はじまりに代えて/とある素人歴史家が、酒の席の余興として語った物語
のぞいてくれてありがとう。それじゃ、新しいお話を始めるのじゃよー。
――おとぎ話をしようか。
みんな大好きな、剣と冒険と神秘の物語さ。何でか知らんが、そういう話を嫌う奴には、出会ったことがないね。
もちろん、天使や悪魔も出てくるとも。そういった連中がちょっかい出してくれないと、人間同士で争うしかなくなるからなぁ。それじゃあまりにもドロドロし過ぎて、万人向きじゃなくなっちまう。どうせ戦わにゃならんのなら、少しでも夢のある方がいい。生々しいばかりの話なんて、まっぴらだ。
――おっと、すまんすまん。俺の愚痴なんか聞きたいわけじゃないよな。そうそう、おとぎ話をするんだった。いい加減に話を始めなきゃなぁ。うんざりされちゃおしまいだよ――。
■
まあ、そうだな、むかしむかし――具体的には、ざっと七千年ぐらい前のことだと思ってくれ。
その頃は、今よりずっと人間の数が多かった。と言っても、狭い範囲にぎゅうぎゅう詰めになってたってわけじゃない。単に人の住んでた土地が今よりたくさんあったってだけで、人口密度の平均は大して変わらなかったはずだ。
うん、そりゃもう世界中、いたるところに人がいた。俺たちの暮らしているこの街からじゃ、何十年歩いてもたどり着けないような、そんな想像もつかないような遠くにも、当たり前のように人々の営みがあった。
街や村や畑や港が、数えるのもおっくうになるぐらいたくさんあって、誰も足を踏み入れたことのない土地なんてないほどだった。まさに人類が天下を取っていたわけだな。一番栄えてた頃には、なんと三十もの国があったそうだ。今じゃ、たったの四ヵ国で世の中を回してるってのに、な。
何で、三十が四にまで減っちまったかって? そんなの決まってらぁね、いけすかない悪魔の軍勢が、人間に戦争を仕掛けてきやがったからよ。
悪魔たちがどこから来たのか、それは誰も知らない。ただ、記録によると、地面から涌き出すように、いつの間にか現れたらしい。
悪魔どもは、とにかく数が多かった。人間の軍隊が数万単位で守りを固めても、向こうは涼しい顔して、数十万単位で襲いかかってきた。
しかも、一匹一匹がとにかく強かった。下っぱのゴブリンだとか、スライムとかなら並の兵士でもやっつけられるんだが、爵位級の悪魔となると――ん? シャクイキュウが何かって? あー、要するにお偉い連中だよ。食堂で言うならゴブリンが皿洗い、爵位級悪魔は料理長や副料理長だ。すごさがよくわかるだろ。
で、その料理長級、じゃない爵位級悪魔どもは、恐ろしいことに人間の攻撃がまったく効かない。剣も槍も、弓も、拳も、奴らにかすり傷ほどのダメージも与えることができなかった。
なぜか?
