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第4章 目覚め 3

「さて、と。町へ行きましょうか」

 午後のお茶を飲んでいるとき、レノアがそう提案してきた。

 発現したバニーの異能を、ひとしきり試したあとだ。

「町に?」

 言われて、バニーは碌に町を見ていないことを思いだした。

 町を見に行きたいと言ったとき、ジーンズにパーカーといった格好だったため、レノアに止められた。その格好は、このフェルナージアという世界にあっては、奇異そのものだった。

 その後魔人の侵攻があり、恐ろしげな化け物どもと戦う少女たち――レノアやセシルの姿を見せられ、異能をさらに高めたジャンヌがそれを一掃するのを目にし、バニーは自身の有り様を変えたいと強く思った。このフェルナージアという世界で生きていくため、最低限やるべきことはやろうと決めた。

 そのため今朝は早くから、ジャンヌやセシルの指導で鍛錬に励んでいた。屋敷がある木の生い茂った高台から見下ろす町の情緒ある風景に惹かれながら、見に行く機会がなかった。

「ええ。ジャンヌやバニーの服とかも揃えたいし、このシュティーミル伯爵領で暮らしていくなら、どこに何があるのかは知っておいた方がいいから」

 レノアは、機嫌よさそうだった。

 バニーが、異能を発現させたこと喜んでいるらしい。

 その反応は、バニーにとって素直に嬉しい。

「わたしは、レノア殿からもいただきましたし、服ならこれで十分です。バニーの服だけ買ってください」

 短めのチュニックにズボンといった格好のジャンヌが、そう申し出た。

 質素で慎ましやかな格好だったが、元がいいジャンヌであるので悪くはなかった。

「ジャンヌ殿、これからここで長らく暮らしていくのです。遠慮なさらずに」

 苦笑を、セシルは細やかに整った面に浮かべた。

「そうよ、ジャンヌ。遠慮しないで。二人は、あたしがこの世界に勝手に呼んだんだから。それくらいのことはさせてちょうだい」

 バニーのことはジャンヌのついで扱いをこれまでしてきたレノアだったが、そのようなことをこれまでしたことがないといった態度だった。

 そのことを、バニーは指摘したい衝動に駆られたが耐えた。

 異能を発現させたら、現金なと思いはしたが。

 だが、魔人といった脅威に晒されているレノアにとって、異界の勇者は自分たちの命運に関わる存在だ。全く戦いで役立たずだったバニーに興味関心が薄かったのは、仕方のないことだった。

「はあ」

 ジャンヌは、申し訳なさそうな顔をしている。

 謙虚なのだな、とバニーは思う。

「いいじゃないですか。着る物はいくらあっても困りませんから」

 遠慮がちなジャンヌに、バニーは気楽に言った。

 バニーやジャンヌが着ているチュニックは、粗末ということはないが上等でもない。自分はともかく、騎士たちから英雄視されているジャンヌのする格好ではなかった。

「そうよ。遠慮しないで、ジャンヌ。お茶を飲み終えたら、行きましょうか」

 優雅な仕草で、レノアは紅茶を飲み干した。


 シュティーミル伯爵家の屋敷がある木の生い茂った高台を中心に、町はなかなかの広がりを有している。赤い屋根と白い焼き煉瓦の壁で統一され、美しい町並みを見せていた。

 明かりできらきらした町を自室で見下ろしていたバニーは、行ってみたいと夜な夜な思っていた。

 町へ入ったのは二度。

 レノアによって、このフェルナージアに召喚されたときと、昨日魔人の軍勢が攻めてきて出陣したとき素通りしただけだ。

 今日で、三度目。

 ようやく、町を見られるとバニーは内心喜んでいた。

 ここが異世界ということもあるが、いかにも中世といった情緒はバニーの関心を惹いた。

「伯爵領の町としては、結構大きな方なの」

 バニーやジャンヌを案内するレノアは、少々誇らしげだった。

「エスターク公国との交易は途絶えていますが、その南に位置するザウスレーゲン王国ともここは接していて、イシュタリア王国へ近道したい商人たちが、よくここをとおるのです」

 山間に位置する町にしては、随分開けている理由をセシルが教えてくれた。

「へー」

 バニーは、感心して町の様子を眺めた。

 町は活気があり、人通りが多い。

「町の者たちは、なかなか豊かな暮らしをしているようですね。着ている物がなかなかいい物です。これも、レノア殿の統治がいいからでしょう」

 観察する眼差しを向けていたジャンヌが、そう感想を口にした。

「もう、ジャンヌったら。おだてても何も出ないわよ」

 まんざらでもない様子で、レノアは照れていた。

 そんな遣り取りを聞きながら、自分では中世の暮らしぶりがどうのと分からないと、バニーは思う。確かに、自分やジャンヌが着ている麻のチュニックとズボンの上下より、幾分上等そうな衣服を身につけている。

