第3章 決意 3
くぐもった鈍い音がしていた。
かっ、かつん、と木剣が打ち合わされる。
シュティーミル伯爵家の中庭である。
これからレノアの従者をしていくと決まった新弥は、剣の基礎を学ばされていた。
「ほら、そうやって構えた剣をぶらさない」
レノアの注意が飛ぶ。
新弥は、木剣を振るわれる度に、出鱈目に反応してしまう。掠りもしない一撃に、手に握る木剣を動かしてしまうのだ。剣が全くの素人である新弥の指導を、自分の従者ということでレノアがしていくことに決まった。
「だ、だって」
素早く振るわれるレノアの木剣に、新弥は翻弄されてばかりだ。
「ちゃんとあたしの剣を見なさいよ」
言いつつレノアは木剣を新弥が握るそれに当てながら、自然な動作で振り上げる。簡単に、新弥は腕ごと木剣を持ち上げられてしまった。すとんと、レノアは新弥の肩に振り下ろしぴたりと止める。
「え?」
一瞬の出来事に、左肩に添えられたレノアが握る木剣を、新弥は呆気にとられ見た。
「な、何をしたのかよく分からなかった」
それくらいレノアの動作は自然だったのだ。
「どうでもいい牽制の打ち込みに反応して、本命に反応できないんだから」
碧い瞳を、レノアは意地悪く細めた。
「全くバニーは駄目ね」
新弥の左肩に添えていた木剣を引く。
「今のはどうやったのさ」
不思議そうな顔を新弥はしながら、尋ねた。
「特別なことなんて、何もしていないわ。ただ、バニーがちゃんとあたしの剣を見ていないだけ。だから、あたしの無駄の多い動きをしているどうでもいい打ち込みに反応して、本命に動けなかったのよ」
肩をとんとんと木剣で叩きながら、レノアは指摘してくる。
「ともかくは、慣れることよ。さ、構えて」
言いつつ、レノアは右手の木剣をすっと新弥に向ける。
新弥は今度こそうまくやろうと勢い込み、木剣を両手で握った。
途端、レノアから注意が飛んでくる。
「どうして両手で持つのよ? その柄は片手分しかないじゃない」
そう言い、呆れ顔をした。
「あ、そうか。剣道の部活で友だちがこんな構えをしていたから」
「剣道? 部活? 何それ」
新弥の言葉に、レノアは不思議そうな顔をした。
「えーと、元の世界の僕がいた国で広まっていた武術と、その練習の集まりのことさ」
異世界人にどう言ったものかと、考えながら新弥は答えた。
「ふーん。こっちにも片手半剣や両手持ちの大剣はあるけど、基本的に片手で扱うわ。新弥の体力じゃ、重量のある剣を扱うのは難しいし」
言いつつ、シュッとレノアは木剣に空を切らせた。
「うん」
新弥は、片手で構え直す。
「ちゃんと、剣を見ているのよ」
言いつつ、軽くレノアは木剣を揺らす。
それを見て、新弥は反応してしまいそうになるのを、我慢した。
レノアの言葉どおり、動きを目で追っていく。すっと、木剣が振り上げられる。
かん、と新弥が握る木剣に打ち合わされ、当たり前のように上へと持って行かれる。
新弥の木剣を腕ごと上にやったレノアは、すぐさま自分の木剣を振り下ろしてくる。
先ほどと全く同じだった。
新弥は、後ろに下がって躱す。
「うん。今度はちゃんと見えていたみたいね」
満足そうに、レノアは笑った。
「どうにか」
剣を振るうなど生まれてこの方したことがない新弥にとって、基本的な剣の運び一つとっても慣れないものだった。
「剣の方は、このくらいにしておきましょうか。ちょっと、そのまま立ってて」
そう言うと、レノアは左手を慎ましやかな胸に近づけぐっと握り、木剣を新弥に向ける。
「癒やしの場」
そう一言唱えると、レノアの身体が一瞬光った。
すると、木剣の先から放たれた光が、新弥の身体を包み込む。
「な、何?」
まるきり現実感の伴わぬ出来事に、新弥は驚く。
そう言えば、召喚されたときも同じことをやっていたと、思い出す。
新弥を包み込む光は、温かかった。
「これは、聖技よ。信仰心によって、超常の能力を発揮する技。神々によしとされる種族には癒やしを与え、赦しを得られない種族は苦しむわ」
そう、レノアは説明すると胸元の左手を下ろした。
新弥を包み込んでいた光が消える。
「まるで魔法みたいだ」
本当にここは異世界なのだと、新弥は再認識させられる。
「魔術ならあるわよ。セシルが使うわ。今度見せてもらうといいわ」
「え?」
当たり前に言うレノアを、驚きの眼差しで新弥は見た。
「そんな凄いことができるのに、わざわざ異世界から僕たちを呼んだの?」
まるで、レノアがすることは新弥にとって人間離れして見える。
「魔王と魔人は、それほど脅威なのよ。聖技や魔術を使える者は限られているし、戦場で強力な技を出すのは難しいのよ。魔人は人間より遙かに強いの。こっちが準備している間に、蹴散らされてしまうわ。三年前、エスターク公国に異界から魔王が現れたとき、国王に従って父様は戦役に参加したわ。その戦いで父様は戦死した。同行していたセシルの父様も同じくね。五カ国の連合軍を打ち破ったのよ。魔王とその眷属たる魔人はとても強いわ」
レノアの綺麗な顔が、陰った。
「アレンス公爵の差し金で、シュティーミル伯爵家は孤立無援となったわ。魔人の軍勢が進撃してくるだろう平原にここは隣接していて、魔王軍からしてみれば背後を突かれる恐れがあるの。橋頭堡としても魔王の軍勢が狙ってくる可能性が高いわ。この領地は狙われているの。あたしは、どうあっても領地を守らなければいけない。だから、異界の勇者を召喚した。身勝手で申し訳ないとは思うけど、あたしたちも生きていかなくちゃいけないから。あたしは、領民たちを守らなければいけないの」
強い意志を、レノアは碧い瞳に宿した。
自分より年下のレノアが、背負った役目を必死に果たそうとしている姿は、新弥の心を打つものがあった。
魔人という化け物がいかに恐ろしいか、新弥も昨日体験している。あれが軍勢となれば脅威だ。聖技や魔術を使える者は少ないという。強力な技は時間がかかって、実戦での使用が難しい。だから、ジャンヌのような存在が必要なのかと、新弥も納得した。
「だから、バニーも頑張って」
白い歯を見せ外連味のない笑みを、レノアは浮かべた。
「うん」
その笑顔を見て、自分が役立たずであることを、新弥は初めて恥ずかしく思った。
レノアにとって異界の勇者とは、自分たちの命運がかかった存在なのだ。




