シンシア 01
受けが設定上幼い子のようなしゃべり方をします。
また、最初数話は少しシリアスな部分があります。
ご了承のうえ、お読み下さい。
質素な外見をした箱馬車が、建国際で賑わう街の裏道を人目を避けるように走っている。
全ての窓に掛けられた布。その一部を少しだけ捲り、中にいたルーノは丘の上に建つ月夜に照らされた大きな城を見上げた。
(あそこが、これから、すむところ……)
ルーノは母国アクヴォラードより、ここコンフォルタへと嫁いできたのだった。
馬車は夜の闇に溶け込むように、その存在を悟られることなく城の裏門へと到着した。
前後についていた二名の騎士のうちの一人が馬上から手を上げると、門は静かに開いた。そしてルーノの一行を内側へと取り込むと、小さな軋みを伴って閉めらる。そして敷地に入り少し進むと、馬車はゆっくりと停車した。
(……ついた、の、かな)
振動がやみ、話し声が聞こえてきて、ルーノはまた窓の幕をめくろうとした。だが、手を伸ばそうとしたところで、扉がカチャリと開かれた。
外側からゆっくりと開かれていく扉を、ルーノはじっと眺めた。誰がいるのだろうか。知らない人かもしれないと、ルーノは身を硬くする。
間もなく開かれたその向こうから、この一ヶ月のあいだ供に旅をしてきた騎士のミナージョが顔を覗かせると、ルーノは体から力が抜けた。そんなルーノに、ミナージョは穏やかに話しかけてくる。
「殿下、ようやく到着いたしました。さぁ」
言葉と供に、手を差し出される。ルーノは旅の間に何度もされたその行為が、下車を促す合図だと学んだ。
大きく無骨な手袋に覆われた手に、小さく白いルーノの手が重なる。そして自国の民族衣装である、ゆったりとした長袖のワンピースのようなカラフルな服の裾を持ち上げながら、ルーノは外へと足を進めた。ゆるやかな風が吹き、腰まである白い髪がさらりと流れる。
「ルーノ殿下、長旅お疲れ様でした」
「っ!?」
辺りを照らす照明が少ないため暗くてよく見えなかったが、下りた先には何人か人が立っていて、驚いたルーノは小さく息を詰めた。
手にランタンを持つ侍女。その明かりに浮かび上がる、上質な服を纏う眼鏡をかけた長身な男性と目が合えば、にこりと微笑まれた。彼の雰囲気はどこか高貴なものを漂わせており、それに気付いたルーノは、旅立つ前に長兄ファイロに教えられたこの国のやり方の挨拶をする。
右手を胸に、左手を背中側の腰に当て、目線を下げながら軽く屈伸をして、ルーノは小さく名を名乗った。
「はじめ、まして。ぼ…わたし、は、アクヴォラードの王が弟、ルーノ・ステーロ・アクヴォラード、です」
兄に教えられてから、一人で何度も練習した挨拶。
うまくできただろうかと、ちらっと上目遣いに相手を見上げれば、迎えてくれた男性はレンズの奥の目を丸くしてルーノを見つめていた。隣にいた侍女も、後ろに控えていた兵たちも同様の表情をしている。
(あ、れ……ぼく、ま、まちがえ、た……?)
彼らの様子に、ルーノは失敗してしまったのかと内心焦った。
もしくは、己の姿にやはり驚いているのだろうかと思う。ルーノは髪、まつげにはじまり、全ての体毛が白く、瞳もかろうじて白目の部分より灰色がかっているとはいえ、白かった。
この姿は、母国ではひどく嫌われた。だから、他国で文化が違うとはいえここでもそうなのかもしれないと、元から青白かった顔色をさらに青くする。
不安から瞳を覆う長く白いまつげを震わせて、視線を隣にいるミナージョへと移した。
コンフォルタからルーノを迎えに来たミナージョを、この場にいるメンバーの中ではもっとも頼りにしている。そんな彼に自然と助けを求めれば、小柄なルーノが真上を向かなければ目が合わせられないほど巨体なミナージョが、膝を折りルーノと目線の高さを合わせゆっくりと告げた。
「殿下。挨拶は身分が下の者からしなければならないのです。ここにいる者達のなかでは、殿下がもっとも高貴な御方。そんな殿下が先に名乗ってしまわれたので、皆驚いているのです」
「あ……そ、そう、だったの、ですか……」
ゆっくりと、分かりやすく説明してくれたミナージョの言葉に眉を下げたルーノは、再度正面に立つ男を見上げる。
そこにはもう驚愕していた表情はなく、はじめに目を合わせたときと同じ笑みを浮かべていた。そして、今度はその男が、先ほどルーノがした動作をし、名を告げた。
「ごきげんよう、ルーノ殿下。私はコンフォルタ王の傍に仕えしております、フォルクローロと申します。どうぞ、フォルクとお呼びください」
静かに響いた声に対し、兄に教わったことを思い出す。こういう場合の返答は頷きでよかったはずだと、ルーノはこくりと動かした。
「お部屋へご案内いたします」
フォルクがそう告げると、ランタンを持った若い侍女がすっとルーノのそばへ寄り、足元を照らす。
彼女の柔らかい笑みに、ルーノは同様に頷くと、ゆっくりと歩き出した侍女に続いて城内へと足を踏み入れたのだった。
「………いやはや、聞いていた通りの御方と言えば、そうだったのですが、予想を上回る…何と言いますか……」
「無知さだって言いたいのか?」
ルーノが城の中へと消えたのを見届けて、残ったフォルクが額を押さえながら呟いた言葉に、ミナージョは片眉を上げる。
一緒に旅をしてきた他の騎士達に、解散と労いの言葉を告げ帰らせながら、ミナージョはフォルクの言葉を待った。
「まぁ、端的に言えばそういうことですが……」
「無知と思わず、純粋だと思えばいい。実際、ルーノ様はお姿そのままのように、御心も白い御方だ」
「ふっ、そうですね。そう思うことにします。それにしても、聞きしに勝る、美しい白髪に瞳でしたね」
「そうだろう」
迎えた花嫁の姿を思い出して、フォルクは感嘆の息を吐いた。少々艶がなかったが、長い髪に大きな瞳。美しいと言うよりは可愛らしいと言えるその顔の、白い肌に映えるピンクの唇は、緊張からか強張っていた。
その表情が緩んだとき、きっとあたたかく柔らかな笑みで周りの者の心を暖かくするだろうと、フォルクは思った。
「しかし、あの小柄さで十六とは……」
フォルクは己の胸までもないルーノの身長と、民族衣装から覗いていた細い手首や足に、同情を感じずにはいられなかった。
「道中のお食事の際、殿下は鳥のえさのような量しか召し上がらなくてな。……その様子を見るたびに胸が痛んだわ」
「……そうですか」
ミナージョの言葉に、フォルクは眉を寄せる。
「この国の食事が口に合えばよいのですが……」
「そうだな」
二人は自然と、今宵やってきた白い花嫁にこの国で穏やかに暮らし成長していって欲しいと、そう願っていた。