かりました」

 ぐっと堪えると、若い騎士は従った。

 馬をめぐらせ、その場を離れていった。

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