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シンシア  作者:
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シンシア 04



 それから毎晩、サイドテーブルにカードが一輪の花と供に置かれるようになった。

 さほど大きくないカードには、一言二言日常会話程度のことが書かれ、そして最後には決まって『何か不自由があれば遠慮なく言うように』と締められていた。

 ある日、ルーノはカードを置く人が、ノクト陛下本人かもしれないと考えた。そしてそうならば待ち伏せしようと一日寝室にいたが、結局会うことはできず寝てしまい、翌朝起きたときにサードボードに同じようにカードと花が置かれているのを見て、軽く落ち込んだりもした。

 ルーノは、本当にゆっくりと生活させてもらっているように感じた。ルーノ自身に外へ行くという欲求が少ないからか行動範囲は狭いが、美しく手入れされた庭をよく散策する。体力が少なかったルーノは、それによって少しずつではあるが、体力が人並に近付いているようだった。

 好きな場所で、おいしいお茶やお菓子をいただき、眠る。花々の中で日の光をいっぱいに浴びるルーノは、まるで白い妖精のようだと、テクシーロをはじめその姿を目撃した侍女や兵たちは思った。


「ルーノ様、新しいお洋服が仕上がってまいりましたわ」

「え……ま、また、ですか?」


 両手に一着ずつ、新たに届けられたというルーノの服を持ったテクシーロが部屋へ入ってくる。日光が注ぐ大きな窓の傍のソファでまどろんでいたルーノは、その言葉にポカンと口を開けた。 

 ルーノが故郷から持ってきた荷物は極々僅かで、服は数着だけだった。そもそも、気候が大きく違うコンフォルタでは、アクヴォラードの服は使えない。そのため、コンフォルタへやってきた次の日、ルーノはさっそく採寸されルーノのために服を作られることになった。

 その作業は前々から用意されていたようで、数日もしないうちにルーノの体に合わせたオーダーメイドの服が届けられるようになったのだ。はじめは感謝して受け取っていたルーノだったが、その数が増すごとにだんだんと不安を覚えるようになっていた。空っぽだった大きなクローゼットの半分を超える頃には、「もう、いらない」とルーノには珍しく焦った声で訴えるほどだった。

 それなのにテクシーロがまた新しい服を持って現れたものだから、ルーノも呆然としてしまうのも無理はないだろう。


「このお色、ルーノ様の御髪を引き立たせるとてもいい色ですわね。あ、こちらはめずらしく濃い色ですが、これもまたピシッと凛々しい感じになりそうですわ~」


 他にも小物が届いたのか、テクシーロに続き何名かの侍女が手に箱をいくつも持って入室してくる。皆どこか楽しげな表情なのだから、ルーノはなにも言えなくなってしまう。

 テクシーロ曰く、ルーノを着飾るのは侍女の最大の楽しみであり、腕の見せ所なのだそうだ。

 実際、テクシーロ達は小さく可愛らしいまるで人形のようなルーノを、それこそ字の如く着せ替え人形のようにしていた。それほど、着せ甲斐があり、そして似合うし可愛いしで余計に火がついてしまうのだ。


(も、もう、きてないほう、が、おおくなっちゃった……)


 数日に一度は仕上がってくる服は、袖を通していない物のほうが数を上回ってしまった。今の時期、気候が穏やかなコンフォルタは運動しない限り汗をかくことはほとんどないため、着替えは二、三日に一度で十分な状態なのだ。

 加えてルーノは公の場へ出る予定はないため、ルーノを飾り立てたところで披露する機会はない。だが、もうそんなことは些細な問題だと言い放ち、テクシーロ達は日々ルーノを磨き上げることに全力を尽くすようになっていた。

 おかげで、白く長い髪は天使の輪ができるほど艶やかになり、肌も瑞々しく健康的なものになっていた。三食栄養がとれた食事のおかげで血色もよくなり、頬も唇もきれいな桃色になっている。

 コンフォルタの服は、男の場合何枚も薄いシャツを重ね着し、最後に厚手の上着を着て、首元はレースのハンカチやリボンで飾るというものだ。下はズボンで、ルーノの場合は膝下までの丈にタイツを合わせ、ヒールの低い靴を合わせるパターンが多い。頭から被るワンピース一枚と下着程度が基本のアクヴォラードの格好に慣れていたルーノは、はじめは窮屈さを感じたものの、体に合うように採寸された服のおかげか今ではもう随分と着慣れてきたように見える。

 髪もゆるくまとめられたり、時には編み込まれたりといろいろな形へとセットされていく。シンプルな髪飾りやリボンで止められて仕上げられた髪。テクシーロや侍女達が毎日なんの躊躇いもなく触れてくるため、ルーノはふと思うようになってきていた。――自分は忌み子などではなく、ただの一人の人間だったんだ、と。

