高島 葵
親父は俺が七歳の頃に交通事故で死んだ。
仕事ばかりでほとんど家に帰って来なかったし、これといって楽しかった記憶もない。
海に行って魚釣りをしたり近くの水族館で見たクラゲがめちゃくちゃ綺麗だったことくらいしか覚えてない。
父の記憶なんてそんなものだ。
母さんは優しい人だった。あまり帰ってこない父を夜遅くまで寝ずに待っているのはいつもの事だった。料理も上手くて、たまに帰ってくる父に嬉しそうにしながらキッチンに立つ母さんは本当に幸せそうだった。
そんな母さんの笑顔を見てて思った。
母さんは心から親父を愛しているんだな…って。
でも親父が灰になってしまって、母さんは泣くことしかできない人形の様になってしまった。
まともに動くことも、会話も目を合わせることも出来なくなり俺は1人で慣れない洗濯や掃除、料理をしなければいけなくなった。
そんなどうしようもない真っ暗な生活を何年かしていたある日。
俺はもう中学三年になっていた。
何度死のうと思ったか分からない。
血の繋がった人間が一つ屋根の下に居るにも関わらず何故こんなにも悲しい?あまりの寂しさに息が苦しくなる。
───『葵、母さんね…好きな人が出来たの。だから葵にも会って欲しいんだ』
高一の冬のことだった。
母さんはやっと暗闇から抜け出すことが出来たようで、少しずつ普通の生活が送れるようになってきていた。
カウンセリングに行くことで買い物も行けるようになった。
これからは母さんと支え合って協力しあって生きていくんだ……当たり前みたいに思ってたのに。突然のその告白に耳鳴りがして目の前が真っ白になった。
母さんは何か喋っていたけど俺の耳には入って来なかった。
死にそうなくらい…胸が痛かったんだ。
『いつ?』
『どこで知り合った?』
『どんな人?』
聞きたいことは数え切れない程あったのに俺は何も言えなかった。
母さんが回復してくれたのは正直に嬉しいこと。なのにどうしてか、これは現実じゃないんだって…時間を戻せたらいいのになって…思った。
その頃から、俺は感情を表に出すことが出来なくなってしまった。
相手を思いやったり考えたり、笑ったり泣いたり騒いだり。そんな当たり前のことが面倒臭くなった。
勉強だけは出来たけど、そんなんじゃ人間関係うまくいかず気付けば孤立し友達と呼べる人は誰一人として居なくなった。
でも寂しくなかった。
だってそんなものも俺は無くしてしまったから。
『葵…私ね‥』
『大丈夫、俺1人で暮らしてけるから』
母さんのことはよく分かってた。
子供の事を心配している。それは本当に。
でもその原因は自分にあることも。でも男を愛することを止められない。
男は俺の存在がどうも邪魔らしい。それも母さんは知っている。
でも子供を置いて男の所に行くなんて‥って悩んで考え込んでる時点で既に母さんは母親ではなくオンナなんだ。