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フェステが暗躍する  作者: アンバーハウス
ロミオとジュリエット
8/18

アンペルバールの密談/冒涜的陰謀

新章が始まるのじゃよー。

 ベルホルム帝国の首都、アンペルバールは色彩豊かな街である。

 都市の中心を南北に貫く大通りは、幅が三十メートルもあり、長さは三キロにも及ぶ。道の両側には商店がずらりと並び、そこで扱われる商品は多種多様で、まず手に入らないものなどない。

 八百屋、肉屋、魚屋、菓子屋、パン屋、酒屋。服屋、宝石店、時計屋、靴屋、床屋、薬屋、診療院。武器屋、傘屋、本屋、家具屋、食器屋、手芸屋、鞄屋、文房具屋、画廊、宿屋、レストラン、玩具屋、釣具屋、銀行、植木屋、占い屋、保険屋、株式取引所。生きた牛や豚を取り扱う、家畜商の事務所なんてのもある(ちなみに、その隣が肉屋だ)。

 お昼時には、道の真ん中に屋台が現れ、美味そうな匂いのする串焼きや煮込み料理を売り始める。道端に布を敷き、外国の珍しい雑貨を広げる行商人もいる。楽器を片手に歌を歌ったり、踊りや奇術を披露しておひねりをもらう大道芸人もそこかしこに。

 もちろん、彼ら全員を潤すことができるくらい、人の流れも豊かだ。男も、女も、若者も、老人もいる。ひとりでぶらぶらしている奴もいれば、手を繋いだ恋人同士もいる。小さい子を連れた家族もいるし、ごく珍しい例ではあるが、野良猫がどこかの店先から売り物のソーセージをかっぱらって、一目散に駆けていく姿も見られたりする。

 アンペルバールは豊かで、賑やかで、人の多い街だ。明るく、元気に溢れている。

 しかし、その華やかさは――健全な経済活動は――国際的な陰謀を育む苗床としても、しばしば利用されていた。



 アンペルバールの一角、大通りから少し外れた場所に、ユカニム大教国風の料理を出す小さなレストランがある。

 テーブルはわずか三つ。完全予約制で、この日のランチ・タイムに訪れたのは、ひと組だけだった。

 深緑色の僧衣をまとった少年と、黒衣の女性のふたり組。テーブルを挟んで向かい合う彼らの姿は、天使の目を盗んで密会する恋人同士のように見えなくもない。

 しかし、ふたりの間には、甘く背徳的な雰囲気など微塵もなかった。あるのは、少しばかりの緊張感と、赤ワインに満たされたクリスタル製のデキャンターだけ。

「……まず、ひとつ注意して頂きたいのは」

 テーブルの上で、所在なさげに指を組んだり、開いたりしながら――ローレンス・ヴェロナット司教は話し始めた。

「これが、非常な慎重さと柔軟性を必要とする計画だ、ということです。あなたの仕事の基本は、敵の監視ということになりますが、それだけで済むことはまずあり得ない、と思っておいて下さい」

 彼の言葉は、幼さの残る声質に反して、重く抑えつけられていた。なにしろ、これから失敗することのできない大仕事に挑まねばならないのだ。今はまだ下準備の段階ではあったが、ここで適当なことをしては、のちのち厄介なことになりかねない。そして、そういった場合の厄介ごとは、大抵取り返しのつかない局面において現れ、すべてを台無しにしてくれるのだ。

 ローレンスは少なくない失敗の経験によって、その事実を学んでいる。栗色の巻き毛、薔薇色の頬。まつげの長い、くりくりとした目。瞳の色は、深いすみれ色――彼は大人とはとても呼べない、十四才の少年に過ぎないが、それでもユカニム大教国を運営する政治局員のひとりだ。天使ユカニムに仕える教皇に代わり、政治、軍事、経済といった世俗の雑事を処理する、五百七十六人の高級聖職者集団の一角。二千万人の大教国民の生活を、見えないところで支えている。

 その仕事は多岐に渡り、ひとつひとつが複雑で、明確な正解というものが用意されていない。場合によっては、汚い手段を用いなければ解決できないこともあった。政治の世界において、陰謀はインクや羽ペンよりも頻繁に使われる道具であったが、その認識を受け入れるまでに、一年以上の時間が必要だった。