 実際、ここでは母国で受けたような扱いは一切されていない。ただただ、ルーノが静かにゆっくりと暮らせるようにと扱われ、配慮される。物心ついたときから幽閉された生活だったため、それが苦痛だと思うこともなく暮らしてきたせいか、コンフォルタへ嫁いできてしばらくは驚きの連続だった。だが、これがルーノの地位では当たり前の待遇で、これからはずっとこういう暮らしになるとテクシーロに教えられてからは慣れるようにと以前と比べることをしないようにしてきた。

 快適な暮らし。なにも不自由なことなどないが、ただひとつ、ルーノが気にかかっていること。それはやはり、夫となる王のことだった。

 ルーノはソファのすぐ横の机に置いてある、小さな箱を手に取り開ける。中にはこれまで送られてきたカードが入っている。昨晩もらったばかりの、一番上のカードを手に取り文面に目を走らせる。相変わらず達筆なアクヴォラード文字で、こう綴られていた。

『我が花嫁。故郷を想って泣いていないか心配です。あなたが涙を流しても、私は拭ってあげることができません。どうかお心静かに、お過ごし下さい。不自由があれば、すぐに傍のものに申し付けてください』

 そして最後には、コンフォルタ文字でノクトのイニシャルが書かれている。添えられていた花は、テクシーロがひとつ残らず押し花にしてくれている。いつもルーノを気遣い、優しい言葉を書いてくる王。そんな王に、ルーノはいつしか会いたいと、書かれている言葉たちを直接言って欲しいと、強く思うようになっていた。


「………」


 窓の外を眺め、どこか憂いた表情になったルーノにテクシーロ達はほぅっと息を漏らす。まるで絵画のようだと思えるその情景に見惚れていると、コンコンと部屋の扉をノックする音が響いた。ハッと我に返ったテクシーロが、足早にそちらへ向かう。


「はい。……あら」


 来訪者を迎えたテクシーロが、驚いたような声を上げたのでルーノはそちらをみやる。

 扉の影にいる相手は見えなくて誰だろうと思っていると、テクシーロが頭を下げて一度こちらへやってくる。


「ルーノ様。アルバーロ様がいらっしゃっておりますが、お通しししてもよろしいでしょうか?」

「?」


 初めて聞く名を告げられ、ルーノは誰か分からず身を固めるが、とりあえず頷く。ここに誰か訪れることは初めてのことだ。ルーノは少し緊張しながら、立ち上がり相手を出迎える体勢になった。

 開かれた扉。そこから入ってきたのは、長身の金色の髪を持つ美丈夫だった。くっきりとした二重に、若干下がっている柔和な目元。すっと通った鼻梁に、薄い唇。透き通る青い瞳はまるで空のようだ。肩より少し長いくらいの髪はさらさらと風になびき、それを引き立たせる藍色の衣装は彼にとても似合っていた。そして服を着ていてもわかる鍛えられた体により、彼のシルエットはスマートに見える。

 兄のファイロも国内で有数の美男子だったが、彼も負けていない。

 気付けば見惚れていたルーノは、続いて入室してきたさらに大きな体をした兵――ミナージョを見つけたとたん、表情がパッと明るくなった。


(ミ、ミナージョ、さん、だ)


 ゆっくりとルーノの元へ歩み寄ってくる二人。数日振りに再会したミナージョの方ばかり見ていると、ミナージョがルーノを見て苦笑をもらした。

 ん? と思っていると、ふっとルーノに影が落ち、そちらを見ると目の前にはルーノを尋ねてきたという男が立っていて、驚きと見上げるほどの大きさに圧倒された。


「あなたが、兄の花嫁様ですね」


 胸に手を当てた男が、軽く屈み、ルーノに目を合わせるとそう呟いた。

 低くゆったりとした声音で尋ねられ、ルーノは『花嫁』という単語に反応して慌ててこくこくと頷く。そんなルーノの様子を見て、優しさを滲ませていた彼の瞳が笑みでさらに柔らかくなる。