連中は、影とか霞みたいな、目には見えるけど触ることのできない、非実体の存在だったんだ。
どこかの学者様は、悪魔を生物学的に分類するにあたって、『精神体』という言葉を使った。肉体を持たない、心だけの生き物ってことらしいな。
身体がないんじゃ、斬りつけても突き刺しても、当たるわけがない。それでいて、向こうは魔法で作った火の玉を投げつけてきたり、巨大な竜巻を起こしたり、雷を落としたり、一方的に攻撃してくることができた。
そりゃ勝てないよ。
人間は容易く蹴散らされた。いくつもの国が滅び、多くの人々が故郷を追われた。
悪魔どもは、人のいなくなった土地に居座ると、そこを自分たちの暮らしやすいようにととのえ始めた。爵位級の悪魔ともなると、山を削って谷に変えたり、天気や季節を操ることもできるんだな。
ある場所は、人食い植物のはびこる密林になった。ある場所は、吹雪の絶えない氷原になった。ある場所は、溶岩の流れる灼熱の火山になった。
そんな風になっちまっちゃあ、もう人は住めねえ。
悪魔によって奪われ、改造され、完全に支配された土地を、人々は恐れと悔しさを込めて『魔街』と呼んだ。
魔街は、時が進むにつれ、どんどん増えていった。悪魔はとにかく、住む場所を欲していたようだ。侵略は枯れ野を焼く火のように激しかった。人は負けっぱなしで、一矢報いることすらもできない。広大だったはずの領土は、ガンガン削られていった。
わずか五十年ぽっちで、大陸がひとつまるごと、悪魔の手に落ちた。
当時の世界地図を見ると、広大な海の上に、陸地はたったひとつしか描かれていない。つまりこの時点で、人類は踏みしめることのできる地面を、猫の額ほども残さず、完全に失っちまったんだ。
かろうじて生き残った人たちは、船に乗って海へ逃れた。もといた大陸を背に、西へ、西へと漕いでいく。
――ところで、お前さん。天使ユカニム信仰についてはどのくらい知っている? 人類史上、一番古い宗教だが。
その教典には、天使たちの住まう極楽の地『翡翠色の庭園』が、西の果ての果てにあると記されている。脱出者たちは、絶望的な状況でその記述にすがりついたのだろうよ。天使の治める安住の地が、太陽の沈む水平線の彼方にあると信じて、懸命に船を進めたんだ。
結論を言うと、その信仰は報われた。一年にも及ぶ航海の末、ついに彼らは新たな大地を見つけたんだ。
それこそ、今、俺たちが暮らしている『第二大陸』と呼ばれる世界さ。
奇妙なもんでな、世の中には、自分たちが腰を据えている土地の名前を『第二大陸』だと知っていながら、なぜ第二と呼ばれているのか、第一はどこなのか、知らないし疑問にも思わない、っていう馬鹿者が多いんだ。無論、第一は悪魔どもに奪われた最初の大陸さ。
さて、新たな大地にたどり着いた人々だったが、彼らは上陸の際、とあるお方の出迎えを受けた。
それは、出会えたことが奇跡と思えるような意外な方であり、しかしそこにいて当然の存在でもあった。
何者か? そう、他ならぬ天使ユカニム様さ。
故郷を追われた哀れな信徒たちを見かねて、ご降臨あそばされたのだ。
この時のことは、ユカニム教の僧侶によって詳しく記録されている。翡翠色の後光を背負ったその天使様は、金髪碧眼の美しい女性だったそうだ。海原を臨む切り立った崖の上に立ち、近付いてくる船団を見下ろしていた。その姿を目にした避難民たちは、まぶし過ぎるほどの尊い気にあてられて、膝を折って頭を垂れずにはいられなかったという。
彼女は言った。
『ようこそ、信仰篤き者たちよ。我々は我々の庭に、そなたらを受け入れる。この地は翡翠色の庭園、先住者は天の意思のみ。天の意思は光に溶け、虚空以外の居場所を求めず。
そなたらはこの地で土を踏みしめ、産み、増え、再びの繁栄を迎えるがいい』
『国を興し、土地を守れ。身体を鍛え、剣を鍛え、信仰を鍛え、庭園の守護者となれ。悪魔たちは遠からず、この地にもその汚れた手を伸ばしてくるであろう。その侵略を、そなたら自身の手でもって跳ね返せ』
天使様のお言葉は、人々への励ましであると同時に、命令だった。