 ただ学校の成績が極端に良かった、というだけで取り立てられたローレンスは、信仰心こそ人並み程度にあったが、天使様のためなら何でもできる、というほどには吹っ切れておらず、いまだ後ろ暗い企みに身を浸すことに慣れていない。必要なことだ、とはわかっていても、微妙な忌避感が拭えない。それは、料理を始めたばかりの人間が、包丁や火に気後れしてしまう感覚に似ている。特に、何度も指を切ったり、火傷をしたりしていればなおさらだ。

 今回も、彼は『指を切りそうな』予感をおぼえ、緊張していた。こんなややこしい、それでいて後味の悪くなりそうな仕事は、本当ならもう少し老練な政治家が手掛けるべきなのだ、と、内心で毒ついている。

 もちろん、すでに引き返せないところまで、計画は進行していた。ならばむしろ、すべきことを手際良く済ませ、肩の荷を早めに下ろすべきだ――頭の中の冷静な部分は、そんな意見を持っていたが、それをすぐさま行動力に反映させられるほど、彼は単純ではなかった。良くも悪くも、ローレンス・ヴェロナットは、真面目で良識のある聖職者だったのだ。

「敵は……そうですね、誤解を恐れずに言うならば……天使ユカニムの意思に、真っ向から反逆する陰謀を検討しています」

 迷いながら言葉を選び、彼はぽつぽつと言葉を続けた。

「その陰謀というのが、テロ活動をメインに組み込んだ危険なもので……個人的には、今すぐにでも関係者を拘束して、実現の芽を摘んでしまいたいのですが……それをするには、いくつかの問題があるんです。

 まず、その陰謀に、かなり多くの人間が加担しているということ。わかっているだけで、計画を立案した首謀者が三人。彼らの手先となって行動する工作員が四人います。

 工作員たちの顔と名前は、全員分わかっているのですが、三人の首謀者については、まだ特定できていません。

 首謀者全員の正体を暴いてからでなくては、陰謀を完全に潰すことはできないでしょう。正体の知れた末端連中を捕まえても、頭はそいつらを切り捨てます。別な手足を用意すればいいだけの話ですから。

 そこで、ぼくたちは工作員たちを捕まえず、泳がせて様子を見ることにしたんです。首謀者と工作員が接触する現場をおさえ、敵の頭脳の正体を明らかにすれば、テロ計画を根本から絶つことができるはずです。

 ミズ・シャルロット・フェステ。ぼくはあなたに、この敵工作員たちの監視を頼みたいのです」

 ローレンスは覚悟を決めて――テーブルの対面に座る人物を、決然と見つめた。

 喪服のような真っ黒いドレスをまとった、金髪の美女。ローレンス自身より、いくらかは年上であろう。緊張を隠せない彼とは反対に、優雅とさえいえる落ち着いた態度で、ワイン・グラスを傾けている。

 彼女の灰色の眼差しが、ゆらり、と流れるように、ローレンスの視線と重なった。

「ふたつほど、お尋ねしてもよろしいかしら。司教様」

「はっ、はい、何なりと」

 色気のある濡れた声にどぎまぎしながら、少年司教は頷く。シャルロットはそんな彼に、軽く首を傾げてみせて、問いかけた。

「では、まず……なぜ、私にそんなお願いをなさるの? 確かに、私はユカニム教徒です。天使様のご意思に沿うためなら、何だっていたします。

 でも、私はユカニム大教国の人間ではありません。国籍はリルロッサ王国ですわ。大教国の政治に深く関わるプロジェクトに、なぜ外国の人間をお使いになるの? 政治局員であるのなら、非合法活動にも使える手足を――それこそ、今のお話に出てきた首謀者のように――いくらでも抱えておられるのではないかしら?」

「……正直に申し上げましょう。この陰謀は、複数の人間国家にまたがるものなんです。

 ですから、仮にぼくたちの作戦が失敗に終わった時――テロ行為が実行に移されてしまった時――その現場に、ユカニム大教国の人間がいた痕跡が残ってしまうと、非常に困るんですよ」

 気まずくなり、話し相手から目を逸らすローレンス。その弱気な態度は、かえってシャルロットに、「嘘を言っていない」という印象を与えた。

「国外の人間で、なおかつ、天使ユカニムのために命をかけることができる人間。面倒な命令に従ってくれて、融通がきき、荒事にも対処できる。さらに言うと、運悪く作戦行動中に命を落としても、誰も困らない……そんな条件で、あなたのご友人のマルヴォーリオ・イリリ氏に、人材を探してもらいました。

