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「ねぇ、もしも私が死んじゃったらどうする?」
そう言って彼女はおもむろに口を開く。
その動きに合わせるかの様に、彼女の細く長い金色の髪が、さらりと小さな音を立てて揺れた。
「・・・別にどうもしねぇよ」
言葉の意味を飲み込んで、数秒思考を巡らせた後に俺はそう結論つけた。
「えぇー?!なんでー?!」
勢いよく振り向いた彼女は手にしていた花を握り締めながら不満げに嘆いた。
その手には先程まで足元に咲いていた花々が握られており、風と共に香りを散らしている。
「ねぇ!どうして?!悲しいとかそういう反応が貴方にはないわけ?!」
「うるせぇな。耳元で騒ぐな。チビ」
「チビじゃないもん!!サフィールだもん!」
「あーーーはいはい」
「はいはいって何よー!子供扱いしないで!」
寝転がる俺の上に馬乗りになって頬を膨らませる小柄な彼女は誰がどう見たって幼く感じることだろう。
実際彼女は俺より断然年下なわけで、幼く感じて当たり前なのだ。しかし彼女、サフィールはそれを快く思わないらしい。
「私だってもうちょっとしたらそれはそれは美人で麗しい女性代表になるんだから!」
「・・・なんだそれ」
そんな事を口にする前に、まずは人の上に乗っかっているという行為を今すぐ改善すべきだと思う。
そう思いながら上体を前触れ無く起こせば「きゃっ」という小さい悲鳴とともにサフィールが体制を崩した。
それを支えるように片手を彼女の首の後ろに回し、軽く抱き寄せる。
すると簡単に彼女の顔が胸元におさまった。
「耳、赤くなってるぞ」
「わーーーーー!!!赤くないもん!!ばか!変態!たらし!!」
「おいテメェ喧嘩売ってんのか」
軽く握ったこぶしで胸板を叩きながら離れようとする非力な存在。
このまま少し力を入れれば簡単にその細い首を折ることができてしまうだろう。
彼女が数刻前まで自然として在った花を簡単に手にしたように、いとも容易くその時を止める事ができるだろう。
そんな事を考えながら、つい眉間に皺が寄るのを感じていた。
「・・・死なせねぇよ」
「え?」
ばか、あほ、変態、と思いつく限りの低レベルな単語を口にして喚いていた彼女の動きが止まった。
「もしも死んだら?そんなの知るかよ。テメェが死ぬのは俺が死んだ後だ。だから俺はテメェが死んだ時のことなんて考える必要は無い」
「それって要するに、貴方が死ぬまで私が死ぬなんてことは許さないって言いたいの?」
「あぁ?・・・って、おい。なに笑ってんだ」
くすくすと笑いながら彼女は向かい合った俺の髪へと手を伸ばす。
「あのね、大事なものはちゃーんと見張ってないとすぐに無くなっちゃうんだよ。大事にしていたのに、ううん、大事にしているからこそ見失っちゃうの。」
だからね、そう言って彼女はぽすりと俺の頭上に先程の花で作った冠を優しく乗せた。
「私の事、ちゃんと見ててね。シグレ」
そのあどけない笑顔はひどく綺麗で儚げで、
瞬く間に消えてしまいそうだった。