噛み砕いて言うと、『悪魔にやられておうちをなくしたのはかわいそうだから、住むところを融通するよ。でもそれ以上はなし! また悪魔来ると思うけど、新しいおうちを守るのは自分でやってね』ってことだな。
天使様ってのはこんな風に、一見慈悲深いようにふるまいながら、要所要所でキッチリ線引きしてくるところがあるんだよな。古い神話を漁っていると、天使様が困っている人間にドライな対応をするエピソードが意外とあって面白い。
まあ、土地がもらえただけでも、その当時の人々にとってはありがたかっただろう。天使ユカニム信仰はここからすさまじい勢いで隆盛し、特に熱心な信徒たちが集まって、北の地に宗教国家ユカニム大教国を建てた。第二大陸最初の国で、現在の四ヵ国のひとつだな。
さらに、他の人々も気の合う同士で集合体を作り、それぞれが違った特色を持つ国として発達していった。
農業を営む生産者たちは、王国を作り、大陸の南側に住み着き、田畑を広げ始めた。
鍛冶や縫製などの技術を持つ職人たちは、共和国を作り、大陸の西側に工房を構えた。
腕に覚えのある武人たちは、帝国を作り、大陸の東側に砦や防壁を築いた。
今の世界を治める四つの国家、その基本が、この時に成立したわけだ。
――さて、そんな風にして、一度滅びかけた人類は蘇ったわけだが。万事安泰だったというわけでは、もちろんない。
悪魔への恐怖が、依然として人々の心に暗い影を落としていた。敬愛する天使様が『あいつらまた来るよ』って太鼓判を押してたし、無敵の防御力を誇る爵位級悪魔への対抗策を、誰も、まったく見い出せていなかったからだ。
侵略を跳ね返したくても、新しい住み処を守りたくても、相手に指一本触れられないのでは、どうしようもない。
もうひとつ言うなら、戦力の絶対的な不足も無視できなかった。
第一大陸を追われた時点で、人類はあまりにも消耗していた。第二大陸にたどり着けた人たちの数は、悪魔が来る以前の総人口の二分の一、いやいや、二十分の一以下にまで落ち込んでいたという。いくら産んで増えろと言われたって、十年や二十年じゃ、元通りの人口にまで回復するのだって難しい。悪魔と戦えるような大軍団を編成するなぞ、夢のまた夢だな。
途方に暮れた大教国の教皇様は、『どうか天使様、今一度我々にお力添えを願います。せめて、悪魔と少しはいい勝負ができるくらいに』――と、信仰をふりしぼって訴えた。
そしたら天使ユカニム様も、さすがに無茶振りをし過ぎたな、と思い直して下さったんだろうな。ある日、教皇様の夢枕に現れ、こう告げた。
『そなたらの信仰に報いて、天の意思はふたつの恵みを地に降らせることを決めた』
『ひとつは神器。聖なる杯によって清浄なる水をさらに清め、剣に祝福を与えよ』
『もうひとつは福音。力ある言葉を、選ばれし者の魂に刻み込む。理を超える言葉によって、理の限界を補うべし』
教皇様が目を覚ました時、ひとつめの恵みである神器は、すでに届けられていた。枕元に、見覚えのない黄金色の杯が置かれ、神々しく輝いていたんだ。
それもひとつではなく、四つもあった。飼い葉桶のように大きなものがひとつと、ワイングラスほどの小さなものが三つ。
それぞれ『大聖杯』、『小聖杯』と名付けられ、大聖杯はユカニム大教国に、小聖杯はひとつずつ、他の三国に分けられ、それぞれの国の元首のもとで、大切に保管されることになった。
天使様からの授かり物であるこの器が、悪魔との戦いにおいてどのような役に立つのか? その答えは、すぐに知れた。
ヒントは、教皇様が夢で聞いた『清浄なる水をさらに清め、剣に祝福を与えよ』という言葉だ。その内容にそのまま従うべく、教皇様は井戸のきれいな水を汲んでこさせ、『聖杯』を満たした。
すると、どうだろう。黄金色の器は、天使様の後光を思わせる淡い翡翠色の輝きを放ち、その光は中の水に染み込んでいった。
聖なる発光がおさまるまでには、三十日もの時間がかかった。それだけの日を跨いだのち、教皇様は『聖杯』の中の水に、近衛から求めた剣をひと振り、沈めた。
そして、それを引き上げると、ただの鋼に過ぎなかった刃が、やはり聖なる翡翠色の輝きをまとったんだ。それは剣が『聖水』の祝福を受け、悪魔を退ける力を得た証拠だった!