 時代が遙かに進んでいる元の世界よりも、そうしたちょっとした違いに生活レベルが現れるのかも知れないと、バニーは住民たちに視線を送った。

「そこの酒場は、屋敷からも近い。ときどき覗いてみるといいでしょう」

 そうセシルは言いつつ、ジョッキと皿が描かれた看板を掲げた店を示した。

 三階建てで、どうやら上は宿になっているようだった。硝子窓から中の様子を見ると、食事をしている者やもう既に飲んでいる者もいる。

「?」

 どうしてだろうと、バニーは思う。

 それは顔に出たらしかった。

「こうした酒場兼宿屋には、旅の行商人がよく来るのよ。遠方の情報を得るには、もってこいなの。様々な情報が遣り取りされるわ。ここみたいな辺境にとって、大きな情報源なの。ジャンヌやバニーにはちゃんと給金を渡すから、たまに食べに来るといいわよ。あたしやセシルもそうしてるし」

 指を立て、真面目な顔をしてレノアはそう言った。

「なるほど」

 バニーは納得して頷いた。

「情報は大切です。戦の勝敗を分けるほどに。兵を無為に死なせないためにも、常に情報は得なくてはなりません。そして、領地を統治するとなれば尚更」

 ジャンヌも頷いている。

 この辺りは、さすがは英雄ジャンヌ・ダルクとバニーは感心する。兵を率いることにも、慣れていると感じさせてくる。

「そのとおりよ、ジャンヌ」

 レノアは、微笑んだ。

「大きな酒場は、ここの他にも町に四軒あります。時間のあるときに町を見て回るといいでしょう」

 そうセシルが、教えてくれた。

 バニーたちは、町の南側へどんどん歩いて行った。道行く者たちが、たまに自分たちを見ていく。レノアの姿を認めると、笑みを向けてくる者が多い。

 歩いて行くにつれ、先ほどよりもずっと人の数が多くなった。

 そして、左右に並ぶ様々な店や露店。

 かけ声がかまびすしく賑やかだった。

 とても活気を感じさせてくる場所に出た。

「ここが、この町の市場よ。色んな物が売っているわ」

 レノアは振り向き、バニーやジャンヌに指し示した。

 野菜や果物を売る店、肉を売る店、小麦粉を売る店、武具を売る店、様々な店や露店が並んでいて、そこを大勢の人たちが往来していた。

「うわぁ」

 感動した声を、バニーは上げた。

 そこは、正にファンタジーや中世の映画などに出てくるワンシーンに見えたからだ。

「どう。凄いでしょう。辺境の領地でここまで活況な場所は、そうそうないわ」

 バニーの反応に、レノアは自慢げだった。

「御領主様、こんにちは」

 歩いていると、野菜や果物を扱っている店のおばさんが声をかけてきた。

「こんにちは」

 レノアは、笑顔で応じる。

「レノア様に騎士団長様だ」

 そんな声も聞こえてきた。

「おい、あの栗色の髪をした美人、英雄ジャンヌ・ダルクじゃないか?」

 その声で、人々が一斉にバニーたちを見た。

 わっと、人だかりができた。

「魔人から、町を守ってくれてありがとよ」

 老婆が、ガシッとジャンヌの手を掴んできた。

「い、いえ、あの……」

 突然のことに、ジャンヌは少々狼狽え気味になった。

「一人で、あの恐ろしげな魔人をなぎ倒すって言うぜ」

「見かけによらねーな」

「騎士団の連中の話じゃ、そじゃ凄かったらしいぜ」

「へー、あんな綺麗な娘がねー」

 そんな言葉が、周囲で交わされた。

 ジャンヌのことは、昨日騎士団の者たちから町の住民に伝わっている。皆の視線は、好奇に満ちていた。

「ほんとに、ありがとよ」

 ジャンヌの手を握る老婆は、感謝の言葉をしきりと口にしている。

「お力になれて、何よりです」

 落ち着きを取り戻したジャンヌは、毅然とした態度でそう言った。

「すっかり人気者ね、ジャンヌ」

 老婆から離れたジャンヌに、レノアが悪戯っぽく笑った。

「そんなことは……」

 微かに、ジャンヌは照れたようだ。

 町の者たちの反応を、バニーは当然だと思った。あの五〇はいただろう魔人の大軍を退けた功労は、ジャンヌに負うところが大きい。

 昨日直接それを見ていたバニーは、あの戦いぶりを思いだし畏怖の念を再び抱いた。バニーも異能を発現させたとはいえ、ジャンヌのように活躍できる自信はない。

 一通り市場をめぐったあと、レノアが一軒の店の前で立ち止まった。

「ここでジャンヌやバニーの服を見繕いましょうか」

 そこは衣料店であるらしく、様々な服が並んでいた。

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