 そして、紹介して頂いたのが、あなただったのです。……怒りましたか?」

「いいえ。期待した以上に率直で助かりますわ。

 それで、ふたつめの質問なのですが。具体的に、どのような陰謀が進行していますの? 先ほどのお話では、詳しいところがかなりぼかされているようでしたけれど」

「そうですね……どこからお話しするべきか。

 最初はまあ、よくあるような、密告の手紙だったと思って下さい。ある国のある貴族が、ある過激な思想を持つ平民に資金を与え、破壊活動を行うよう煽動している――といった、具にもつかない種類のものです。

 年に十か二十は、その手の訴えが政治局に届けられます。もちろん、ほとんどは悪戯か妄想の類ですが、こちらも国民の生活を守る立場にありますので、一応はその内容を調査してみるんです。

 その結果……非常に残念なことですが……その密告が嘘ではない、という証拠を、探り当ててしまいました」

「破壊活動を計画している平民を見つけた、と?」

「いえ。正確には、過激な思想を持つ平民に、何者かが大金を与えているという事実を確かめました。しかも、かなり巧妙にカネを移動させているので、流れの始まりがまったくたどれないという怪しさです。後ろ暗いところがない取り引きなら、誰が誰にいくら金を払ったか、すぐにわかるものなんですけどね。

 資金を受け取った平民は平民で、その事実を隠し、何やらこそこそやっています。密告状には、彼が実行するよう命じられた作戦の内容も記されていたのですが……ああ! 天使ユカニムよ、人という愚かな生き物を哀れみたまえ!」

 ローレンスは頭を抱え、祈りの言葉を呟いた。彼にとって、それは頭に思い浮かべるのも恐ろしいものだったのだ。

「心して聞いて下さい、ミズ・フェステ。彼らの望みというのは、非常に単純。天使ユカニムのもたらした人類の希望、『聖杯』を、二度と使えないように破壊してしまうことなのです」

 ガタン、と、鋭い音が店内に響いた。ローレンスの発言に、シャルロットが反射的に立ち上がったのだった。

 彼女の顔に、もはや余裕はない。しかし、動揺もなかった。木彫りの仮面のように表情が消え失せ、瞳の奥に、冷たい殺意の炎が灯っただけ。

 その変化に、ローレンスは息を飲む。色気の漂う美しい女性が、いきなり鉄の刃に変わったような気がしたからだ。その切っ先は、彼の鼻先に突きつけられている――あるいは、彼の話の向こうにいる、テロリストたちに。

 しかし、その剣呑な時間は長続きしなかった。シャルロットは、音を立てずに座り直し、ふぅ、と柔らかなため息をついた。

「失礼しました。どうか、続きを」

「は、はい。……ぼくたちの調査によりますと、その平民はいわゆる、『反帝国主義者』であるようなのです。

 ベルホルム帝国を嫌い、この国が力を持っているのが我慢できない、という考え方の持ち主です。そこで、帝国の権威の象徴である『聖杯』を破壊し、国際的な地位を転落させたいと考えているらしいんですね。

 帝国にあるのは『小聖杯』ですが、最初に持っていたものと、途中でリルロッサ王国から奪ったものとで、ふたつという数を所有しています。

 ぼくたちユカニム大教国は、『大聖杯』を所有しているので、『小聖杯』を持つ他の国に対して、ある程度のアドバンテージを持っていました。しかし、帝国はふたつという『聖杯』の数を強調することで、大教国と自分たちは、天使様から同じぐらいの祝福を得ている、という主張を始めたんです。

 国同士の力関係の上下は、外交上、とても重要なのですよ。かつて我が国に頭が上がらなかった帝国が、『小聖杯』をふたつ揃えた途端、強気になりました。輸出入の税率も、出入国審査も、国際裁判の判決も、少しずつ向こうの国に譲ったものに変わってきています。

 では、帝国にあるふたつの『小聖杯』のうち、片方だけでも破壊されたら、どうなるか?

 言うまでもありませんね。帝国は世界第二位にランク・ダウンし、大教国が第一位に返り咲きます。ぼくたちは大きな利益を得て、帝国は数々の不利益を被るでしょう。

 大教国の政治に携わる者としては、まあ歓迎すべき結末です。でも、ユカニム教徒としては――いいえ、天使ユカニムに救われた人類の末裔としては、絶対に許せません。『聖杯』は、人類が未来永劫守っていかねばならない命綱なのですから」

