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第4章 目覚め 4

「バニーが異能を使えるようになるとは、思っていなかったわ」

 そう言うレノアは、嬉しそうだった。

 シュティーミルの町を一通り歩き日が暮れる頃屋敷に戻ってきて、一同が食堂に会した今すっかり外には夜の帳が降りていた。窓の外は、黒々とした闇が広がっていた。

 食卓の上の夕食は、バニーの異能発現を祝って豪勢なものとなった。

 分厚い肉のステーキに、山の幸がふんだんに用いられたパスタ。クリームをたっぷり使ったシチュー。油で揚げた魚を、野菜で和えたもの。燻製肉や様々な種類のソーセージに、白っぽいソースをかけたもの。

 食べきれるのか疑問になるほど、料理が並んでいる。

「いやー、それほどでも」

 照れて、バニーは頬をポリポリ掻いた。

「よく分かるわ」

 何故か、バニーの言葉にレノアは理解を示した。

「ん?」

 ジャンヌは、小首を傾げた。

「レノア様、そこは否定するところでは」

 セシルは、レノアの応対がおかしいと指摘する。

「だって、初めて会ったとき、ジャンヌは間違いなく勇者だって分かったけど、バニーはこいつ駄目だって思ったものだわ。魔人を見てただがたがた震えているばかりだったもの」

 しみじみと思い出すように、レノアは瞼を閉じた。

「駄目って……酷い。そんな回想に浸りながら」

 したたかにバニーは傷ついた。

 確かにこの世界に召喚されて初めて魔人を見たときには、とてつもないパニックに襲われたのは事実だ。正直、恐慌を来していた。

 それを今更あげつらわれて、バニーの顔は紅潮した。

「レノア殿、あれは致し方なかったことだと、わたしは思います。わたしも魔人を見たとき、それは恐ろしかったものです」

 そう、ジャンヌはバニーを弁護した。

 感謝の視線を、バニーはジャンヌへ送る。目の合ったジャンヌは、緑色グリーンの瞳を笑ませた。

「でも、ジャンヌは異能もなかったのに、立ち向かったじゃない。あのとき、あたしは確信したの。ジャンヌは、きっとこの世界を救ってくれる勇者だって」

 胸に手を当て、レノアはそのときのことを思い出すように言った。

「わたしのことはいいのです、レノア殿。今夜の主役は、バニーです」

 少し怒ったように、ジャンヌはそう指摘した。

「おっと、そうだったわね。つい忘れていたわ」

 コツンと、レノアは自分の頭を叩いた。

「忘れてたって」

 唇をとがらせ、不満そうな顔をバニーはした。

「それだけ、バニーが異能を発現させたのは、予想外だったのよ。つい癖で。駄目よね」

 てへへと、レノアは笑った。

「レノア様、もうこれからバニー殿は、名実ともに異界の勇者なのです」

 細やかに整った顔を、セシルは少し厳しくした。

「分かってるわよ。ほら、食べましょう。せっかくのご馳走が冷めちゃうから」

 言いつつ、レノアがシチューを一口飲んだ。

 それを合図に、バニーたちも食事に手を伸ばす。今夜は、無礼講なので食事の前のお祈りはなしだ。元の世界では学生であり上下関係などに疎いバニーだったが、ここの時代感が中世であるので皆に倣っている。

 伯爵家当主であり屋敷の主であるレノアが食事に手をつけなければ、ジャンヌもセシルも決して食事に手を伸ばすことがない。このようなとき上下関係の厳格さが、現れるようにバニーは感じる。

「この前も思いましたが、このソーセージはとても美味しいですね」

 ナイフで切り分けたソーセージを、フォークで刺しつつジャンヌが感想を口にした。

「ソーセージや燻製肉は、シュティーミル伯爵領の特産品なのです。なにぶんここは山間にありますので、保存の利く食料を昔から作っていましたから」

 そう、セシルが説明してくれた。

「なるほど」

 頷きながら、バニーもソーセージを頬張った。

 腸詰めや燻製は保存食にはもってこいだ、辺境の地では重宝するだろうと、受業で習った地場産業と土地がらをバニーは思い浮かべた。

 頬張ったソーセージは、日本にいたときもなかなか食べる機会がないような、本格的な物だった。

 暫く食事を楽しんだあと、セシルが口を開いた。

「これで、異界の勇者――英雄が二人ですか」

 バニーやジャンヌを見ながら、琥珀色アンバーの瞳をセシルは細めた。

「僕は、英雄なんかじゃありません」

 さすがにそれは持ち上げすぎだろうと、バニーは否定した。いかに異能が発現したとはいっても、ジャンヌと同列に扱われるのは心苦しい。

「そうね。確かにバニーは英雄とは言い難いわ。剣の扱いは素人そのものだから。異界の勇者には違いないけどね」

 レノアが、片目を瞑ってバニーを見た。

 その言葉に、バニーは別に文句はなかった。そのとおりだと思う。

「元の世界でバニーがいた国は、戦いのない平和な場所だと言っていました。剣の扱いに精通していないのは、仕方がありません」

 ジャンヌは、やんわりとバニーを擁護した。

 元の世界の国で戦いがあったとしても、剣は習わなかっただろうとバニーは言わなかった。

「分かっているわ、ジャンヌ。バニー、暫くはわたしの従者をしていなさい。せっかく異能を発現させたんだから、戦いに慣れてちょうだい」

 碧い瞳を輝かせ、外連味のない笑みを綺麗に整った顔にレノアは浮かべた。

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