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「アレが噂の獣神姫ですか……生贄の羊とは良く言ったものですね」
獣人の国“ガルガンテュース”
国民の98%が獣人で構成された国家であり。
獣神“ハウルス”の加護を受けた……狗頭の英雄“ガルガンディ”が、一代で築き上げた国である。
亜人種の中でも獣人は、その姿形や嗜好が獣のソレに近しいことから、人間よりも一段階下の存在として扱われていた。
不遇を良しとしなかったガルガンディは、獣神に同胞の救済を強く願い。その結果……獣神の加護“神獣化”を獲得。以後は破竹の快進撃を続け、群れを率いて国家の基礎を作り上げ。その圧倒的武力を持って周辺国に国家として認めさせる事に成功。
それが獣人の国“ガルガンテュース”の始まりであった。
人間至上主義を掲げる騎士王国“ブリガンティン”のみならず……人間を主とする他の国々にとっても頭の痛い存在であるが、さりとて無視もできぬため。外交は行われている。
だから、そんな獣人の国にギルガイアとロイが滞在していても、問題とはならない。
―――はずだった。
「ソレデ、ドウスルノジャ? ころスノカエ?」
「………聖光教会に属する身として、成すべきことを成す迄ですよ」
ある日の夜。獣神の国に一発の銃声が響いた。
放たれた銃弾が捉えたのは……王宮の奥にある神宮。そこに住まう獣神の巫女その人であり……。
凶弾によって獣神姫が倒れたとの報は廻り。獣神の国に激震が走った。
獣神の姫を巡る。三つ巴の協奏曲。
奏者は踊り。聴者は舞い。指揮者は嗤う。
そして、歌姫は……口を閉ざされた。
作詞は大衆。作曲は聴衆。
―――爪弾く譜面は、誰の手に?
――――
―――
――
「わらわノて、ニきマッテオロウ?」
「……いきなり何ですか?」
「ン? ねこノてモ、かリタイノデハナイノカエ?
ダカラコウシテ……わらわガ、てヲさシのベテオルノジャ!」
「猫の手なら歓迎しますが……貴方の手は不要ですよ」
「カッカッカッ! ツレナイノゥ……ヨヨヨ。
わらわハ、きずツイタノジャ!
いしゃりょうトシテ、あまイものヲようきゅうスルノジャ!!」
「はいはい、コレあげますから静かにしてて下さいね」
「ナヌッ!? あめだまジャト? マサカほんとうニでテクルとはおもワナカッタのじゃ……。
カッカッカッ! ……ちょうじょうちょうじょうなりヤ」
「……クラス審問官。
そちらの少女は一体……?」
「ウザいだけで 「エッ!?」 実害は有りませんのでご心配なく。
―――それよりも、星霊教会の動きはどうなっています?」
ここは獣神の国。城下町南東地区にある聖光教会の懺悔室。
顔の見えないはずの仕切りを隔てて向かい合うは、教会の暗部である異端審問官とその補佐官。
望外に飴玉を貰ってご満悦だったが、ウザいと言われガチで凹む龍神少女のロイ。
そんな彼女を放置して、二人の神官は話を続ける。
「はい。我々の調べによりますと、国境亡き傭兵団との接触を確認しました」
「……傭兵王が動くと?」
「いいえ。おそらく連隊長止まりだと思われます」
「引き続き監視を願います。
万が一にでも、傭兵王が動いた場合。我々は、手を引くべきですからね」
「承知しました。
それで、騎士王国の動きについてですが……」
陰謀地味た……否。陰謀そのものである会話は続く。
ロイは観ている。
半泣きで、飴玉を舌の上で転がしながら、横に座る人間の男を観ていた。
ギルガイアと出会ってちょうど一年。龍に取っては……瞬くほどに短い一年。
だが、なかなかに充実した一年だったと、ロイは思う。
始まりは、偶然と気まぐれだった。
深い意味など何もない。
そもそも龍神とは、精霊を統べる自然現象の化身であり。人も含めて、あらゆる息とし生けるモノと隔絶された存在である。
自身の力を龍玉と呼ばれる宝珠に封ずる事で、人化する事も出来るが……実際に人化する例は少ない。
何故ならば、それは弱体化に他ならず。省エネ的な意味はあれど、逆に言えば、それ以上の意味など無いからだ。
だが、そんな、数少ない例外に該当するのが……ロイエンタールであった。
龍神の中で最も若く。生まれ持った性質か? 若さ故か? それは不明だが、彼女の好奇心の強さが……災いした結果である。
ありていに云うと―――
ふと思いついて、なんとなく人化を試してみた。
新鮮な感覚にテンション上がって人里に突撃……ハッと気がついたら龍玉を亡くしていた。
―――言い訳の余地もない自業自得である。
「カッカッカッ! まぬけナはなしヨノウ!!」
「なんですか……いきなり?」
「きニセンデよイゾ? チョットむかしヲおもイダシタダケジャ……カッカッカッ!」
怪訝そうな眼でロイを見た後、ギルガイアはため息一つ付き、補佐官との密談を再開する。
龍玉を亡くした事に気がついたロイは、慌てふためく……事は無かった。
大幅に弱体化してようと、龍は龍。
そこらの相手ならば、余裕であしらえるくらいの強さはある。
また、龍玉はそう簡単に壊れるものではなく。仮に壊れたとしても、それはそれで、開放された力が自身のところに戻って来るだけで問題はない。
龍種の寿命は果てしない。
だから探しだすのにどれだけ時間がかかろうと、全く問題はない。むしろ、龍玉を探して世界を巡るのも一興。そんな風にロイは考えていた。
しかし、龍玉はあっさりと見つかった。
考えてみればあたりまえのことだが……自身の気配を追えば、自然と龍玉の元に辿り着けるからだ。
あっけなく見つけた事で、幾分か落胆したものの、龍玉の状態に気がつくと……落胆は驚愕に、驚愕は興味に変わった。
龍玉は……人間の巡礼者が持っていた。
―――否。
人間の巡礼者に“宿って”いたのだ……。
ギルガイア・クラス。
銀の断罪者の異名を持つ……異端な審問官。
これが、彼と彼女の出会いであった。
それから一年。幾日両日。昼夜問わず。ロイは、ギルガイアと共に過ごした。
勝手に付きまとった……と言うべきかもしれないが、ロイとしてはどちらでも良い。
人外の少女は思う。
ギルは、ギルガイアは、自分を……ロイを、ロイエンタール畏れない。
龍神であると信じていない。信じられない。信じたくない心が創りだす。脆弱な人間特有の現実逃避でもない。
自分を異教の神である。龍神であると認識した上で……絶対的強者であると、分かった上で畏れていない。
それは無謀であり。蛮勇であり。生物として危機感が、完全に欠如しているとしか思えない所業である。
―――事実。ギルガイアは、自身の死を恐れていない。
それは、彼が仕える……聖光教会が、死後に幸せを掴む方法を推奨してるからであろうか?