「はじめまして、私はアルバーロ・ハーヴィ・コンフォルタ。王の弟です。どうぞ、アルと呼んでください」

「おとー…と……」


 告げられた事実を、ルーノは脳内でゆっくりと処理し、やがて目の前の人物がノクトの弟だとわかって慌てて挨拶を返す。

 興奮気味にコンフォルタ式の挨拶でちょこんと膝を屈伸させ名を告げれば、アルバーロはくすくすと小さく笑った。


「確かに兄が言っていた通り、なんて可愛らしい御方だ。座っても?」


 朝日のようにすがすがしい瞳から、ルーノはアルバーロが危険な人ではないと本能で感じとった。

 そして、ローテーブルを挟んだ向かいのソファへの許可を求められ、頷くと自分も座る。

 ミナージョは着席したアルバーロの後ろに立つ。ちらりとまた目を合わせると、その行動に気付いたアルバーロが「あぁ」と話しかけてきた。


「そういえば、ミナージョが花嫁様のお迎えに上がったんだったかな?」

「はい」


 アルバーロが尋ねると、ミナージョは返事をしてルーノを見つめる。どこか探るように見回された後、ふっと口元を綻ばせた。


「ルーノ陛下はここの生活に馴染めているようですな。表情が旅のときよりも数段明るくなっておられる」

「ほう、それは良かった」


 ミナージョの言葉に、アルバーロが安心したように微笑む。その笑顔に何故か恥ずかしくなって、ルーノは俯くと、ここでテクシーロがお茶を運んできてルーノとアルバーロの前に置いた。


「何か困ったことはないかい、テシィ」

「大丈夫ですわ、アルバーロ様。ルーノ様はまったくの無欲なお方で、なにも言ってくださらないのです」

「あ、ぅ……」


 普段から何度も要望はないかと聞かれているため、テクシーロの訴えにルーノは言葉を無くす。

 本当に何もないのだ。というよりも、生きるために必要な衣食住が与えられている時点で、ルーノは満たされている。

 困って眉を下げるルーノの表情を見て、アルバーロはまたくすくすと笑った。


「兄上も言っておられた。何も言ってこないのは我慢しているんじゃないかって。本当に、欲しいものや食べたいものはないのですか? ルーノ様」


 アルバーロにそう聞かれ、ルーノはハッと顔を上げる。その反応にアルバーロは何かあるのかと身を乗り出すが、ルーノから出た言葉に表情を固くした。


「あに、うえって、ノ、ノクトさま、ですよ、ね? アルさま、は、ノクトさまに、あえる、の、ですか?」


 たどたどしい口調ながらも、一生懸命に聞いてきたルーノの質問内容に、アルバーロはふとテクシーロを見る。テクシーロは頷いたのを見て、アルバーロは何度か聞いた、ルーノがノクトに会いたがっているという報告を思い出した。


「……はい。私は、兄と会うことを許されています」


 肯定の答えに、今度はルーノは食いつく。


「どう、して、ぼくは、ノクトさまに、あえない、ですか?」

「………」

「ぼく、あいたい、です」

「ルーノ様……」


 初めてこんなに強く何かを訴えるルーノを見た一同は、その必死さに同情を覚える。けれど、ルーノがどんなに望んだところで、それがか叶うことはない。


「申し訳ありません。それだけは……できないのです」

「どうして?」


 やはり無理だと言われ、ルーノは眉を下げ理由を問う。できないの一点張りでは納得できないと目で訴えると、アルバーロは視線を下げ、苦しそうな声で言った。


「兄は、……以前のあなたと同じだからです」

「え……?」

「申し訳ありません。私からは、これだけしか言えません」


 きょとんとした表情になったルーノに、アルバーロは繰り返し謝罪を述べる。


「………」

「……………」


 もうこれ以上のことは言ってくれないと悟ったルーノは、ソファへ深く座りなおした。周りの人たちも、気まずそうに視線を揺らしている。優しい人たちを困らせてしまったことに、ルーノは申し訳なく思った。


「……そ、です、か。ありがと、ござい、ます。………あ、えと、じゃあ、どんな人、なのか、おしえて、ください」


 それでもルーノは、ノクトに関して何でもいいから知りたいと思った。

 会えないわけはもう聞かない。けれど、実際に会っている人物が目の前にいるのだ。この機会を逃したくはないと、ルーノは再び質問をする。


「どんな、とは?」

「んと、やさしい、とか、おちゃが、すき、とか、んと」


 頭で整理しきれないまま喋るものだから、まとまっていない言葉になってしまっているが、アルバーロはルーノの言わんとしていることを悟り、あぁと頷いた。


「兄上の人柄、ですね。そうですね……兄はとても勤勉で、真面目で、そして努力家です」

「きん……えと……」


 難しい単語が並んで、ルーノはわからないとテクシーロを見る。ルーノの視線に気付いたテクシーロは、さっと側にくる。


「王は、勉強やその他、なにをするにも一所懸命に真面目に取り組まれる、と」


 テクシーロの説明で、ルーノはやっと理解してこくこくと頷く。その様子を見て、アルバーロはルーノには簡単な言葉を使って話すようにと、兄に言われたことを思い出した。


「あと、さきほどルーノ様がおっしゃったように、兄上はとても優しい人です。常に、皆が幸せになれるようにとがんばっています」


 アルバーロは自分の兄を誇りに思っているようで、話しながら表情が明るくなっていく。ルーノもノクトのことが知れて、嬉しくてこくこくと頷く。

 熱心に語り聞く二人を、周りはいつのまにか、暖かい目で見守るように見つめていた。




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