プロローグ1 燃え盛る風景
少女が、けほけほと煙にむせていた。
下から立ち込める煙は途切れることはない。新鮮な空気を少女は求めて息を吸うが、その度に煙が肺へと入りみ咳き込んでしまう。
高い柱に括り付けられ、足下に積まれた薪には火がつけられていた。火の粉が舞い上がり、さながら滅びの中に少女は身を置いているようだった。
少女は、煤で汚れる前は白かったのだろう、簡素な長いスカートをした衣服を身に纏っていた。肩下まで伸ばした栗色の髪に縁取られた美しい顔には、何かを懸命に耐えるような色が浮かんでいた。
火をつけられる前、「目の前に十字架を掲げて欲しい」と修道士に頼んだが、小さな十字架が足下に置かれただけだった。
下から吹き上げる熱気と煙で、少女はとてもそれを見ていられなかった。下を見ようとしても、すぐに顔を逸らさなくてはならなかった。
辛く悲しい。
ささやかな願いも、聞き届けられないのか、と。
「おお、神よ」
少女は、必死に神を求め訴えた。
これから死に行く自分に、勇気を与えて欲しいと。ともすれば、少女の心は恐怖に挫けそうだった。
周囲の兵士や民衆たちが、様々な表情で自分を見ていた。
憐れむ者、蔑む者、楽しむ者、様々だ。
それらが、少女の目には何かに操られる人形めいて見えた。まるで、骸骨が糸で操られているように。
――そう見えてしまうのは、自分が神に見放されたからだろうか?
――それとも自分を、異端と決めつけた者たちへの恨みだろうか?
少女は、思い悩んだ。
苦しい。
煙と熱気は、容赦なく少女をなぶってきた。死にたくないと思った。今すぐ、柱に括り付ける紐をほどいて逃げ出したい、と。
そう思ったとき、少女は昨夜の誓いを思い出したのだった。
自分は、神の御許へ行くのだ、と。
「わたしの前に、十字架を」
あらん限りの声で、少女は叫んだ。
このままでは、苦しみと死への恐怖とで、とても神を思ったまま死ぬことはできない。
そのとき、一人の兵士が近づき、少女の足下に置かれた十字架を手にした。そして、少女に見えるように掲げた。
「ありがとう」
ぽろりと、少女の瞳から涙が溢れた。
ああ、これで自分は神を思いながら死ねる、と。
必死で少女は、掲げられた十字架を見た。
煙と熱気にいたぶられながら。