神々の走狗。天上の天使に転生する事を幸せだと捉えるなら。それは当然の思考ではあるが……。
ギルガイアの望みとは異なるように思えてならない。
ロイには理解できなかった。
理解できなかったから、興味をもった。
好奇心の赴くまま、ギルガイアと行動を共にして、観察することにした。
彼の行動原理は単純だった。
―――悪・即・断ッ!
正義の味方を標榜することはないが、やってる事は、まさしくソレである。
ある時は、孤児院経営者であり、奴隷の密売に手を染めていたシスターを裁き。
ある時は、地下ギルドと組んで悪事を働いていた。教会派貴族の一人である悪徳貴族を裁き
ある時は、邪神を崇め、魔族と手を組んで、王位簒奪を企んだ第七王子を裁き。
ある時は、圧政を引いて、民を苦しめる貴族と結託して、私財を潤した神父を裁き。
ある時は、癒やすべき民を見捨て。疫病の蔓延をもたらした司祭と、元凶となった病魔を裁いた。
他にも、様々な“悪”を“罪”と断じて“罰”与え……処刑してきた。
特に、悪徳貴族の時は痛快であった。
「反省している! 心を入れ替え懺悔するから許してくれ!!」 ……と、命乞いする当主に向かって、ギルガイアは淡々と答えた。
「残念ながらボクは、宣教師ではありませんので、教化の権限はありません。
……ですが、哀れな子羊が、迷う事も無く。然るべき地に辿り着けるよう、主に祈ることくらいはできます」
「おお! わ、分かった! 何処にでも行く! 誰に寄進すれば良いんだ?」
「寄進は不要です。
―――逝き先は、あの世ですからね」
「な?! 私が死ねば、困るのは教k…ターン! …ぐふっ!?」
硝煙立ち上る拳銃から発せられた。乾いた残響の中、ギルガイアは淡々と言葉を続けた。
「然るべき地……地獄に辿り着ける事を、前言通り祈りましょう。
―――エイメン」
ロイの価値基準は、人間のソレとは異なる。
だからと言って、人間の価値基準を知らないわけではない。
同意や理解は出来なくとも、把握することぐらいは……龍の叡智ならば十二分に可能なのだ。
その叡智が出した答えは―――
聖光教会の利益を考えるなら、ここで侯爵級の貴族を処断するのは……悪手である。
―――実際の行動とは、正反対の解であった。
ギルガイアは敏い。
つまり、意図的に教会の利益を無視した事になる。
「じょうしノすうきけいニ、おこラレルノデハナイカ?」
「教会が朱に染まるのを良しとするなら……それは上司ではなく。
―――背信者です」
何ら問題は有りません……と、そう淡々と答えたギルガイアに、ロイは戦慄する思いと、込み上げる愉悦を抱いた。
自身の知る“人間の価値観”から、かけ離れた答えだったからである。
正義に狂った狂人?
青臭い正義を語る若造?
善に殉じる殉教者?
それとも、全て分かった上で―――利に成らぬと知った上で、我が道を往く……確信犯なのか?
―――ロイにはまだ、判断がつかなかった。
「それと肝心の獣神姫についてですが……」
「無論。ヤりますよ。
ボクが全責任を負いますので、プランBを進めて下さい
それでは我らの未来に、幸あらんことを……エイメン」
ロイが過去に思いを馳せていた間に、彼らの密談は終わったようだ。
お決まりの文句で会話を締めたギルガイアが補佐官の返事を聞く前に、懺悔室から出て行く。
それを慌ててロイが追いかけていった。
仕切りの向こうの補佐官を兼任する神父は、様々な思いを抱いたが……己の使命を果たすために動き出したのだった。
ギルガイアは、敵を作りやすく。長生きできないタイプの人間です。
それでも今だに生きてるのは、純粋に優秀で、組織的にみてデメリットよりも、メリットが大きいからです。
逆に言えば、デメリットが上回れば……そういう危うさを持つ人物。
それが、ギルガイア=クラスの“教会からの評価”です。