他の『小聖杯』も、同じように清潔な水を注ぐことで、武器を祝福できる『聖水』を作り出す力のあることが確かめられた。人々は天使様に感謝しながら、手持ちの武器を片っ端から『聖水』で清め、祝福していった。
ふたつめの恵みである福音は、教皇様が夢のお告げを見た一年後に現れた。
大教国に住む若い夫婦の間に生まれた赤ん坊が、教会で洗礼を受けている最中に、神聖な翡翠色の光に包まれたんだ。
同じような輝きに包まれた子供が、王国でも、共和国でも、帝国でも見られた。しかし別に、その子供たちに特別な変化があったようには見られず、大人たちは首を傾げた。
そう、その時点では、変化がわからなかった――子供たちが天使様に何をされたのか。それがわかったのは、ある程度成長してからのことだった。
ある子供は、手から火の玉を放てるようになった。
ある子供は、強い風を自由に吹かせることができるようになった。
ある子供は雨を降らせ、ある子供は雷を落とし、またある子供は、大岩を持ち上げる剛力をふるった。
これが、天使様のもたらした福音の力だった。洗礼の際に、彼らの魂には『火』や『風』といった天の言葉が刻み込まれ、その内容に応じた超能力を行使できるようになっていたんだ。
その力はすさまじく、ひとりひとりが、千人の兵士に勝る強さを発揮した。彼らは『福音使い』と呼ばれ、『聖水』の祝福を受けた剣と同様、対悪魔戦争での切り札になると目された。
――天使様が、人々にふたつの恵みを授けられてから、十八年後。
ついに、来るべき時がやって来た。
東の海の向こうから、悪魔たちが大挙して押し寄せてきたんだ。
人々は決然と、これに立ち向かった! まず、帝国の兵士たちが、尖兵である実体ある悪魔たちとぶつかり、第二大陸への侵略を水際で食い止めた。
彼らの持つ武器は共和国製のもので、頑丈さと鋭さをあわせ持っていた! 巨大なサイクロプスの首でさえ、易々とはねるほどの品質だ。兵糧や薬は王国から、続々と送られてくる。帝国兵たちは腹いっぱい食って、傷の手当てをして、最高のコンディションを維持しつつ、目の前に現れる悪魔を退治し続けた!
だがそれでも、敵は次々に湧いてくる。斬っても斬っても、きりがない。
そこで、『福音使い』の出番だ――天使様の力を得た彼らが、この世の理を超えた能力で、悪魔の群れを一掃していく! 密集した悪魔たちの真ん中に、大砲をバカスカ撃ち込むような、ド派手な活躍だったと歴史書にはある! ああ、もちろんもっとお堅い文章で書いてあったさ! しかしここは噛み砕かないと面白くない、そうだろう?
――さて、そんな風に雑魚どもが散々やられたなら、次は当然、大物が出てくるわな。
そう、爵位級悪魔のお出ましだ。
最初の第二大陸襲撃の際、悪魔側の指揮を執っていたのは、ボザトゥリス伯爵という怪物だった。黒い霧のような瘴気をまとった大怨霊で、人を指差すだけで殺す力を持っていた。もちろん実体はなく、剣も弓も、大砲も通じない。普通の兵士では、どうにも太刀打ちできない相手だ。
しかし、人類はすでにして、非実体の爵位級悪魔への対抗策を手に入れていた。
もうわかっているよな? 天使様の、もうひとつの恵みだ。
ボザトゥリス伯爵の出現を確認すると同時に、通常武器で武装していた帝国兵たちは素早く後退し、入れ替わるようにユカニム大教国聖剣騎士団が出陣した! 当然、『聖水』による祝福を受けた武器を手にして、な!
