白い狸
夜に浮かび上がる陰影。それが車。
ある日シンデレラのガラスの靴が解けて、世界中に絡まる。
貴方が欲しい。きっとそう。
音楽を聴く。夜の孤島。ピアノの音がディレイみたいに車内に広がって拡散する。
子供の声がする。何処に?
つま先から痺れる様な打楽器。そして冬。
プリーズプリーズミー。スタンドバイミー。しゃがれた声で歌う。
夜が流れていく。下降下降。ハイウェイはするする僕の下を潜り抜けていく。
フーガだ。僕は思う。遁走曲。走る。走る音。
逃げている。どこから?
ここは何処?何のために。分からないことは、だけれど罪ではない。
夜の底をひたひたと走る。
暗夜行路にトロッコはなくて、少年はもう大人。
ハンドルがスムース。僕の目の前に他のものは何もなくて、ただ広々と夜が広がっている。
ヘッドライト。テールライト。おやすみ。
月が浮かんでいる。白い月。白い狸。
僕には見えるんだ。兎のお株を奪うずるい狸の姿。
それは僕かな。違う気もする。
走る。夜。夜行列車の音はもう彼方。
カンパネルラを探して。もう子供じゃない?
それは間違い。
ここには全てがある。全部が黒に包まれて、だから全部。
「想像力が黄金の鍵だ」
猫の目。猫の目。たった一つ。
ジャズ?嫌いじゃない。けど僕は港の人間じゃないんだ。
白い狸。君の元へ行こう。すぐ其処へ。すぐ底へ。
「知っているかい?」
誰かの声。
「月にも海があるんだ」
誰かの声。
「君は逃げられない。夜はここで終わり」
パッと消える。
白い夜の底。
欲しかったものは海岸からせり上がってきて水平線。
どうやら戻ってきてしまったみたいだ。
ここは海。夜にさよなら。