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僕が失ったもの達

作者: 五十嵐 涼

センター試験まであと2日。


僕は全てのものを遮断する為にカーテンも閉め切り、鍵までかけて自室に籠ってからかれこれ2週間経った。


いや、正確に言うともっと前から籠もりきっていたのだが「正月くらいは家族揃って食事をしよう」などと両親が頼んできたので仕方なく元旦の食事はリビングで済ませた為、僕の籠城生活は一度リセットされてしまったのだ。


因に籠城生活をするにあたって、僕は自分の部屋を大改造した。


部屋の中にあったテレビ、ゲーム、漫画などは全て捨て、ベッドも捨てた。


この寒い時期、ベッドは受験生からすると魔物以外の何ものでもない。あんなものは、一度中に入ってしまえば8時間近い時間を無駄にしたあげく、更にそこから出るのは赤紙を貼られ戦場に向かう羽目になった少年兵の様に過酷で重度の精神的ストレスを与えるものだ。


だったら、最初からそんなものが無ければ良い。


僕は寝心地の悪さを追求しつつ、風邪を引かない程度の暖はとれる寝具、つまり寝袋で寝ていた。


今、僕の部屋にある物は机、カレンダーに時計、それから寝袋に参考書、参考書、参考書、参考書だ。


食事は決まった時間に部屋の扉の前に置いておく様に母さんに頼んである。


それから生理現象を極力抑える為に水分が少なめの内容でお願いしていた。


あと、風呂はというと…風呂は入らない。


というか、臭いなどで他人に不快感を与える事を覗いてしまうと入浴という行為にどれほどの意味があるのか僕には分からない。


リラックス効果などと言う人間もいるだろう。


しかし、どちらかというと入水恐怖症に近い僕からすればあれはリラックスどころかギロチン台に等しい。


それから風呂に入らないなんて不潔だと言うやつもいる。


しかし、そこは僕に限って問題ない。


食事を用意してもらう際に除菌スプレーとウエットティッシュを用意してもらっているのだ。


全身に除菌スプレーを余す事無く振りかけ、ウエットティッシュで綺麗に拭きあげているから寧ろ下手な入浴よりも清潔だ。


それから集中力。


そんなに籠ってもどうせ集中出来ているのは数時間だろ、と世間一般の受験生ならさじを投げてしまいそうなこの生活が出来るのも僕の集中力が桁外れだからなせる技だ。


そう、僕は天性の才能とも言える超人的な集中力を持った男子高校生なのだ。



しかし、これには最大の欠点があった。


集中し過ぎたあまり、今が朝の8時なのかどうなのか分からなくなってしまった。


では、カーテンを開けて太陽の陽があるのか夜空なのか確認すれば良いではないかとなるのだが、鳥黐で壁紙にきっちりと貼付けてしまった為なかなか剥がせない。


これは鳥黐の粘着力を計り違えた僕が悪い。


とりあえず壁紙が根こそぎ剥がれてしまいそうなので、カーテンを強引に開ける事は諦め、僕はリビングに向かう事にした。


部屋の鍵を外し、ドアを開けると久しぶりにこの部屋に空気が舞い込んできた。


その空気を吸い込んだ瞬間、僕のお腹がなんとも情けない音を上げた。


(そういや、食事もすっかり忘れていたな)


しかし、ドアの前にはいつも置いてある食事が乗ったトレイが見当たらなかった。


「朝の8時でも夜でもどちらにしてもこの時間には食事が置いてある筈なのに、ったく母さんなにやっているんだよ」


僕は母さんがすっかり忘れてしまっているのではと思い、苛立った足取りで急いで階段を降りて行った。


階段を降りると左側に玄関、それからすぐ正面にはリビングへの扉がある。玄関には靴が置いてあるので出掛けてはいない様だ。


しかし、何故だろう。


リビングからは、明かりが廊下へと漏れているのにテレビの音はおろか、人のいる気配が全くしない。


ドア越しから感じるものには、まるで深夜の路地裏の様な静けさと不気味さがあった。


僕は違和感を抱えつつもそっとリビングのドアを開けた。


するとやはりリビングはもぬけの殻で、天井に設置されたシーリングライトから放たれる明かりが逆に寂しさを助長させていた。


「あれ?二階かな?」


ふと庭へと続く大きな窓に目がいく。


遮光カーテンは両端にカーテンホルダーによって縛られているためレースカーテン越しに外がすっかりコバルトブルーに染まっている事が分かった。


僕は窓に近づき外の様子を見つめる。


庭には僕が捨てたベッド、ビニール紐でまとめられた漫画やゲームが置いてあった。


冷たい雨にさらされたそれらを見ていると、物には感情がないと分かっていてもどうしてだろう、申し訳ない気持ちが沸き起こってきてしまい思わず庭先に出てみる。


「雨ざらしはちょっと酷かったかな」


風は無いものの、この時期の雨はまるで縫い針の様に刺さって痛い。


パーカーのフードを被り、暫し僕は僕の墓場で呆然と立ち尽くしていた。


そう、ここは僕の墓場。


受験に没頭する余り捨て去った大事なもの達が、彼らの意志とは無関係に眠らされている場所。


バイブルとまで読んでいた漫画はもう雨と土の所為でドロドロだ。


そして、その土の下には僕の両親が眠っている。


眠っている?僕の両親が?



「そうだ!受験勉強の邪魔だから父さんと母さんもここに埋めたんだった」


僕は受験勉強に熱中する余り、両親の事などすっかり忘れていた。


自分が殺して埋めた事も忘れてしまう程の集中力に思わず自分で笑ってしまった。


だが、両親の事を思い出すともう一つ大事な事も思い出した。


そして、目の前にある大きな穴にも気付く事が出来た。


ここにはもう一つ埋めてあった筈なのに。


どうしてだろう、掘り返されている。


いや、これはもしかして


「おにいちゃん」


急に後ろから声が聞こえ僕の全身が凍り付いた。


そう、確かに僕は両親と共に妹も埋めた筈なんだが…………。


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