彼らの進撃を、『福音使い』たちがサポートした。雨や炎や風で、伯爵の目をくらまして、騎士たちを指差すことができないようにした。
一気に距離を詰める騎士団! 大怨霊も、おぞましい猛毒の瘴気をばら撒いて身を守ろうとするが、騎士たちは鎧兜にも『聖水』を塗布していたんだな。邪悪な気をものともせずに突進し、伯爵に斬りつけた!
効果は抜群だった。非実体のはずの大怨霊が、この世のものとは思えない絶叫を上げたんだ。その霧のような身体には大きな傷が開き、血の代わりに赤黒い蒸気を噴き出していた。
二撃、三撃と聖なる刃を叩き込むと、さすがの伯爵もばらばらにちぎれ飛び、その姿は次第に薄まって――最後には、完全に浄化されて消滅した。
親玉であるボザトゥリス伯爵が滅びるのと同時に、その部下たちも、一匹残らず渇いた粘土のようになって崩れ去った。どうも実体ある悪魔たちというのは、爵位級悪魔が操る意思なき人形のような存在であるらしくてな。爵位級悪魔がいる限り、無限に湧いて出るが、操り手が死ぬと、魂が抜けたように全滅してしまうんだ。
こうして、人類は初めて、悪魔に勝利した。
天使の助けを得て、みんなで力を合わせて、勝利をもぎ取ったんだ。この喜ぶべき日は、『安息の日』と名付けられ、今も祝われている。
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――以上が、この大陸の起源にまつわる物語だ。
伝説兼、子供向けのおとぎ話だな。それでいて、実際にあったと思われる歴史だ。
七千年が経った今でも、人類は第一大陸から攻めてくる悪魔たちと、定期的に戦っている。俺たち一般人にはあまり馴染みがないがね、帝国や大教国の騎士団に入った奴の話では、悪魔とやり合うための特別部隊への入隊試験が、年に二回行われているそうだよ。それにパスすれば、『聖水』によって祝福された剣を受け取れるってわけだ。
さらに言うと、最近は今ある土地を守るだけじゃなく、奪われた土地を取り戻すべく、遠征も行なっているらしい。
そう、第一大陸に出向いて、魔街を攻略しているのさ。
悪魔によって改造された魔街の環境は、その地を治める爵位級悪魔の魔力によって維持されているらしくてな、これを倒せば、自動的にもとの姿に戻るんだ。
雑魚悪魔も、主人を倒せば全滅してくれる。つまり、爵位級悪魔を倒しまくれば、人間の住める、魔物のいない、元通りの土地が戻ってくる、って寸法よ。
――ん?
――とすると、第一大陸の土地も、もうかなり取り返せているんじゃないか、って?
――国同士ががっちり連携してて、『福音使い』がいて、決め手である『聖水』に祝福された武器があるなら、悪魔なんか恐るるに足らないじゃないか、って?
