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<1>

 異端審問官を題材にしていますが、実在の事件や同名の組織や役職とは無関係です。


 作中での異端審問官は、教会組織内部の腐敗と裏切り者の粛清を主任務とする存在であって、いわゆる魔女狩りとは無縁であり。むしろ私欲で魔女狩りを行う外道神官を取り締まる立場に有ります。



 ここは港町“アールランス”に有る倉庫街。

 太陽が輝く人々の時間が終わり、月と星と魔の跳梁する時間。

 

 本来ならば、人気なぞ無いはずの倉庫に蠢く人々が居た。

 

 腰に紋章入りの剣を穿き、周囲を警戒する男が7人。

 

 その男たち……この街の治安維持を担う衛兵(ガード)たちに見守られる中、商談を行っているのが三人。

 

 一人は茶色のローブを羽織った初老の男。ローブの下は、この場には不釣り合いな程に上質の服を着ている。

 その対面で、戯けるように“商品”の説明を行うのは、これまた、この場には似合わぬ程に上質の……鎧を着ていた。

 

 そして、残る一人は……憮然とした顔の魔術師風の男で、その二人の取り引きを眺めている。

 

 「……と、言うわけでしてね。

  今回の品を入手するのには予定外に手間取ったんですよ」

  

 「だからと言って、20は暴利だ。

  ……15までなら認めよう」

  

 「いやいや、別に売り手はあんただけじゃありませんぜ?

  ですがまあ、そうですな。

  

  ほかならぬ神殿長である貴方様ですからな……18ではいかがです?」

  

 「戯けが! ワシはまだ、副官でしかないわ!

  だがまあ、それも時間の問題である……よかろう。

  

  17で手を打とう」

  

 「やれやれ、仕方がありませんな。わかりやした。今回はご祝儀ってことで……17で売りましょう」

 

 「……やっと、まとまったか? ならば、今から現物を召喚する。少し離れておれ!」

 

 魔術師風の男が、指輪を掲げ……詠唱を始める。

 指輪に刻まれた呪紋が輝き、中空に幻想的な魔力の光が放たれる。


 光は線となり中を舞い、真円の魔法陣が描かれた。

 

 「……いでよ!」

 

 呪文の最終節を唱え終わると、魔法円が弾け飛び周囲が光りに包まれる。

 

 まばゆい光は、一瞬で霧散すると……その光の中心と成った場所に、大きな樽が現れた。

 

 樽の中身は……麻薬である。

 

 そうこれは、魔術師(ソーサラー)を介在した違法な麻薬取引の現場であったのだ。

 

 魔術師を介在させることで、検問や検閲をすり抜けると言った密輸手段はレアケースである。

 

 だが、めったに無いからといって、それが有り得ない理由ではない。

 

 秘匿性が極めて高く、絶対にバレては困る取り引きなどでは、むしろ重宝されているのが現実なのだ。

 

 だからこそ……副官でありながら、次期の神殿長を名乗ったの男は、この取り引きを始めたのである。

 

 麻薬をバラマキ、それに困った住民を教会の力で救済する。

 その功績を持って……神殿長の座を手にしようと画策したのが始まりだ……ようは、マッチポンプである。

 

 人類の救済を是とする聖光教会に属するにしては、些かどころではない外道であった。

 

 ついでに目の前の男も、証拠隠滅を兼ねて始末するつもりでいるから悪い。

 

 金と女で抱き込んだ、不良衛兵たちは、見張りだけではなく……そのために連れてきていたのだ。

 

 商談も成立し、現品も渡した。

 

 副官にとって目の前の男は用済みである。

 

 衛兵に目配せして、始末をつけようとした瞬間。つまらなそうに魔術師が声を出した。

 

 「おい、舐めてんのか?

