第3章 決意 5
「正に、ジャンヌは異界の勇者――英雄だったわ。今日の勝利は、あなたのお陰よ」
嬉しそうな声音で、レノアは賞賛の言葉をジャンヌへ贈る。
「レノア様のお話から凄い方なのだろうとは想像していたのですが、まさかあれほどとは思っておりませんでした。ジャンヌ殿の活躍ぶり、わたくしも心躍る思いでした。ああも易々と、五〇はいただろう魔人どもを打ち払うとは」
セシルも、惜しげなく賞賛を送る。
今は、シュティーミル伯爵家の屋敷に戻り、鎧を脱ぎ居間で寛いでいた。
魔人の軍勢を蹴散らしての凱旋で、下の町では騎士たちが戦いの様子を住民に伝え、多いに盛り上がっていた。レノアの指示でシュティーミル伯爵家の蔵が開かれ、酒やら肉やらが運び出され、町では住民も一緒になって祝勝会が開かれていた。
それにレノアは参加せず、主だった者――ジャンヌやセシルと今後について話し合いをすることとなった。レノアの従者である新弥もいる。
下からは、ジャンヌやレノアを称える声が、ときおり屋敷の中にも聞こえてきた。
既にジャンヌは、騎士たちから英雄と崇められていた。
元いた世界と一緒かと、バニーは思う。ジャンヌの活躍に、バニーは衝撃を受けていた。歴史上の英雄にして聖女ジャンヌ・ダルクは、世界が変わろうと英雄なのだ。
ただただ、魔人を恐ろしいと感じ見ていただけの自分とは全く違うと、新弥は痛切に感じていた。このままの自分ではいたくない、と。
ひとしきり戦勝を祝う言葉が並べられると、レノアが懸念を口にした。
「アンセルムの奴、すぐに帰っちゃったけど何なのかしら?」
レノアは不審げな表情を、気の強そうな美しい面に宿した。
敵対する公爵家のことであるので、話しておくべき事柄だ。
「はい。様子が少々おかしかったように思えます」
セシルも琥珀色の瞳と細やかな美貌を鋭くし、頷く。
「元々、アレンス公爵家の人間が陣中見舞いだなんて、怪しすぎるにもほどがあるけど……」
うーんと、レノアは唸った。形のいい頤に指をあてがい思案顔をした。
「急用があるって言って、戦地からまっすぐ帰るんだもの。やっぱり変だわ。荷物とかも持っていたみたいだし。元から、この屋敷に戻るつもりがなかったってことだもの」
レノアの口調は、気掛かりそうだった。
「確かに、言われてみれば不自然ですね。まるで逃げる準備を予めしていたような」
凜然とした美貌に、ジャンヌも不審の色を浮かべていた。
騎士たちから戦女神と称えられもするジャンヌだ。鎧下といった格好だったが、静謐な勇ましさを有しその姿は凜々しかった。
三人の少女たちは、それぞれ思案顔をしている。
「あの……」
そんな中、新弥はおずおずと口を開いた。
神妙な表情をしている。
「どうされました?」
「ん?」
セシルが疑問を顔に浮かべ、ジャンヌは小首を傾げた。
「何? そんな暗い顔をしちゃって」
レノアが、新弥の顔を覗き込んでくる。
「僕は、今からバニーになる」
新弥は、そう宣言した。
漠新弥という名前を捨てて、この世界で生きていく決意をしたのだ。
「は? 何言ってるのよ? あなたは元々バニーじゃない」
呆れ顔を、レノアはしている。
ジャンヌやセシルも、新弥が何を言っているのか分からないといった顔をしていた。
「違う。元の世界で僕の名前は、漠新弥だった。けれど、それじゃ駄目だって分かった。だから、今からバニーになる」
真剣な表情を、漠新弥改めバニーは浮かべていた。