いやぁ、それがそうもいかないんだ。
まず、悪魔どもも土地を取られたくないから、必死に抵抗する。第一大陸はすでに、連中のホームだから、戦力は充実してるわな。人類が最高の準備をして攻め込んで、魔街ひとつを解放しても、一年も経たないうちに取り返されたりする。開放した場所を守ろうとするなら、さらに別の戦力が要る。
次に、『福音使い』は、言うほど強い超能力者ばかりじゃない。
最初は、天使様も気合いを入れたんだろうなぁ。火とか風とか水とか土とかを自由に操る、天変地異のような力を持った『福音使い』ばかりが生まれてたらしいんだけどな。最近じゃ少し飽きてきたのか、『猫と話ができる能力』だとか『楽器がなくても音楽を奏でられる能力』だとか、微妙な超能力を授けるパターンが多くなってきてるらしい。
しかも、『福音使い』になる子供の割合も、年々減ってきてる。昔は教会で洗礼を受ける赤ん坊のうち、十人にひとりくらいは『福音』をもらえたらしいが、今じゃ五百人から千人にひとり、という低確率だ。これじゃ戦力にはしにくいな。
――最後に。昔と違ってな、国同士があんまり、連携を取れなくなっちまってるんだ。
ぶっちゃけて言うと、人間同士でいがみ合いをし始めて、悪魔ばっかりを相手にしてる余裕がなくなってきてんだね。
たとえば、世界中の信仰を集めているユカニム大教国。ここには一番大きな『大聖杯』があり、大量の『聖水』を常備している、対悪魔の総本山だ。
しかし、『小聖杯』しか持たず、ちょっぴりの『聖水』しか作り出せない他の国からは、嫉妬も集めちまってる。
さらに彼ら、他の国が『聖水』不足で困ってる時には、自分のところの『聖水』で祝福した武器をレンタルするって商売をしてるんだが、いずれ返さにゃならんものと引き換えに、なかなかお高い寄付金を要求すると言うんでね、政治畑の連中からの評判はよくない。
多くの兵を抱える帝国。ここはまあ、軍事国家だから、とにかく強い。実体ある人間相手なら、四ヵ国最強だろう。それに、第二大陸の東側にあって、常に悪魔の侵略を最初に受けるから、自分たちが他の三国を守ってやってる、という自負を持つのも仕方ない。
だが、それゆえに、他の国を見下してるところがあってね。王国や共和国に『護国料』という名目で上納金をせびったり、それを拒否されると、軍隊を使って国境を侵したりした。
共和国はかろうじて、自前の兵隊でこれを追い返したけど、王国は勝てなくてね。国民を人質に取られ、最終的には、持っていた『小聖杯』を帝国に譲ることで、やっと兵を引いてもらうことができた。
これが千年ほど前に起きた、一番大きな人対人の戦争だ。それ以来、帝国はふたつの『小聖杯』を所持することになった。もちろん、王国からは最悪の感情を向けられることになったがね。
比較的平和なのは、共和国だが――ここも実は、五百年前に『小聖杯』を失っている。戦争によってじゃない、もっと薄暗い、暗殺によって紛失したんだ。
かの国では、議会によって選出された大統領が『小聖杯』を保管していたが、その大統領が刺殺される事件が起きた。
彼は就寝中に、ベッドの中で首を刺されていたという。そして、枕元の金庫がこじ開けられ、中に納められていた『小聖杯』が、影も形もなくなっていた。
犯人は不明。厳重な警備体制を敷いていた大統領官邸に、どうやって忍び込み、出ていったのか、今でも謎に包まれている。『小聖杯』の行方も不明。いまだに、発見されたという話は聞かないね。
容疑者としては、以前に乱暴な方法で王国の『小聖杯』を奪った帝国が有力視されているが、帝国はこの疑いを完全に否定してる。
――まあ、なんだ。人間も、ひとつの考え方だけでまとまってるわけじゃない。一時は結束できても、さすがに七千年も経てば、足並みが揃わなくなるさ。
悪魔と人との間に、決定的な断絶があるように、さ。国と国との間にも、汚い争いがあって。さらに言えば、同じ国に住む人たちの間でも、陰謀が渦巻いていたりする。
世の中ってのはそういうもんさ。
人類全体のために、身を粉にして悪魔と戦おうっていう清廉な心の持ち主もいれば、ごく個人的な満足のために暗躍する奴も、たくさんいるんだ。
――おっと、でも、勘違いはしないでくれよ。
社会の裏の裏で暗躍する奴を、別に俺は嫌ってたりするわけじゃない。いい奴とは言えんだろうが――そういう奴がいるからこそ、滞っている物事がスムーズに進むようになったりもするんだからな。
結局のところ、俺たちは天使でも悪魔でもない、中途半端な人間なんだ。
翡翠色の庭園に住んでて、天使様の祝福を受けてたって、清濁どっちもなくちゃ生きてけないのさ――。
■
――ん、何だって?
こんな生々しい結論、万人向けじゃないって? ふん、その通りだよ、ちくしょうめ!