  オレはただの魔術師じゃねーぞ……」

 

 悪意に気付いた魔術師風の男は、スリットの入ったローブを翻し、腰に穿いた魔導剣(ルーンソード)を見せつける。

 

 剣を使う魔術師。

 

 それ自体は、さほど珍しくはない。

 

 魔術師となるような上流階級にとって、剣の心得を学ぶのは当たり前の事だからだ。

 

 だが、それが魔導剣と成れば話は変わる。

 

 剣を使える魔術師。

 魔術を使える剣士。

 

 そのいずれでもない。

 

 剣と魔法を……“同時”に扱う魔法剣士(ソーサルファイター)である証明と成るからだ。

 

 この距離であれば、魔術師であろうと剣士であろうと、衛兵7人で囲めばどうとでもなった。

 

 魔術師であれば、近すぎて魔法が完成する前に斬り殺され。

 剣士であっても、7人相手は分が悪すぎる。

 

 取引相手である傭兵くずれの悪徳商人は、鎧こそ着ているが武器は携帯していない。

 ……たとえ持っていても、現役を離れたツケが脂肪となって身についてるため、脅威とならない。


 そう判断した衛兵に間違いはない。

 

 ―――はずだった。

 

 魔法剣士に詠唱はいらない。

 

 魔導剣に刻まれ仕込まれた術式(マトリクス)によって補完されてるからだ。

 

 つまり目の前に居る魔術師風の男改め……魔法剣士は、取り囲む衛兵如きでは相手に成らない存在であった。

 

 それを実証するかの如く。

 

 魔法剣士が剣を抜き放ち。軽く一閃しただけで、衛兵たちは仲良く揃ってあの世に逝った。それを見て青ざめる副官に、傭兵くずれが声をかける。

  

 「わたしを甘くみましたな……まあ良いでしょう

  これは、貸しにしておきます

  

  あなたとは今後とも良いお付き合いをしたいですからな……ふふふっ」

  

 「ぐ……」

 

 副官は外道であったが……相手の傭兵くずれもまた、外道であり、一枚上手だったようだ。

 

 こうして、外道と外道の取り引きは無事に終わり。

 

 弱みを握られた副官は、目の前の傭兵くずれの要求を断りきれず……マッチポンプではなく、本格的な麻薬売買の片棒を担がされることとなった。

 

 そして、この港町““アールランス”に、麻薬が蔓延することとなる―――

 

 ―――はずだった。

 

 魔法剣士の存在が想定外であるのなら……“彼”と“彼女”の存在も外道どもには想定外であった。


 パンッ!

 

 取り引きが終わり……副官が忌々しそうに天を仰ぐなか、突如銃声が響き渡る。

 

 残響残る中。ぐらりと声もなく、傭兵くずれの男が地に倒れた。

 

 「そこまでだッ!」

 

 倉庫の中に忽然と現れた一人の男。

 

 白を基調として蒼のラインで彩られた、旅装にしては鮮やかな衣装を着た。厳しい口調の青年は、傭兵くずれの命を奪った……リボルバー式の拳銃を構えている。

 

 「巡礼者(ピルグリム)……か? なぜこんなところに……いや、調度良い!

  私はこの街の聖光教会副官である! そこの男も神敵に相違ない。

  

  殺せ! 殺してしまえッ!!」

 

 「おいおい。そりゃねーだろ?

  油断しちまったよ。

  

  依頼人が死んじまったじゃねーか……」


 仲間であるはずの傭兵くずれが銃殺されたにも関わらず。魔法剣士に動揺はない。


 用心棒としてのプロ意識からか、ハナから仲間だとは思っていなかったのかは不明である。


 「ええ、殺します。

  神敵を討つのが……ボクの仕事ですからね。

  

  あ、もちろん貴方もですよ? 副官……いえ、背信者(アポステイト)ッ!」

  

 「なっ?! 巡礼者如きが何を……あ!? そ、その銃は……ッ!?」

  

 魔物が闊歩する世界を旅して回る巡礼者は、ある程度の自衛力を持っているのが常識であるため、銃器を持ってること自体はオカシクはない。

 

 例え、銃器自体が珍しいシロモノであっても、有り得ないわけではない。

 

 ―――なのに副官が驚愕したのは何故か?