 力強く言い切ったローレンスに、シャルロットも頷く。

 彼女は、熱心な『聖杯』崇拝者である――正確には、『聖杯』と、そこから産み出される『聖水』を絶対視する、『純水派シンシアラ』という団体に属している。

 この団体は、天使ユカニムによってもたらされた聖なるものが、『悪魔を退治する』こと以外の用途で利用されることを好まない。政治上の取り引きに持ち出したり、権威の象徴として誇示するのは、天使に対する冒涜であると考える。彼らにとって天使の道具は、人間を守護し、幸福を維持するためのものとして、国家というシステムより上位に置かれているのだ。

 そんなシャルロットにしてみれば、『聖杯』の破壊を企むなどというのは、人類、いや、世界に対する反逆であり、けっして許されない大罪だ。空想するだけでも『死刑デス・ペナルティ』に相当する。たとえ報酬がまったく出ない、と言われても、彼女はこの陰謀を阻止するべく、作戦への参加を熱望しただろう。

 彼女の中に生まれた確固たる意思に気付いて、ローレンスは少しだけ気が楽になるのを感じた。この人ならば、問題なく任務を完遂してくれるだろう――そんな信頼感が、胸の中に芽生える。

「では、こちらをご覧下さい、ミズ・フェステ。あなたの仕事の対象となる、四人の工作員たちです」

 そう言って、ローレンスがテーブルの上に広げたのは、四枚の羊皮紙だ。

 それぞれに、紫色のインクで精緻な肖像が描かれている。全員が男。若者から年寄りまで、年齢の幅はなかなか広いようだ。

「まず、このチームのリーダー……ロミオ・ピュラモッシ、三十三歳」

 ローレンスは、シャルロットに見えやすいように、一枚を彼女の方へ滑らせた。

 そこに描かれていたのは、長く伸ばした黒髪と、鋭い眼差しが印象的な美男子である。あごの輪郭は細く引き締まっており、唇は固く横一直線に結ばれている。思想的犯罪者というよりは、自由な無頼漢のように見える――と、シャルロットは思った。

「技術国家であるジャゼ共和国の出身で、三年前にこのアンペルバールに移住してきました。現在の仕事はベーカリーのオーナーですが、故郷では鉱山技師として勤めていたようです」

「鉱山技師?」

「ええ。つまり、爆薬のプロフェッショナルってことですよ。鉱山では、固い岩盤を破壊するために、強力な爆弾を頻繁に利用しますからね。

 首謀者から提供された資金は、彼によって爆薬の購入にあてられているとみて間違いありません」

「『聖杯』の破壊方法は、爆破、ということ?」

「可能性は非常に高いでしょう。剣やこん棒を叩きつけるよりは、確実なやり方です。

 ……次に、ベンヴォーリオ・ゲルフ、三十歳。ユカニム教会アンペルバール支部に所属する神父です」

 二枚目の肖像が、一枚目と同じように差し出される。四角い輪郭の顔に、眉毛とまつ毛以外をきれいに剃り尽くした坊主頭。目は少し垂れ気味で、穏やかな光をたたえている。

「彼の教会では、年に二回、信徒たちに『小聖杯』を公開する儀式を執り行っています。大司教がベルホルム皇帝から借り受け、大聖堂の祭壇に二十四時間安置し、誰でもが拝めるようにするのです」

「『聖杯』がテロリストたちの襲撃を受けるとしたら、その公開の日、というわけね?」

「確実でしょうね。一般公開されるその日以外は、『聖杯』は鉄壁の警備を誇る皇帝の居城に隠されていますから。

 ……次。マーキューシオ・スペイダ、二十六歳。牧場経営者です」

 三枚目の肖像に描かれていたのは、もっちりと膨れた頬を持つ、丸パンのように太った男だった。鼻も目も口も小さく、頭頂部付近にだけ、筆の穂先のような短い毛がちょろんと生えていて、まるで赤ん坊をそのまま拡大したかのような顔だ。

「アンペルバール郊外に、そこそこの広さの牧場を所有しています。チームは秘密の会合を行う時、彼の牧場内にある邸宅を利用しているようです。家畜泥棒を寄せつけないため、という名目で、なかなか厳しいセキュリティを張っていて、ぼくたちが放った調査員は、敷地に侵入することすらできませんでした。

 ……そして最後。ジョージ・バルサザー、五十六歳。アンペルバール衛士隊に所属する、ベテラン衛士です」

 四枚目の肖像は、一気に歳を取った。横に広く、縦に短い、蛙のような顔。全体的にシワだらけで、左の目尻に豆粒ほどのシミが浮いている。髪は短く刈っていて、ほとんどが白髪のようだ。眼光は鷹のように鋭く、シャルロットには疑り深そうな性格の持ち主に見えた。

