溢れる
ドクッ‥─────
切なげに眉を寄せて笑った鹿間に、心臓が跳ねた気がした。
それがどんな感情か分からないけれど…
「あの顔を見たら、俺なんか涙止まらなくて。胸がすっごくギュッてなって苦しくて……先輩のこと心配して今まで見てたけどあの時はっきり分かったんです。…あぁ、俺この人のこと好きなんだっ…て。男とかそういうの関係なく、高島葵を好きになったんです」
何でだろう?
目の前の優しい微笑みに頭がクラクラする。
年下でしかも男に告白されてるっていうのに胸が締め付けられて言葉も出ない。
俺は‥‥──────
「ふぁ‥ねむ…」
衝撃の告白の翌日。
ガンガン頭痛がして一睡も出来なかったせいでひどく体が重い。
あの後
『ちょっと今は混乱してるからしばらく静かにひとりにさせてくれ』
と言ってふらふらと帰宅した。
せっかくやろうと思ってたテスト勉強も全く出来ずただただ鹿間のことばかり考えている。
「男だぞ……俺もあいつも。っなんでだ‥」
何でこんなにあいつの存在が頭から離れないんだろうか。
誰も俺の孤独に気づかなかった。俺自身ですら。
なのにどうしてあいつは気付いた?
「もぉ訳分かんねぇし‥‥ダルい。学校休む」
今日は学校に行ける気分じゃなかった。
静かな部屋でただ1人、真っ白ながら無機質な天井を見てた。その白はゆっくりとグレーに変わり次第に黒に染まっていった。
俺は静かに眠りに落ちていったのだ。
眠りについてから何時間たっただろう。
薄く目を開くと窓の外はもう夕暮れだった。
「あぁ…寝過ぎて逆にダルいわ」
ここ数日、原因不明の頭痛と胸の痛みで自分は悪い病気なんじゃないかと疑い始めた。
「喉かわいた……」
変な感情と痛みに振り回されて、しかも自分の知らない自分までも見透かされて。本当に鹿間はとんでもない奴だ。
ベッドから抜け出して冷蔵庫に向かって歩いていると、ハッとした。
また…あいつのことを考えている。
開けられた心の中身がドロドロと零れていく。それはなかなか止まらず、あろう事か更に量が増えているようなのだ。
「……あ…」
冷蔵庫をあけると、そこには少量の食材のみで飲みの姿はなかった。
買い物に行くのは面倒だけど飲み物ないなんて暮らしていけない…。
ちょうど外の空気を吸えば気が紛れるんじゃないかって思って、近くのスーパーに買いに行くことにした。
アパートから五分くらいのスーパーは俺が小さかった頃、よく母さんと買い物に行った場所だ。
母さんは今幸せなんだろうか…?
「別にどうでもいいけど‥‥」
自分の子供より男を選んだ女だ。今更何かを思った所で届くこともなし、無駄なだけだ。
緩く頭を振って余計な考えをかき消すと、俺は玄関を出た。
散歩の時間帯なのか、犬を連れた人と何度かすれ違う。犬は飼い主に忠実なところが俺は嫌いだったりする。
待てと言われたら例え腹が減っていたとしてもがまんして待つのだろう。
自由気ままで誰かのペースに合わせようとしない、そんな性格の猫が好きだ。猫は本当に可愛い。たまに甘えてくるときはこっちもデレデレになってしまうくらい……
「猫飼いてぇな…」
「あっ……‥」
突然後ろから声がしてびっくりして振り返る。
「先輩っ」
「し‥鹿間!?」
ギョッとした。何故こんな所でもお前に会わなければならないんだ!
「あっあの…っごめんなさい!!」
「はっ?…って!おい」
丸い目を更に丸くさせたかと思ったら、鹿間はくるっと身を翻し走った。
「待てよっ、何で逃げんだよ!」
俺も走ってすぐに腕を捕まえた。…て、なんで追いかけてるんだ俺は。
「ごめ……なさい…。1人にしてほしいって言われたのに。でも俺下向いて歩いてて‥前に先輩歩いてたなんて全然気付かなくて……。本当にごめんなさい、俺消えますから!」
「…っお前ふざけんなよ!」
なんだか、イライラした。
「おかしいって分かってるんです……っ本当‥ごめんなさ……。でも先輩のこと好きで‥っ」
泣き出しそうな顔。
こいつはどうしてこんなにも、真っ直ぐなんだろうか。無邪気で真面目でお節介で。
俺と似てるところなんて一つもない。
真逆のタイプだ。
「お前のせいで考えなくても良いこと考えちまって、忘れたいこと思い出してムカついてんだよ!一日中嫌でもお前のことばっか考えてんだよっ」
「っ‥‥‥たか…せんぱ‥」
鹿間がハッと、小さく息を飲んだ。
気付いたら掴んでいた腕を引き寄せて抱き締めていた。
自分でもよく分からない…どうして?
俺はこいつの事で頭がいっぱいでいろんな感情が溢れ出して‥‥
その中に『好き』があるのか?
「お前、俺が寂しそうだったって言ってたよな?」
「‥‥はい」
「俺は、悲しいとか寂しいとか苦しいとか…そんなモノは人間がそれを理由にして都合のいいように生きていく為のものだと思ってた。だから俺はそんなものはいらないって、心を殺して生きてきた。」
回した腕でよく分かる、鹿間は多分いますごく緊張してる。でも俺も冷静じゃなくなってる気がする。
「お前と会って…お前に言われて、俺の中で何かがおかしくなったんだ」
強く抱き締めたまま、うまく言葉にできない気持ちを伝えていく。
「俺の心ん中ぐちゃぐちゃにしやがって…‥もう蓋したくても無理なんだよ。お前が責任とれよ」
「っあ‥‥え?……えと‥…」
ゆっくり見上げてくる。その目は期待の色を含み潤んでて、今にも泣き出しそうだった。
「…ま…好きかどうかなんて今は分かんねぇけど…お前の事、知りたいって思った。お前はストーカーだから俺のことよく知ってるんだろうけどな‥。俺は名前くらいしか知らないし」
「っ先輩…!…ぅっ‥好き‥好きです‥っ」
俺の言葉を聞いて、とうとう泣き出した鹿間は何度も好きと零してギュッとしがみついてきた。
「はぁ‥‥」
男だけど、ちょっと可愛いかもしれない‥と思ってしまった自分が何だか恥ずかしくて口元を手で覆った。
俺もいつかこいつを好きと言う日が来るんだろうか‥‥──?
完