 

 有り得ないのは……その銃の造りであった。

 

 聖銀(ミスリール)を素材とした銃身に、聖光教会の聖印である蒼い十字が刻まれた銃。

 

 それが意味するものは、聖光教会の関係者ならだれでも知っている。

 

 異教徒(ペイガン)異端者(ヘレティック)を狩り出し……秘密裏に始末する。

 

 教会の暗部であり、威信を担う存在でも有る……殺人許可(ヴォーパルオーダー)を与えられた処刑人(エグゼキューター)

 

 ―――異端審問官(インキュイジター)の証であった。

 

 「バカな……!? な、なぜこんなところに異端審問官がいるのだッ!!!」

 

 「マジかよ!? あー依頼人が死んじまったら用はないんで、帰っていいか?」

 

 「見逃すとでも?」

 

 「だよな! って、せいやっ!」

 

 戯言を吐きながらも隙を伺っていた魔法剣士は、突然魔導剣を振って魔刃(シェイバー)を飛ばす。

 

 「無駄です……よっと!」


 パンッ! ……バシュ!

 

 再度銃声が響き、魔刃と弾丸がぶつかり合い相殺される。

 

 「おいおい、たかが銃弾で、オレの魔刃を防ぐのかよ!?」

 

 「そっちこそ、こんなところにいるにしては……腕が経ち過ぎますね。

 

  ………どこかの間諜ですか?」

  

 「生憎とただの冒険者崩れの用心棒さ。

  だがまあ、こんな場末で異端審問官様と殺り合うはめになるとは……悪いことは出来ないもん……だなッ!」

 

 魔法剣士は、魔導剣を再度振るって魔刃を飛ばす。

 

 だが、今度はそれに合わせて自らも飛び込み間合いを詰める。

 

 魔導剣の真骨頂は、飛び道具に非ず。

 

 魔力によって強化された刀身を使っての白兵戦。それが、魔法剣士の真の力なのだ。

 

 しかも、それだけではない。

 

 身体能力強化も平行して行うため。生身の人間では知覚すら出来無い速度で動くことも可能であり。それは、彼の……異端審問官である。

 

 ―――銀の断罪者“ギルガイア・クラス”の予測を超えていた。

 

 彼の得意な戦法は、銃による連撃と精密射撃である。

 

 得手は間接攻撃であり。白兵戦は、苦手ではない程度の実力しか無い。

 

 それでもソコに倒れている衛兵程度なら、軽くあしらえるくらいの実力はあるが……魔法剣士相手では、分が悪すぎた。

 

 囮と分かっていても無視できず、まんまと魔刃を撃ち落とさせられ。その瞬間にはすでに、魔法剣士の振りかざす魔導剣が、彼の目の前に迫っていた。

 

 もはや、死は避けられない。

 

 異端審問官は、強者であり。かなりの猛者であるが……決して無敵ではない。


 

 文字通り、相手が悪かった。



 ガキンッ!


 

 ―――そう、相手が悪かったのである。



 「なっ! なんだとーッ!?」

 

 「カッカッカッ! よキカナよキカナ!

 

  わらわニちノひとすじヲながサセルトハみごとなリッ!」

 

 「……“ロイ” 礼は言わないぞ!」

 

 「よキカナよキカナ!

  コレハわらわガ、かってニシタことヨ……れいナゾふようなリッ! カッカッカッ!」

 

 「ぐぬぬ……!」

 

 振り下ろされ。彼を真っ二つにするはずだった魔導剣は……刹那に割って入った者に、蒼い血(・・・)を一筋流させる事と引き換えに、真っ二に折れてしまう。

 

 有り得ない現実に、驚愕して固まる魔法剣士。

 

 異端審問官である彼と、魔法剣士の間に割り込んだのは……少女であった。

 

 愛らしい姿に似合わぬ豪胆な笑い声を放ち、一筋の流血と引き換えに生身の腕(・・・・)で、魔導剣を受け止め。見事にへし折ったのは……。

 

 正真正銘。

 

 異端中の異端。

 

 龍神を崇める集団……異教徒の神様本人。

 

 龍神皇(ナーガラジャ)そのモノであり。

 

 今は人間の少女の姿をしている龍人族(サルパドーラ)その人? であった。


 別作品のスピンオフ……と言うよりも、別視点、外伝的なお話ですが、完全に独立していますので[勇者よ! 早く来い!!]を読んでなくても問題はありません。


 ―――ありませんが、読んだ方が理解はしやすいと思いますw


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