「もと軍属で、『福音』持ちです。能力は、『手のひらから拳大の火の玉を出せる』というもので、正直なところ、戦闘能力としては大したものではありません。ただ……ロミオ・ピュラモッシの技術と合わせて考えると……」

「ピュラモッシが爆弾を用意し、バルサザーがそれに着火する。火を使うテロは、まず火種を起こすことに手間取るものですが、彼らならその心配はありませんね」

「その通りです。もし、自爆覚悟で、導火線のない爆弾なんかを用意されたら、消し止めることもできません」

「爆弾を抱えたテロリストが、祭壇に飾られた『聖杯』に歩み寄り、自分自身に火をつけるというわけね。恐ろしい話だけど、自分の主張を通すために、そういうことをやってのける人はたくさんいるわ。

 なんとしても止めなくてはなりませんわね。ファーザー・ヴェロナット、私はこの四人を監視し、彼ら以外の誰かから連絡が来るのを待てばいいのですね?」

「いえ、それだけではありません。彼らの陰謀が、どの程度進行しているのか、その調査もお願いしたいんです。

 首謀者は、かなり長期的な覚悟で作戦にのぞんでいるようです。どう見ても何の繋がりもない工作員四人が、友人として付き合い始めたのが、二年以上前からだそうですから。その頃から陰謀が始まっているのだとしたら、次の『聖杯』公開日には爆破を実行してしまうぐらいに、話がまとまっていてもおかしくありません。

 もしそうなら、ぼくたちの調査が間に合わないんです。陰謀が現実に遂行されたなら、首謀者たちはもう工作員たちと接触しなくなるでしょう。そうなると、完全に手がかりが失われ、首謀者は逃げ延びることになる。

 ですから、もし工作員たちが動き出そうとしていたなら。何とかして、行動を延期するように仕向けて欲しいんです。

 いいですか、あくまで、『延期』させて欲しいんですよ。『阻止』ではないんです。

 たとえば、工作員を不用意に警戒させて、陰謀を中止に追い込んだりするのはいけません。陰謀そのものが潰れると、やっぱり首謀者と工作員たちの連絡は途切れます。ぼくたちが首謀者の正体を突き止めるまで、工作員たちには順調に企みを続けていてもらわないとダメなんです。進み過ぎず、止まらせず。その絶妙なバランスが求められます」

「……ええ、と」

 慎重に念を押すローレンスを、シャルロットは二秒ほど見つめて。

 それから、さらに五秒ほど考えて。最後にこう確認した。

「その、つまり、まとめると。

 一、対象が誰かと連絡を取り合わないか見張って、

 二、対象が行動を起こさないように牽制して、

 三、しかし行動を完全にやめさせないように配慮して、

 四、その状態を、あなたたちの調査が終わるまで維持する

 ……ということで、いいのかしら?」

「そうです。連中に、ただ延々と計画を練り続けるだけの日々を過ごさせてやって欲しいんです。

 自分で依頼しておいて、なんですが……かなり、その、無茶な話だとは思います。しかし、誰かがやらなければならないことだし、失敗も許されません。

 どうか、ミズ・フェステ。この無茶を通すために、ぼくに力を貸して下さい。お願いします」

「……わかりました、ファーザー。私の命に代えても、やり遂げましょう」

 シャルロットは四枚の羊皮紙を重ねて揃え、たたんで懐へおさめた。

 ローレンスに熱心に乞われるまでもなく、彼女は最初から引き受けるつもりでいた。陰謀の内容が『聖杯』の破壊だと聞かされた時点で、断る選択肢は失われていたのだ。

(ただ――強いて言うなら、引き受ける前に、もうひとつ確認しておきたいことがあったのだけれど――。

 いえ、黙っていましょう。もし、『No』という答えが返ってきたら、とてもとても、困ってしまうもの――)

 心の声を、ワインと共に飲み下す。沈黙は美徳だということを、シャルロットは深く理解していた。



(ねえ、ファーザー・ヴェロナット)

(あなたは、あなたが首謀者を見つけるまでの期間のことしか、私に指示しなかったわ)

(そのあとのことは、どうすればいいの?)

(リクエストがないということは、私の裁量に任せてくれるのかしら)

(――ねえ、ファーザー・ヴェロナット)

(首謀者を見つけて、捕まえたら、そのあとはどうするの?)

(私の手の届く場所にいるであろう、工作員たちはどうするの?)

(あなたは、捕まえなくちゃ駄目だとは、言っていなかった)


(あえて答えは聞かないわ。――全員、私が殺してもいいのよね?)


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